表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

155/331

155話

 安全が確保されたことで緊張が解けたのだろう。

 糸が切れたように烙鴉が崩れ落ちる。


「烙鴉ッ!?」


 決死の特攻。

 結果はユーガスマを相手に数秒を稼いだだけ。

 救出に来た氷翠だけを逃がせたことは、彼女にとって唯一の救いだろう。


 氷翠は慌てて烙鴉をの体を抱え上げ、ベッドに横たえる。

 胸元から大量の血が溢れ出して止まらない。

 清潔な白いシーツが何秒と経たずに真っ赤に染まってしまった。


「酷い怪我だ……」


 その容態を見て狼狽える。

 素人目に見ても助からない状態だ。


 心臓を穿たれて、辛うじて意識があるのは魔女の力があったから。

 それも長くは持たないだろう。


「すぐに啓崇たちを――」

「……待って、氷翠」


 仲間たちを呼んだところで助かるとは思えない。

 ここまで損傷しては、戦線に復帰することも叶わないだろう。


 ユーガスマはそれほどまでに強かった。

 手も足も出ない。

 死ぬ気で抵抗しようと考えたことが馬鹿らしくなってくるほどに、彼の前では無力だった。


 最期は氷翠に看取られたい。

 敬愛するリーダーとの時間を少しでも長く過ごしたかった。


 その想いを悟って、氷翠は烙鴉の手を取る。

 こうして寄り添うくらいしかできない。

 あの場で何もできなかった己を悔いていた。


「ごめん。助けられなくて」


 苦痛の中から謝罪の言葉を絞り出す。

 それを咎めることもない烙鴉の様子に、氷翠は余計に苛まれてしまう。


「救援に駆けつけたのに、逆に烙鴉に助けられて。私は……」


――無力なリーダーだ。


 そう呟こうとした氷翠だったが、そこまで情けない姿を見せるわけにはいかないと首を振る。

 これは自分の心にしまっておくべき言葉だ。


「無力、じゃない……」


 烙鴉が掠れた声で否定する。

 あの場で処分されることを免れたのは氷翠の救援があってこそだ。

 襲撃班の死体の山に乱雑に放られるより、こうして看取られる方が遥かに良い最期だろう。


 それだけではない。


「意味は、あったんだ。氷翠……」


 混濁してきた意識の中で、己の使命だけは手放さないように。

 視界も掠れて殆ど見えていない。

 それでも、気配を辿って氷翠の顔を真っ直ぐに見つめる。


「こうして帰還できたから……私は……」

「烙鴉、もしかして――」


 これから残酷な事を願う。

 そんな予感がして、氷翠は微かに肩を震わせる。


 改革組織のリーダーとして、時に非情な判断を迫られる時もあるだろう。

 それでも、彼女にとっては酷な頼み事だ。


「悪魔式の一つとして……氷翠の役に立てる……」


 最期の望みを口にする。

 悪魔式は儀式の供物というだけではない。

 そこに至るまでの間、氷翠の力となって戦い続けられるのだ。


「……ッ」


 自分がやるべき事を違えてはならない。

 そのために武装蜂起したのだから。


「……分かった」


 断れるはずがない。

 でなければ、烙鴉の覚悟を裏切る形になってしまう。


「ありがとう、氷翠」


 烙鴉は横たわったまま脱力して、全ての抵抗を捨て去る。

 悪魔式に呑み込まれることに恐怖は感じない。

 ただ、充足感だけが彼女を満たしている。


「以前までは、本当に……取るに足らない人生だった。虐げられることに疑問も抱かずに、三等市民として地を這っていた」


 彼女の転機は、後天的な覚醒。

 魔女としての力を得た際に、周囲を取り巻く環境が一変した。


「啓崇と出会って、氷翠と出会って、壊廻と出会った。黎明の杜での活動は、私にとってかけがえのない大切な思い出なんだ」


 道半ばで朽ち果てることは辛い。

 あの場で何かできることがあったのでは……と、そんな後悔も数え切れない。


 だが、こうして魂を燃やしながら生きる日々の記憶はあまりにも鮮烈で。

 烙鴉にとって"生きる意味"を与えてくれる宝物となっていたのだ。


 仲間たちと出会えなければ、烙鴉はこうして自由を謳歌できなかった。

 世界を相手に全面戦争を仕掛ける――そんな絵空事にも夢中になれた。


「皆にも伝えて欲しい。勝手な話だが……私はとても満足している、と」

「……分かった」


 氷翠は力強く頷く。

 本当は泣きそうなくらい辛かったが、彼女の決意を前に情けない姿を見せることはできない。


 そんな氷翠の想いが伝わったのだろう。


「……本当に感謝している」


 そう告げて、烙鴉は瞑目する。


 遺言は全て済んだ。

 後は、氷翠のために身を捧げるだけ。


「悪魔式――四十七」


 氷翠の影から闇色の魔力が溢れ出し、烙鴉の体を包んでいく。


 魔法とは魔女の根源となるもの。

 肉体や魂と密接に絡み合い、決して分離することは叶わない。


 それを引きずり出して喰らう――それこそが悪魔式の本質。


 いったいどれほどの恐怖を味わうことになるのだろう。

 これまでの魔女狩りでは、皆が悍ましさを訴えて命乞いをしていた。

 氷翠自身も目の前の光景に目を逸らすことが多かったくらいだ。


 だが、烙鴉は安らかな表情で全てを受け入れていた。

 魔剣を扱う大罪級の能力。

 これを得ることで、氷翠の戦闘能力は格段に向上することだろう。


「……ありがとう、烙鴉」


 能力が自分に宿ったことを確認して、氷翠は呟く。

 残りの悪魔式を集める上で大きな助けとなってくれるはずだ。


「私は、必ず……ッ」


――この世界を覆してみせる。


 覚悟と共に立ち上がる。

 烙鴉の顔に布を被せ、治療室を後にする。

File:大罪級『烙鴉らくあ』-page2


保有する能力は『魔剣術』

剣の一振で大地を抉り、空を切り裂く魔法の剣術。

その性質を活かして烙鴉は様々な技を編み出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ