153話
この場を制圧する――そう言い放ってから五分も経たず、彼の宣言通りの結末となっていた。
「ぐぅ……は、離せ……ッ」
地面に組伏せられた烙鴉が呻く。
身体能力には自信のある彼女だったが、さすがに拘束から逃れることは不可能だ。
もうユーガスマを止められる者はいない。
待機していた仲間たちは皆殺しにされ、自分もこの後は拷問に掛けられてしまうのだろう。
微かに顔を持ち上げて視線を動かす。
そこには容赦もなく絶命させられた死体が転がっている。
正確に心臓を一突きで穿って、運良く生存する希望さえ与えなかった。
用意した対魔武器も意味を成さなかった。
避けられてしまうのであれば、高価な対魔弾でも粗悪な弾薬でも変わらないだろう。
烙鴉は悔しそうに歯を軋らせる。
この状況に陥ってしまっては、情報を吐かずに死ねることだけを祈っていた。
自身の命より黎明の杜が行う作戦の方が重要だ。
「貴様……救援信号を発したな?」
ユーガスマは烙鴉の拘束を強める。
体のどこかに煌感知式の装置を仕込んでいたらしい。
僅かなエーテルの揺らぎから、誰かに助けを求めたのだと気付く。
「この場に仲間を誘い込むとは、愚かなことだ」
誰が現れたところで変わらず制圧するだけ。
むしろ探しにいく手間が省けるのだからメリットしかない。
黎明の杜が魔法省に対抗できているのは啓崇の"予知能力"があるからだ。
それによって最適解を選び、上手く逃げ延びていただけにすぎない。
今回は魔法省の――或いは統一政府の諜報能力が勝っている。
ここから挽回する手段は持っていない。
現状を覆すには、ユーガスマに匹敵するほどの"個"を用意するしかない。
拘束されている間、烙鴉は一人の顔だけを思い浮かべていた。
この悲惨な世界を終わらせてくれる救世主。
彼女にとって最も信頼できる存在。
「統一政府の天下がいつまでも続くと思うな……ッ」
圧倒的な武力。
世界全体を管理する中枢システム。
体制を維持する完全無欠の統治を行い、危険因子は速やかに見つけ出して処分する。
今回の件もそうだ。
僅かでも変革の兆しを見せれば弾圧される。
「お前たちは間違っているッ。馬鹿げた枠組みに当て嵌められて……偶然、その立場が安全なものだっただけ」
三等市民は生まれながらに悲惨な人生が定められている。
魔女ならば、運が良ければ登録魔女に――悪ければ実験サンプルとして飼い殺しにされてしまう。
魔法省に所属している者たちは恵まれている。
弱者としての苦痛を味わったりせず、優位な立場から一方的に殴り付けられる。
「だが、私たちは違う! 変革のため剣を手に取る覚悟があるッ!」
必死に声を荒げる。
暴れるほどに拘束は強まっていくが、その程度で怯むような精神ではない。
その様子を見て、ユーガスマは地面に押し付ける力をさらに強める。
魔女の肉体であっても潰れそうなほどに。
「そうして行き着く先がテロ行為であれば……元より、虐げられるに相応しい存在だったのだろう」
そう呟いてユーガスマは嘆息する。
まるで万力で押し潰すように、烙鴉の肩を掌で力一杯に固定して。
「貴様のそれは弱者の論理だ。真に変革を目指すのであれば――」
肩を粉砕する――その直前に、周囲の空間に揺らぎが生じる。
見覚えのある魔法だが気配に違和感があった。
烙鴉の拘束を諦め、その場から飛び退く。
不自然な冷気がビル内部を満たし始め、目の前に一人の魔女が現れる。
「そうか、貴様が――」
統一政府が"欲しがっている魔女"だ。
対峙して直感的に理解できた。
異質な気配を放つ魔女。
淡雪のような白い髪をかき上げ、周囲の状況を確認していた。
「生き残りは?」
「すまない、私だけだ」
烙鴉は痛みをこらえつつ立ち上がる。
待ち焦がれた存在が、予定していた任務を終えて救援に来たのだ。
彼女なら駆け付けてくれる。
そう信じていた。
何があっても躊躇せずに飛び込んで、最終的に解決してくれるのだと。
だが、氷翠は悔しそうに声を震わせ、
「ごめん。『身体強化』の回収は失敗に終わった」
そう呟いて、ユーガスマに向き直る。
今回の作戦に最も重要だった能力を得られずに、魔法省最強の男と戦わなければならない。
「執行官ユーガスマ……お前を殺す」
この場に転がる亡骸の数だけ死の苦痛を与える。
ただの敵討ちで終わらせるつもりはない。
無数の魔法を同時に展開させて自らを強化。
取り巻く冷気を操り、臨戦態勢に入る。
「……駄目だ、氷翠。勝算がない」
烙鴉は険しい表情で剣を構える。
どうにか凌いで、この場から逃げるべきだと考えていた。
氷翠の身体能力は戦慄級相応だ。
近接戦闘に特化した烙鴉と同等以上――それだけで、ユーガスマの動きについていけるとは思えない。
当然ながら、ユーガスマも二人を逃がすつもりはない。
「空間転移は徒花の能力……それを持つということは、殺めた魔女から魔法を奪えるということか」
魔法省では把握していなかった情報だ。
氷翠こそがテロの主犯格であり、黎明の杜を従えている指導者。
これまでに類を見ない危険因子――統一政府は彼女をそう形容していた。
魔法を奪える能力。
そして、戦慄級相当の魔力量。
PCMAを用いずとも、魔女として極めて高い素質を持っていることが窺えた。
これほどのサンプルが得られたなら、魔法工学において更なる成果が見込めるだろう。
CEMの研究者たちからすれば最高の素体と言える。
「だが……」
鎖に繋いで飼い慣らせるような相手ではない。
検体として管理することのリスクを考えると、成長する前に始末してしまった方がいいのではないかと感じてしまう。
File:煌感知式センサー
魔法工学の基礎となる仕組みの一つ。
特定のエーテル流動を感知して電流を流す装置。