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禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
147/325

147話

「見え透いた罠を仕掛けて……そうまでして、何を急いているのか」


 ユーガスマが嘆息する。

 彼の知らない内に話が進んでいたらしい。


 魔法省長官による異例の会見。

 ニューストピックにそんなタイトルを見付け、アルカネスト特区の中央庁舎に駆け付けていた。


 珍しく息を切らしている彼を見て、ヘクセラが愉快そうに声を漏らす。


「上からの圧に耐えかねてな。力業に頼るのも悪くはないな、と」


 面倒そうな顔をして書類を放る。

 ユーガスマが手に取ると、そこには黎明の杜に関する追跡記録が纏められていた。


「捜査官を向かわせても、教祖の持つ予知能力によって簡単に撒かれてしまう。いっそ迎え入れてしまった方が手っ取り早いだろう」


 正攻法では追い詰めようがない。

 そして、統一政府カリギュラはこの件が長引くことを嫌がっている。


 ならば自らをエサにして黎明の杜を釣り上げてしまえばいい。

 無闇に追いかけ回すよりはマシな結果が得られるだろう。


「当然、リスクは承知の上だが……悠長に構えていると統一政府カリギュラから小突かれてしまう。それこそ、何かを急いているのは……」


 ヘクセラは途中で口を噤む。

 あまり深いところまで話し込むべき内容ではなかった。


「ともかく……黎明の杜が襲撃してきた場合、対処は全て君の仕事になる」

「どの程度まで戦力を配備するつもりだ?」

「最大限だ。既にTWLMツウェルム適正の高い捜査官をリストアップしてある」


 携行型-体組織変異兵器――通称TWLMツウェルム

 未だ正式配備までは至っていないが、対魔武器の中でも特異な性能を持つため一部で導入が始まっていた。


「……あの男の研究成果か」


 ユーガスマは忌々しそうに呟く。

 その兵器に良い印象は抱いていないらしい。

 嫌悪感を露にする彼に、ヘクセラはフォローするように説明を続ける。


「試作品が強奪されてしまって以降は停止されていた研究だが……配備可能な段階まで到達したと考えている」

「リスク低減と性能向上のために……」


 ユーガスマはTWLMツウェルムの改善内容を聞いて、少しの間だけ黙り込む。

 その概要は手放しで称賛できるようなものではなかった。


「……下らん」


 呆れたように呟いて、それ以上は言葉にしなかった。

 対魔武器としては最上級の性能を誇るTWLMツウェルムだったが、彼にとっては倫理観を欠いた悪魔の発想にしか見えない。


 兵器開発を行うCEMケムも、治安維持を行う魔法省も公的組織だ。

 いずれも統一政府カリギュラの下部組織として足並みを揃えるべきだが、それでもCEMケムの研究者は異常だと感じてしまう。


「不自由な従属か、あるいは冒涜的な死か……この世に幸福など無いのだな」


 ヘクセラを咎めるように睨み、そして背を向ける。

 窓の外に見えるアルカネストの発展した街並み。

 行き交う人々は厳格な規則に従って、日々、身を磨り減らしている。


 何故だろうか。

 最近は、忌々しいほどに不条理が目に付いて仕方がない。


「君に不自由な思いをさせているつもりは微塵もないんだがね」

「だからこそ、だ」


 ユーガスマは嘆息する。

 魔法省特務部・特殊組織犯罪対策課主任――そんな大層な肩書きを与えられたせいで、この歳になって今更、世界の仕組みを疑う羽目になってしまった。


 つまらない景色にもすぐに飽きて、ユーガスマは振り返る。


「ヤツの狂人ぶりは酷く不愉快だ。まさかとは思うが……"彼女"を生み出したのも?」

「それは違う。断言してもいい」


 ヘクセラは即座に否定する。

 その様子から、限りなく答えに近いものを知っているように見えた。


「あぁ、そういえばあの男も"彼女"を生み出したのは誰なのか知りたがっていたな。全知全能の煌学AIを、いったいどのようにして生成したのかと」


 男子は何歳になっても好奇心旺盛なのだな……と、ヘクセラが愉快そうに笑う。

 誰にも答えを教えるつもりは無いらしい。


「知的探究心を否定したりはせんさ。私だって知らないことは山ほどある」


 だが……と、ヘクセラは続ける。


「その件は決して深入りしないように、一人の友人として勧めておくとしよう」


 その表情は至って真剣なものだった。

 治安維持を担う魔法省においても、唯一、彼女だけが"ラプラスシステムとの対話"を許されている。

 そんな人物からの助言を無下にするわけにもいかない。


「……留意しよう」

「沈黙こそ美徳。触らぬ神に祟りなし、だ」


 気軽に触れていい存在ではない。

 そう仄めかして、ヘクセラは会話を区切った。


 だが、ユーガスマは別の疑問を口にする。


「長官。私に、CEMケムデータベースへのアクセス権限をいただきたい」

「急に改まって何を言うかと思えば……まあ、不可能ではないんだが」


 困惑しつつも、先ほどより協力的な姿勢を見せる。

 統一政府カリギュラに関わらないことであれば動きやすいのだろう。


「どのレベルが必要なんだ? 研究室長クラスなら、相談すればなんとか――」

「研究顧問……いや、支部責任者クラスが必要だ」


 その要求にはヘクセラも顔を引き攣らせた。

 彼女の口利きと言えど、部外者が得られるような権限ではない。


「なぜ、そんなものが必要なんだ?」

「とある無法魔女アウトローを調査する上で、データベース上の情報が必要だと判断したまでだ」


 ユーガスマは僅かな間を置いて――。


「近頃急速に台頭してきた殺し専門の無法魔女アウトロー――禍つ黒鉄は、CEMケム内部の何者かによって人工的に生み出された可能性がある」


 険しい顔をして、要求の必要性を語った。

File:CEMケムデータベース


CEMケムの様々な研究資料が管理されている。

煌学兵器から魔物図鑑、エーテル公害情報等。

データ閲覧にはアクセス権限が必要であり、一般研究員クラスから最高責任者クラスまで別れている。

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