表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/325

15話

「――『思考加速』」


 直後には、魔法によって思考速度を高めた。

 室内で堂々と座っている男が銃を握っていたからだ。


 表情を窺う暇もない。

 男が銃口を向けて引き金に指をかける――同時に、クロガネがエーゲリッヒ・ブライを構え終えた。


 互いに照準は定まっていて――数秒、膠着する。


「良い腕だ」


 男は賛辞を送り、銃をテーブルに置く。

 それに倣うつもりはなく、クロガネは銃を下ろすが手に握ったままにする。


 眼光の鋭い壮年の男。

 浅黒い肌色をしていて、装いといえば典型的なマフィアそのもの。

 まるで映画の世界にでも迷い込んだ気分だった。


「――アダムだ。お前さんは?」

「禍つ黒鉄。裏懺悔の紹介で来た」


 そりゃ不吉な名前だ、とアダムは笑う。


 この男は口角を上げるだけで、多くの人間を震え上がらせてきたのだろう。

 抜き身の刃物のように常に物騒な気配を纏っている。


「それで、依頼内容は――」

「まぁ焦るな。先に見せたいモンがある」


 まだ試験は続いているらしい。

 随分と用心深い……と、クロガネは眉を潜めた。


「おい、連れてこい」


 アダムが命令すると、室外に控えていたらしい部下たちが一人の男を連れてきた。

 服も体もボロボロのようで、酷い目に遭っていたのは想像に難くない。


「た、助けっ……殺さないでくれ……ッ」


 両腕を背に拘束されながら、室内の全員に対して懇願する。

 黒のスーツを着用して、青色の生地に黒線で五芒星の描かれた腕章を左側に付けていた。


「こいつは魔法省の捜査官だ。ウチのことを嗅ぎ回っていたら、不運にも拉致られちまったってワケだ」


 死ぬ覚悟も無しに裏社会を覗き見してんじゃねえ、と蹴り飛ばして笑う。


 アダムは徐に葉巻を懐から取り出す。

 二本指で挟んで揺らすと、即座に部下の男が火を付けた。


「……っ、かぁ~」


 生き返る、と呟く。

 その煙を間近で顔に浴びせられた捜査官は、今にも死にそうな面持ちをしているが。


「握られた情報は回収した。貴重な対魔武器も頂戴した。魔法省についても脳が空になるまで吐かせた」


 拷問にかけ終わった後なのだ。

 利用価値があるとすれば、精々この工場で労働力に加えるくらいだろう。


「――それで、こいつはどうすりゃいいと思う?」


 生かすも殺すもお前次第だ――と。

 アダムは再び試すような視線をクロガネに送る。


 既に処遇は委ねたつもりらしい。

 スパイ等であれば躊躇うだろうし、そうでなくとも臆病者に用は無い。


 股を大きく開いて葉巻を堪能するアダムを横目に、クロガネは捜査官の男を射殺する。


「おぉ、遠慮ってもんを知らねえな」


 無様な亡骸を見下ろして愉快そうに笑う。

 この回答にアダムはご満悦だ。

 人間性を試すにしても悪趣味が過ぎる……そう思いつつも、命を奪うことに抵抗はない。


「無駄なリスクを抱える必要はない」


 成人男性一人の労働力など高が知れている。

 だが、万が一にでも逃亡されてしまったなら、この仕事場を魔法省に潰されてしまうことは想像に難くない。


 そしてもう一つ。


「殺した場合は魔術的な痕跡が付与される……これもCEMケムの開発したガラクタ?」


 クロガネは死体を蹴り飛ばして仰向けにさせると、シャツを破いて胸元を踏みつける。

 そこには小型の機械が埋め込まれている。


「脈拍停止を感知して作動する装置。気になるなら調べてみなよ」


 当然、反魔力を持つ魔女には意味をなさない。

 さらに言えば、クロガネの場合は『解析』で事前に把握できてしまう。

 装置自体は微弱な魔力しか内包しておらず、まだ羽虫の方が鬱陶しく感じるくらいだ。


 狙いは彼らのような犯罪シンジケートなのだろう。

 魔法工学というのは、予想していたよりもずっと柔軟な使い方が出来るらしい。


 兎も角として。


「つまらねぇことをさせちまったな。座ってくれ」


 余興は終わりらしい。

 もしかすれば、アダムは捜査官の体に埋め込まれた装置も把握していたのかもしれない。

 面倒な処分を押し付けられたのは不服だったが、その分は報酬に上乗せさせればいいだろう。


「裏懺悔からの紹介だ。本当なら丁重にもてなしてやりたかったんだが……近頃は魔法省のアマが躍起になってるからなぁ」


 ヘクセラ長官のことを言っているのだろう。

 裏社会の撲滅に力を入れているという、魔法省のトップを張る女性官僚だ。


「初対面の魔女は色々と試させてもらってるってわけだ」

「……裏懺悔も了承済みってこと」


 二人は事前に口裏を合わせていたのだ。

 だからといって、仕事に影響が出るわけでもないが。


 改めて室内を見回す。

 派手な調度品等は置いてないものの、机や椅子、絨毯に至るまで上等なものを置いているらしい。

 捜査官の血で汚れたとしても気にならない程度には稼いでいるようだった。


「それで、依頼内容は?」

「密輸ルートの一つが魔法省に嗅ぎ付けられた。現地のカルテルから情報が漏れたんだろうが……それ自体はどうでもいい」


 そこからガレット・デ・ロワに繋げることは出来ないと豪語する。

 よほど厳重に情報統制されているのだろう。

 下っ端が魔法省に連行されたとして、尋問とアダムを天秤にかければ誰も口を割らない。


「ウチの構成員――カルロって奴が逃走に手間取ってな。魔法省の検問を抜けられそうにねえ」

「救出してこいと?」

「簡単に言えばそういうことだ」


 人情に厚いというわけではない。

 本部の人間とはいえ、たかが構成員のために高い金を払うつもりはない。


「輸送中のブツがかなりの額になる。魔法省の犬共にくれてやるには惜しい品だ」

「……そう」


 薬か武器か、或いはより後ろめたいものか。

 品物自体に興味はないが、輸送に手間取るものだと厄介だ。


「手段は問わねえ。本拠地こっちから支援もする。上手いことブツを回収してきてくれねえか?」


 やるべきことは非常にシンプルだ。

 輸送班の救出のため派遣される。

 土地勘の無いクロガネでも、合流さえしてしまえば問題はない。


「成功報酬は色を付けておく。しくじれば何も無しだ」

「構わない」


 しくじるつもりはない。

 失敗すればどうせ命はないのだから、その条件に異論はなかった。


 どちらにしても、機動試験と比べれば随分と気楽なものだった。


骨董品アンティークだ。受け取れ」


 アダムから使い捨てるための携帯型端末を渡される。

 連絡以外にはほとんど使えないような旧式のもので、あとは地図機能が付いている程度だ。

 最低限だが、仕事用としては十分だろう。


 市販されているような最新のものを使うわけにはいかない。

 特殊な回線を用いているらしく、やり取りは魔法省の検閲に引っ掛かってしまうらしい。


「現地に付いたら連絡を寄越せ。合流から脱出まで、ウチの構成員が遠隔で支援する」


 次は本拠地で饗してやるからよ、とアダムは笑う。


 こんな煤けた工場でさえ上等な家具を置いているくらいだ。

 彼らの本拠地となれば、さぞ豪華な内装になっていることだろう。


 クロガネが席を立つと、部下の男が即座にドアを開ける。

 まるで来賓のような対応だが、そもそも魔女は畏れられる存在だ。


 だが、魔女は無敵ではない。

 よほど綿密に対策をしない限りは……という前提付きだが、銃火器のみでも殺すことは可能だ。

 もっとも、それを易々と許すほど上澄みの魔女は甘くない。


 部屋を出ると、先ほどの白兎亭の受付――ベルナッドが顔面蒼白で佇んでいた。

 ベルナッドが現地までドライバーを務めるのだろう。


「災難に思う?」

「ま、まさか! へ、へへっ……」


 くたびれた様子で笑みを浮かべる。

 心にも思ってないだろうに、同行を喜んでいるフリをしていた。

File:アダム・ラム・ガレット


巨大な犯罪シンジケート『ガレット・デ・ロワ』の首領。

旧来のマフィアのような組織形態で運営しており、その稼業は多岐にわたる。

射撃の腕前は極めて高いが、サプレッサーは絶対に付けない主義。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ