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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
152/325

152話

「――指定の座標に到着した」


 ユーガスマが襟元のマイクに向けて呟く。

 予定されている記者会見場から五キロほど離れた場所に、ガラス張りの立派なオフィスビルがあった。


「微かにエーテル値の揺らぎを感じる。大罪級が一人紛れ込んでいるな」

『ターゲット以外は一人残らず殺すようにとの指示だ』


 通信相手はヘクセラ長官だ。

 統一政府カリギュラから助言を受けたらしい彼女が、そのままユーガスマに伝達して向かわせた形だった。


『……記者会見の支度がある。報告は本部に帰還した後に聞かせてもらおう』

「承知した」


 ユーガスマは通信を切ってビルを見据える。

 指示通りであれば、襲撃班の主軸となるメンバーがこの場所に集っているらしい。

 それを叩けるならヘクセラの身も安全だろう。


 しかし、疑問が幾つも残る。


「だが、いったいどうやって……この場所を知り得たというのか」


 黎明の杜には予知能力者が存在している。

 慎重に調査を進めたところで、追い詰めた先には脱ぎ捨てられた靴が残っているくらいだ。


 それを上回る諜報能力を持っているのであれば、統一政府カリギュラを危険因子と見なすべきだろう。

 治安維持に努める魔法省でさえ追い詰められない相手だ。

 枠外の視点から世界を支配及び管理する――万が一そのシステムに異常をきたしてしまった場合、止められる者など存在しない。


 ユーガスマは瞑目して意識を逸らす。

 あまり詮索すべきでない内容だ。

 ヘクセラ長官の助言もあって、少なくとも今は嗅ぎ回るつもりはなかった。


 彼が今回すべきことは"ターゲットの捕縛"と"組織の戦力を削ぐ"という二点だ。

 待機している襲撃班を叩き、救援に来たターゲットを釣り上げる。

 そうすることでヘクセラも安全が保証されることになる。


 多くの戦力は記者会見場に置いてきた。

 TWLMツウェルムを携行している執行官もいるため、有象無象がどうにかできるような警備にはなっていない。


 この場には――執行官ユーガスマただ一人が、黎明の杜を潰すために現れた。


「……勘付いたか」


 相手も素人ではない。

 民間人とはいえ、襲撃のために訓練を積んでいるテロリストだ。

 こちらの一挙一動を窺うように、ビル内で身を潜めて待機していた。


 ユーガスマは徐に正面ドアに近付いて――前蹴りで派手に破壊する。

 ガラスが砕け、そして革靴の音が緊迫した静寂の中を進む。


 照明を落としたエントランスホール。

 押し殺したような掠れ震える呼吸が聞こえる。

 蹴破られたドアから差し込む光を背に、ユーガスマは堂々と突き進む。


 絶対的な恐怖せいぎが支配する中で。

 徐に足を止め。


「統一法規、治安維持条項テロ防止規定に基づき――」


 誰かが息を呑んだ。

 視界に映る柱やカウンターの影に、銃を構えて震えている。


 ほんの一瞬の間が、永遠の恐怖を伴っている。

 ユーガスマが言葉を区切るコンマ数秒の時間さえ、拷問のように精神を苛んでいる。


「――この場を制圧する」


 張り詰めていた空気が弾け、至るところから銃声が鳴り響く。

 降り注ぐ銃弾の雨――その全てを見切って、必要最小限の動きで躱す。


「馬鹿げてるだろ……くそッ!」


 常識の通用しないユーガスマを見て、誰かが苛立ちから声を荒らげた。

 魔女や魔物ならばともかく、相手はただの人間だ。

 一人だけなら撃退できると考えていたらしい。


 それだけではない。

 この一瞬で、銃声を頼りにどこに何人が潜んでいるのかを完璧に把握していた。


「馬鹿げているのは貴様の思想だ」


 最初の標的には丁度いい。

 名指しするように言葉を返し、銃弾を躱しながら距離を詰めていく。


「く、来るなぁッ!」


 悲鳴混じりに叫んで、男は必死の形相で銃を乱射する。

 精神状態とは裏腹に射撃は正確だ。

 それでも、目の前の男には何の意味も成さない。


 弾切れによって、虚しくカチカチと音だけが鳴る。

 顔を真っ青にしてへたり込んだ男を見下ろし、ユーガスマは呆れたように嘆息する。


「もう装填しなくていいのか?」

「ひぃッ……」


 拳を振り下ろして絶命させる。

 たった一撃だけで頭部を容易く弾けさせた。


 彼にとっては些末な仕事だ。

 この程度の輩を制圧するなど日常茶飯事で、例えばこの場に無法魔女アウトローが紛れ込んでいたとしても――。


「殺気が走りすぎている」


 振り向きながら体を揺らす。

 目の前を魔力を帯びた刀が通り過ぎていく。


 背後から不意を突こうとしていたのだろう。

 近接戦闘に秀でた無法魔女アウトローであればそれが最適解だ。

 唯一、判断ミスがあるとすれば。


「指示されたターゲットではないようだが――」


 ほんの一瞬の事だ。

 瞬きをするよりも僅かな時間。


 先ずは襲撃者の顔を確認し、殺していい相手だと認識。

 刀を振り下ろした直後の無防備な状態。

 足元を払って体勢を崩させて腕を捻り上げる。


 奇襲してきた勢いを受け流すように持ち上げ、宙に浮いたところで掌で打つ。

 十トントラックに轢かれるよりも重い衝撃が一点に集中している。

 内蔵を押し潰すように押し込み、奇襲を仕掛けてきた無法魔女アウトロー――烙鴉らくあの体は容易く吹っ飛ばされた。


「がぁっ――ッ!?」


 壁に叩き付けられ、そのまま地面に倒れ込む。

 押し潰された肺が呼吸を拒んで、苦悶しつつ、なんとか踠くように酸素を取り入れる。


 何が起きたかまるで理解できなかった。

 背後を取った――そう確信した直後には壁に叩き付けられていた。


 認識の追い付かない速度で返り討ちにされた。

 それだけは、飛びそうになった意識の中で辛うじて把握できていた。


「存外に頑丈なものだな」


 それだけ鍛練を積んできているのだろう。

 これが能力に頼りきった魔女であれば、昏倒して動くこともままならないはずだ。


 だが、それだけ。

 脅威として認識するわけでもない。

 踏み潰した蟻が辛うじて生きていたとして、そこに戦慄くようなことはあり得ない。


烙鴉らくあ様を守れッ!」


 その場にいた全員が、ユーガスマの行く手を阻むように銃を構えた。

 遮蔽物の影で震えている者は一人もいない。

 死を恐れる以上に、彼女が殺されることを恐れているらしい。


「殲滅するようにとの指示だったが……その娘が組織幹部ならば、捕らえた方が都合がいいか」


 それ以外は処分する。

 ユーガスマが再び動き出し、建物内に無数の断末魔が響き渡った。

File:ユーガスマ・ヒガ-page1


魔法省特務部・特殊組織犯罪対策課主任。

体格の良い老齢の紳士で、執行対象には鬼の如き形相を見せる。

武術に秀でており、近接戦闘において他の追随を許さない。

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