表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
157/325

157話

――エスレペス北工業地域、C-1区画。


 高く聳え立つ研究棟が建ち並んでいる区域。

 見上げると首が痛くなるほどで、特に中央区の高層ビル群は全て百階を超えている。


 その内の一棟、アルケミー製薬が所有するビルにて。


「おぉ……どうやら『空間転移』を手に入れたというのは本当のようですねぇ」


 代表取締役――ヴァルマン・レセスが興味深そうに氷翠に視線を向けた。


 スケジュールに記載がない来訪者。

 巷を騒がせているテロ組織のリーダーで、戦慄級の魔女でもある。


 そんな彼女を前にしても彼は怯えていない。

 それどころか、出迎えるように椅子から立ち上がって一礼していた。


 黎明の杜外部の協力者。

 財も技術も持ち合わせた支援者。

 裏で反体制組織に所属している彼とは、強固な協力関係にあった。


 今回の来訪は良い報せではないと知っていたようで、彼の面持ちも深刻なものだった。


「幹部が一人殺された」

「聞き及んでおります。つい先ほど、魔法省が大々的に公表しておりましたので……」


 ヴァルマンは手で目元を覆って顔を俯かせる。

 悔やむように肩を震わせる。


「こうも事情が変わってしまっては、私も身動きが取りづらくなってしまいますねぇ」


 自分の周囲にも探りが入り始めている……と。

 そう嘆息するヴァルマンに、氷翠は尋ねる。


「聞きたいことがある。啓崇の『天啓』を上回るほどの能力を持つ魔女に心当たりは?」

「そうですねぇ。魔女ではありませんが……」


 室内は魔法工学技術によって完全防音となっていたが、それでも彼は声を潜めて言う。


「……どうやら、秘匿されている"監視装置"を作動させているようでして。統一政府カリギュラも本腰を入れて貴女たちを排除しようとしている」

「監視装置?」


 氷翠はその言葉に疑問を抱く。

 統一政府カリギュラが社会全体を監視していることは容易に想像が付く。

 だが、装置一つで超えられるほど魔女の力は弱くない。


「まもなく、この社会は完全な監獄となるでしょう。そこには自由も何も存在しない……パノプティコンのように」


 無茶だ……と、言い切ることはできなかった。

 事実として、啓崇の能力によって選定した潜伏場所が簡単に暴かれてしまっている。


「全ての行動が監視下に置かれた社会。そんな中で自我を持つことを許されるのは一等市民くらいでしょうねぇ」


 二等市民、三等市民という括りは意味を成さなくなる。

 厳格な秩序の下にあらゆる行動が規制され、文字通り社会の歯車として動くことになるのだ。


「……馬鹿げてる」

「仰る通り。だからこそ……ここ最近は、一等市民推薦権を巡る争いが絶えなかった」


 アルケミー製薬内部でも上層部で関係に軋轢が生じていた。


 各々が競争相手として一等市民に媚びへつらって自由を勝ち取ろうとする。

 ヴァルマン自身はそういった争いに関心を示さなかったが、それでも他の者たちは互いを蹴落とそうと奔走していた。


 当然ながら会社間の関係も崩れ始め、取引などにも影響が現れた。

 中には犯罪シンジケートに声をかけてまでライバルを潰そうと画策する者まで現れ、ヴァルマンは頭を抱えていた。


「弊社にも惜しいところまで辿り着いた者もおりましたが……どのみち、統一政府カリギュラの目指す先に未来はないでしょう」


 強固な監視社会。

 あらゆる思想・行動が管理され、不自由な生を無意味に続けるだけ。

 アルケミー製薬の代表取締役という立場にあっても、二等市民という肩書きがある以上は逆らえない。


 そんな社会の根幹となるシステムを、試験的に作動させているのだと言う。

 全ては、危険因子である黎明の杜を排除するために。


「貴女だけが頼りなのです。啓崇様の『天啓』によって見出だされた、この世界を破壊する魔女――」


 懐から黎明の杜のシンボルを取り出して、自身の信仰を示す。

 まもなく訪れるであろう変革の時。

 それを阻めるのは、統一政府カリギュラに匹敵する力を持つ無法魔女アウトローのみ。


 救済を望み、啓崇の神託に希望を抱いた者たちの集い。

 それこそが黎明の杜であり、その希望として迎え入れられた魔女が氷翠だった。


「さて、話を戻しますが……"例の計画"について、一通りの準備ができています」

「なら、すぐにでも実行しよう」

「承知しました。では、これを……」


 ヴァルマンが黒いセキュリティカードを手渡す。

 C-2区画の研究施設であれば、最上位権限として自由に扱えるほどの代物だ。


「地下のビオトープ全てを解放できるようにしてあります。特に深部はアルケー戦域と同等のエーテル濃度で管理されているので、扱いにはお気をつけください」

「分かってる」


 エスレペス北工業区域はアルケミー製薬の管理下に置かれている。

 表層で様々な研究開発を行う裏で――。


「戦慄級相当の魔物も発生しております。必ずや、ご期待に応えられるかと」


 統一政府カリギュラを転覆させるため、大量の魔物を飼い慣らしていた。

File:アルケミー製薬株式会社-page2


代表取締役ヴァルマン・レセスは前身である『アルケミー製造』創業者テルミッド・レセスの玄孫で、先代までの魔法工学分野から大きく方向転換をさせて会社を導いている。

医療大学で学んできた知識と魔法工学でのノウハウを活かして高度な成分抽出を可能とし、競合大手と比べても遜色無い薬品類の精製に成功した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ