146話
『緊急速報です。たった今、ゾーリア商業区の駅構内で――』
テレビで凄惨な光景が報道されている。
駅のホームで爆破テロが発生し、電車を待っていた二十名が死亡、四十名が重軽傷を負ったという。
自室で銃の手入れをしながら、クロガネは面倒そうにため息をついた。
今朝のニュースはこれだけではない。
似たようなテロ事件が次々に報告されており、目まぐるしく流れていく情報に嫌気が差し始めていた。
現場には必ず黎明の杜のシンボルが描かれている。
全てが同一団体によるものと見て間違いないだろう。
『また市民の間では、カルト集団によるテロ行為を許してしまった魔法省の監視不足ではとの声も上がっており――』
爆破テロは全部で七ヶ所に及ぶ。
中には捜査官によって一時的に拘束された者もいたが、その結果は自爆テロに変わっただけだった。
未然に防がれたものは一つとしてない。
啓崇の能力を使えば、こうして監視の目を掻い潜って事を起こせるのだろうか。
昨晩に魔法省の捜査官を待ち伏せしていたこともある。
未来が見えるというのも間違いではないのかもしれない。
魔法省からすれば堪ったものではないだろう。
対応しようにも能力を活用して逃げられてしまうのであればどうにもならない。
啓崇の能力に氷翠の"空間転移"を併せたならば、もはや拘束することは不可能に近いはずだ。
銃身を拭き上げると、クロガネは再び報道に視線を向ける。
『一連のテロについて責任が問われる中、本日午後一時よりヘクセラ・アーティミス長官による会見が開かれます――』
最も厄介な選択をした――と、クロガネは即座に通信機を手に取る。
◆◇◆◇◆
薄暗い部屋の中。
PCのモニターだけが光源となっていて、画面に写る無数の情報を眺めながら少女が呟く。
「……バカを誘い込むための罠ね」
こんなものに飛び付く奴はいない……と独り言ちる。
目の下に大きな隈を作りながら、もう何時間も情報の波を漂い続けていた。
――"午後一時より魔法省長官ヘクセラ・アーティミスによる会見"
ウェブ上で最も閲覧数の多いトピックだ。
午前中に行われた無差別爆破テロ。
その死者数は三桁を超え、世界中の関心を集めている。
魔法省の責任を問う声が上がる中で、対応せざるを得なくなったのだろう。
だが、長官自らが公の場で会見を行うなど異例の事態だ。
少女――壊廻は、テーブルに置いていたエナジードリンクを開けて一気に飲み干す。
強めの炭酸が目覚ましには丁度良い。
「啓崇に通信入れて」
《了解》
音声認識によってモニターに通信画面が表示される。
コール音が鳴ったかも分からないほどの応答が早かった。
『あの報道についてですね?』
「……そうだけど」
眠い目を擦りつつ、壊廻は嘆息する。
自分の全て見通されているような気がして、何とも言えない気分だった。
「作戦通り、魔法省を会見の場に引き出せたみたいだけど……さすがにこれは罠よね」
『長官が出てくるのは想定外です。警備も厳重になるでしょう』
会見を開かせるなら上層部の誰でも良かった。
そこを襲撃するという計画こそ、黎明の杜を世界に知らしめるための最大の一手だった。
ですが、と啓崇は続ける。
『作戦に変更はありません。多くのカメラが向けられている前で――あの女を始末してください』
「危険すぎる……けど、チャンスなのも否定できないか」
これこそ、世界中に向けて黎明の杜という存在をアピールできる好機だ。
会見の場で警備を突破してヘクセラ長官を殺害する。
成功したなら現行の体制に大打撃を与えられることだろう。
『統一政府の圧政に苦しむ人々に"希望ここに在り"と示しましょう。賛同者が増えていけば、いずれ……』
啓崇の掲げる最終目標。
そのためであれば、命を投げ捨てても構わないという覚悟と共に。
『この世界の、ふざけた枠組みを"破壊"する――初めて御声を賜った日から、この決心は揺らぎません』
特異な能力を得たのは、自身に課せられた使命があるから。
多くの助言を得てきた中で最も重要な内容こそ。
「氷翠も順調に魔女狩りを進めているし、そろそろ大々的に動き出してもいいかもね」
『ええ。氷翠様であれば……』
魔法省の執行官さえも退けられる。
多くの魔法を奪い取ることで、出会った当初とは比べ物にならないほど強くなっていた。
『……戦力を結集させましょう。会見場に入り込むためのツテは、既に用意してあります』
通信を切って、壊廻はテーブルに置いていたエナジードリンクを手に取る。
先ほど飲み干してしまったことに気付くと、空き缶を放り投げて新しいものを手に取った。
「氷翠のためなら、あたし……この命だって」
手を固く握り締め、壊廻は決意を呟く。
File:大罪級『壊廻』-page1
黎明の杜に所属する主要メンバーの一人。
氷翠に心酔しており、彼女の"魔女狩り"を手伝っている。