145話
中途半端な迷いを振り切って、思考がクリアになっていく。
不要な考えは切り捨てて、自分自身を最優先すればいいだけのことだ。
この世界で何よりも大切なものは自分の命だ。
他のものに気を取られ、こんな世界でくたばるなんて御免だ。
啓崇の甘い言葉に魅力を感じてしまうくらい疲れていたのだろう。
クロガネはすっきりとした表情で――。
「『魔刀』――」
凄まじい速度で迫り来る無法魔女に視線を向け――。
「――『浪鼬』」
放たれた一撃を、呼び出した刀で受ける。
「へぇ……」
クロガネの得物は上級-刀型対魔武器『死渦』だ。
それと真正面からぶつかり合って、相手の刀は損傷も無く健在。
少女の顔を見据える。
凛として、目に確かな信念を宿した刀使い。
研ぎ澄まされた殺気は、クロガネの濁流のような殺気とは相反する清廉さだ。
迎え撃つために『能力向上』によって強化した体でさえ、彼女の一撃を受け止めて手が僅かに痺れていた。
近接戦闘に特化した能力を持っているようだ……と、クロガネは感心したように口角を持ち上げる。
彼女も自分の技術に自信を持っていたのだろう。
受け止められたことに微かな驚きを見せつつ、啓崇を守るように前に立つ。
「……勧誘は失敗したようだな」
啓崇の頬にある掠り傷を見て少女は嘆息する。
その喋り方には、どこか古風な雰囲気を感じさせる。
「ですが、敵対までは――」
「啓崇。その手を握らない者は皆敵だ」
今でなくとも、いずれどこかで障害になる。
そう言って少女は刀を正眼に構えた。
しかし、啓崇は決して譲らないといった様子で前に出る。
「烙鴉、お願いだからやめて下さいっ!」
袖を掴んで強引に刀を下ろさせようとする。
先ほどまでの穏やかさとは掛け離れた啓崇の行動に、少女――烙鴉は困惑しつつ尋ねる。
「その様子……啓崇、今度は何が聞こえたんだ?」
何か事情があるはずだ。
烙鴉だけでなく、クロガネも彼女の行動には疑問を抱いていた。
そもそもなぜ、啓崇は接触を図ってきたのか。
「……今は、言えません」
無理に取り繕うでもなく、誤魔化すでもなく。
啓崇は申し訳なさそうに返事を断った。
教祖という立場から、むやみに混乱を招くようなことは言えないのだろうか。
「それも"氷翠"って魔女の方針?」
「なぜその名前をッ――」
烙鴉が再び刀を構える。
だが、啓崇の指示に反するつもりはないらしく、警戒した様子でこちらを見据えている。
――『解析』
膠着した今の状況こそ、探れる限りを尽くすべきだ。
啓崇の能力について情報を得られないか……と、あまり期待せずにいたが。
――■ツ■■■■、■ウ。
解析による繋がりを辿るように、ノイズ混じりに声が聞こえてきた。
ほとんどが雑音に塗り潰されてロクに聞き取れない。
――■■ハ■ノ■■ニ。
「――ッ!?」
声の途中で繋がりが弾けるように解除された。
反動による頭痛に苛立ちつつ、啓崇を睨み付ける。
「あ、あなたを害するつもりは……」
正確には、その奥に潜んでいるであろう"何か"を睨み付けていた。
少なくとも啓崇は『解析』を押し退けられるような存在から助言を得ているようだ。
戸惑う様子を見せる啓崇を、烙鴉が心配そうに見つめる。
これ以上のやり取りは不要だろう……と、考えていたところに色差魔から通信が入る。
『クロガネ、魔法省の捜査官たちがどこかに連行されるみたい』
「……合流する。そこにいて」
短く返事をして、建物から飛び降りる。
追撃を仕掛けてくる気配はない。
こんな場所でいつまでも付き合っていると、今度は自分に魔法省の目が向けられかねない。
焦燥に駆られたような啓崇の顔。
何か重大な秘密を隠しているようだが、強引に聞き出すのはデメリットが上回るだろう。
「あ、よかった。特にケガとかもなさそうね」
合流すると、色差魔が安心したように胸を撫で下ろした。
魔法省と黎明の杜――彼らの衝突を目の当たりにして、僅かだが不安を抱いていたようだ。
「裏懺悔に経過報告する。あれは……」
まだ黎明の杜は小規模で、信者の数も僻地で演説をする必要がある程度に過ぎない。
少なくとも、今すぐに世界をどうこうできるような力は持っていないだろう。
それでも教祖である啓崇は特異な能力を持っており、魔力反応のみで測るには危険すぎる存在だ。
主要メンバーとされる四人も強い能力を持つ無法魔女で、中でもリーダー格の氷翠は"殺した相手から魔法を奪う"能力を持つ。
魔法省に対抗できるとは思えないが、一組織としては過剰な戦力を保有している。
今後も成長し続けるのであれば確実に脅威となり得る。
ユーガスマが動いていることにも納得だった。
その夜はひとまず解散となり――翌朝、唐突に事が動き始めた。
File:大罪級『烙鴉』-page1
刀使いの無法魔女。
黎明の杜に所属する主要メンバーの一人で、近接戦闘に特化しているため格上相手でも反魔力の影響を受けにくい。