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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
151/325

151話

「……チッ」


 銃口を氷翠の頭に突き付けていた。

 同時に、クロガネの首筋には氷剣が添えられている。


 互いが先を望めば共倒れすることになる。

 不愉快そうに舌打ちをして、クロガネは荒く呼吸をしている氷翠を見つめる。


「そうまでして……何が目的なの?」


 純粋な疑問だ。

 反体制を掲げて、テロ行為に興じたところで統一政府カリギュラ相手では効果が薄い。

 代替品など幾らでも用意してくるはずだ。


「腐敗しきった世界を"破壊"するんだ。この手で」


 確固たる決意を胸に氷翠はそう語る。

 そのために、命を賭してクロガネと対峙している。


 氷翠は全ての魔法を解除する。

 殺意は感じられないが、銃を下ろすことはしない。

 そんなクロガネの様子に「用心深いな……」と呟く。


統一政府カリギュラは悪魔みたいな存在だ。不自由を強いて、弱者を虐げている。魔女としての力が無ければ、お前だって飼い殺されていたかもしれない」


 氷翠の言葉を否定できなかった。

 この世界に召喚された理由が"遺物の移植実験"だったから、偶然にも生き抜くための力を得られた。

 もし人体実験のサンプルでしかなかったなら今頃は廃人にでもなっていたことだろう。


 戦慄級『禍つ黒鉄』――そう畏れられているが、結局のところ拾った力でしかないのだ。

 戦闘技術には自信があったが、生身の人間に戻ったならほとんど抵抗できずに命を落としてしまう。


 魔女だから、人間だから。

 卑しい三等市民に生まれたから。

 この世界では、そんな下らないことで人生が決まってしまう。


「そんな世界は間違っている。私は虐げられている人たちを肯定するために……そして、統一政府カリギュラの全てを否定するために、世界を根本から覆す」


 力を持ったリーダーがいて、求心力を持った教祖もいる。

 黎明の杜は本気で世界を改革しようとしているのだ。


「魔女狩りをしているのもそのため?」

「犠牲者に罪はない。それでも、目的を達するには必要不可欠なんだ」


 氷翠の体から闇色の魔力が溢れ出る。

 魔法を奪う能力の根源――その性質には興味があった。


「あと"二十六"の犠牲者が出ることになる。登録魔女でも、無法魔女アウトローても……有用な魔法を持つなら何でも構わない」


 明確な数字を挙げ、氷翠は真剣な表情でクロガネを見詰める。


「お前も統一政府カリギュラに反感を抱いている。敵対する理由はないはずだ」

「けど、手を組む理由もない」


 勧誘されるつもりはない。

 強い敵意を向けながら、クロガネは続ける。


「死にたくなければ……もう二度と、そんなふざけたことを言わないで」


 手元が震えるほどに殺意が溢れていた。

 決着を付けるために、仕切り直してもう一度殺し合っても構わない。


 引き分けたという事実が腹立たしい。

 だが、自分の命が惜しくもあった。

 あくまで目的は"元の世界に帰ること"であって、苛立ちのままに銃を抜いて野垂れ死ぬわけにはいかない。


 そして同時に、彼女は一つ勘違いしている。


「私が憎いのは統一政府カリギュラだけじゃないッ……!」


 この世界の全てが憎い。

 敵の敵は味方だなんて、そんな誘い文句も通用しない。


 利用価値の有無で判別して、不要なものは容赦なく殺してしまえばいい。

 誰かと馴れ合うような甘さは捨て去った。

 視界に映るもの全てが敵だと――そう見做みなして、ようやく独りで生き抜くことができる。


 感情に流されてしまってはならない。

 呼吸を整えつつ、クロガネは平常心を保とうと意識する。


 裏懺悔が求めていた情報は全て引き出せている。

 焦る必要はない。


「そっちこそ、その"悪魔式"を使って何を召喚するつもり?」

「なっ――」


 氷翠が警戒した様子で距離を取る。

 なぜ知っているのか……と、何を疑ったところで意味はない。


 クロガネも無駄話に付き合っていたわけではない。

 無益な殺し合いも不要だったはずだ。

 単純に利害が対立しているとまでは言えず、互いに命を奪うまでの理由はない。


 会話の最中、常に氷翠の持つ能力について『解析』を続けていた。

 氷翠の話に微塵も興味がない……というわけではないが、それよりも、自らの利益のために裏懺悔からの依頼を優先したにすぎない。


 クロガネは嘆息する。


「七十二の器があって、二十六の空きがある。無制限に魔法を集められるわけでもないし、それ自体が能力の本質でもない」


 悪魔式は"何かを召喚するための供物"だとクロガネは結論付けた。

 魔法を奪うにしても器の数に制限がある。

 厄介な能力ではあるものの、氷翠自身が世界を滅ぼせるほどの力を得られるとは考え難い。


 午後の記者会見を襲撃することも厳しいだろう。

 末端の捜査官相手とは訳が違う。

 魔法省の主力が集結している敵地で、黎明の杜がまともに戦えるとは思えない。


 身体強化の魔法を得られなかった時点で氷翠も戦力不足だ。

 作戦は中止される――そう考えていたが、直後にアラート音が鳴り響く。


「……ッ!?」


 途端に氷翠が身を翻し、駆け出す。

 ほんの一瞬だけ、憎々しげにクロガネを睨んで。


 何が起きたのか――それを告げるために、裏懺悔から通信が入った。


「……何が起きてる?」

『なんかユーガスマが動いたみたいなんだよ~。襲撃班が待機していた建物に突入しちゃったってさー』


 他人事のように裏懺悔が言う。

 実際に関わりのない話ではあるため、クロガネもそれ以上の興味は持たない。


「調査依頼が完了したから報告に向かう」

『ありがと~! そしたら裏懺悔ちゃんハウスでお泊ま――』


 クロガネは嘆息しつつ通信を切る。

 落ち着いたところでカルロが声を掛けてきた。


「助かったぜ、マジで。今回ばかりはもうダメかと思った」


 幸いにもカルロと真兎は無事だ。

 下っ端が命を落とした事については気にしていないらしい。

 裏社会では些細なことでしかなかった。


「あいつらの狙いは真兎だったみたいだが……」

「私が関与していると分かったから、もう襲撃はないはず」


 さすがに断言まではできない。

 身体強化の魔法を欲しているのは確かだ。

 それでも、自分と敵対してまで次の襲撃を画策するとは思い難い。


「けど……」


 その報告を受けたアダムは黎明の杜を許さないだろう。

 知る限りでは最も残忍な性格の持ち主だ。

 部下を襲撃されて何もしない……そんな振る舞いは彼の流儀に反する。


 全面戦争だ――などと言って、黎明の杜を潰すため組織の財政を省みずに動く。

 彼の恐ろしさを氷翠たちは知らない。


 啓崇の能力を用いても予知しきれないことがあるのだろう。

 裏表の両側から攻め込まれて、黎明の杜に耐え凌げるほどの戦力があるとは思えなかった。

File:悪魔式


氷翠の持つ能力の根源。

七十二の器を持ち、それぞれに魔法を納めることで"条件が満たされる"らしい。

黎明の杜が掲げる作戦の要となるため、組織の総力を挙げて魔女狩りを行っているようだ。

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