表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
144/312

144話

 エスレペス北工業地域の夜は酷く暗い。

 汚染された空気に覆われており、蓋のようにして月光を遮っている。


 もし蝋燭が灯っていなければ、この場所が教会だと気付けなかったことだろう。

 薄汚れた布切れを身に纏った信者たち。

 彼らは一心に希望をも止めてこの地に集っている。


「――皆様、よくぞお越し下さいました」


 シャラン、と鈴が鳴る。

 壇上の少女が手を挙げると、それに合わせて袖元の鈴が揺れる。


「これほどの熱望を頂いて、我らが主もさぞお喜びでしょう」


 眼下に並ぶ信者たち。

 大雑把に数えても五十人を超えているだろう。


 老若男女を問わない。

 少し前までは、彼ら彼女らも生気を失った目をして労働に勤しんでいた。

 そんな者たちに生きる希望を与えた人物こそ、壇上で微笑む一人の魔女。


「本日はこの私――啓崇けいすの名の下に、皆様に幸福への道筋を指し示しましょう」


 これは熱心な信仰への対価です……と、啓崇は優しく語りかける。

 一人一人に目を合わせるように見回して。


 集団の最後尾に紛れ込んだクロガネは、納得したように頷く。


 啓崇は人心の掌握に極めて長けている。

 多くの信者を集める教祖として、これ以上とないほどの逸材だろう。


 はたして、この場に集った三等市民にこれほどの優しさを見せるものがいただろうか。

 日々の行いを肯定して、あたたかく受け入れてくれる存在がいたのだろうか。


 その"最初の一人"として啓崇が現れた。

 彼女は絶望の縁に立たされた人間にそっと手を差し伸べ、苦労を労い、そして籠絡する。


 疲れきった者たちにとってはそれだけで事足りる。

 黎明の杜に所属するには十分すぎる理由になるのだ。


 集団に馴染むことで、同じ境遇の仲間もできた。

 信仰は彼らの自我を支える柱となって、魂と深く結び付く鎖となった。

 どれほどの窮地に立たされても手放せないほどに。


 そして、出来すぎたことに――。


「――『声が聞こえる』」


 耳に手を添えて呟いた直後、啓崇の目が集団の中の一点に向けられる。

 射貫くような厳しい視線――それも一瞬のことで、啓崇は平然を装って微笑んだ。


 教祖として崇められるための能力を彼女は持っている。

 予知能力に近いようだが、何者かから助言を受けているようにも見える。

 その魔法によって、集会に紛れ込んだクロガネを見抜いていた。


「……ッ」


 この場で指示を出せば、その瞬間に信者たちは命を投げ出してでもクロガネを捕まえようとすることだろう。

 だが、啓崇はそれをしない。

 何かしら理由があるのだろうが、問いただすために列を掻き分けて前に進むわけにもいかない。


 啓崇はそれから信者たちに他愛のない話を続け、半刻ほどで集会は解散となった。

 信者たちを見送る際も、視線だけはこちらを気にしているようだったが、何かをしてくるわけでもなかった。


 クロガネは教会から出て、周囲を警戒しつつ色差魔に通信を入れる。


「……相手に勘付かれた。異常はない?」

『こっちは特になにも……って、言おうと思ったんだけど』


 何かに気付いたのか、声を潜めて続ける。


『魔法省の車両が三台そっちに向かってる。たぶん、執行官は同席してないと思う』

「了解」


 即座に『探知』の出力を上げ――車両を捕捉する。


『排除した方がいい?』

「……いや、放置してかまわない」


 彼らの狙いは黎明の杜だろう。

 どうやって集会場を探し当てたのかは不明だが、本格的に弾圧を始めるつもりらしい。


 それを阻むように一人の少女が駆け抜けていく。

 長いポニーテールが風に揺らぎ、地面と平行になるほど凄まじい速度だった。


 腰に帯びた刀に手を添えて殺意を滾らせている。

 彼女もまた、黎明の杜のシンボルをコートに縫い付けていた。


「『魔刀』――」


 途中で足を止め、アスファルトを力強く踏みしめる。

 迫る車両に対して臆することもなく。


『こちらは魔法省都市警備課――、所属を問う――』


 車両のスピーカーがけたたましく鳴り響くも、一切の躊躇もなく。


「――『地這ちはすずめ』」


 抜刀の刹那――大地を抉るようにして無数の斬撃が放たれた。

 一太刀振り抜いただけで、間近に迫っていた魔法省の車両が走行不可能な状態にまで破壊された。


 だが、全員を殺したわけではない。

 斬撃の全てが車両の片側を消し飛ばし、助手席側に座っていた捜査官は呆然として固まっている。


 少女が刀を残った捜査官たちに向ける。


「連れ帰って尋問する。捕縛せよッ」


 掛け声と同時に建物の影から大勢の信者たちが現れる。

 まるで"この場所で捜査官を捕獲する"と事前に示し合わせていたかのように、拘束具まで周到に準備されていた。


 車両は大破し、抵抗しようにも多勢に無勢。

 その上、圧倒的な力を持つ無法魔女アウトローが睨みをきかせている。

 捜査官たちは大人しく投降する他なかった。


 その光景をクロガネが建物の上から観察していると――。


「――見事でしょう?」


 背後から声を掛けられる。

 殺気は感じられない。

 ただ対話のみを求めるように、啓崇は両手を上げて戦意がないことを示す。


「私には戦闘能力が御座いませんので。どうか、その物騒なものを下ろしていただけませんか?」


 接近に気付いた時点でクロガネは銃を抜いていた。

 特殊な改造弾を仕込んだハンドガン――彼女を殺すには十分すぎる威力がある。


「……何の用があって接触してきたの?」


 潜入調査に気付いたというのに誰かを仕向けるわけでもなく。

 啓崇の真意が掴めず、クロガネは最大限の警戒をしていた。


 相手は予知能力のようなものを持っている。

 ここで銃を下ろさなかったとしても大した差異にはならないだろう。


「強大な力を持つ戦慄級の魔女……あなたにも黎明の杜に加わってほしいのです」


 真摯な目でこちらを見据えている。

 あるいは、どこか懇願するような様子も窺える。


「対価に何を出せる?」

「あなたの憎悪するもの全てが、等しく無に帰すことでしょう」


 それはクロガネの事情を知っての事なのか、反体制派としての定型文なのか分からなかった。

 ほんの僅かだけ魅力を感じる提案だったが――。


「そんなもの、必要ない」


 夜空に銃声を響かせる。

 それは威嚇射撃だったが、音に反応して先ほどの刀使いの魔女が接近してきていた。


 いったいなぜ……と、啓崇は問う。

 無法魔女アウトローにはメリットばかりの誘い文句だったが、その手を取るには致命的な障壁があった。


――この世界の人間に心を許すつもりはない。


 価値があるなら利用する。

 それだけの関係だ。


 クロガネにとって、この世界の人間は"殺す対象"か"利用する対象"でしかない。

 感情移入することもなければ情けを与えることもない。

 そうでなければ元の世界に帰れなくなってしまう。


「ですが、あなたも統一政府カリギュラに憎しみを抱いている。そうでしょう?」


 啓崇の問いに、返答するように再び引き金を引く。

 今度は弾丸が頬を掠めていた。


統一政府カリギュラと戦争したいなら勝手にやってればいい」


 心に寄り添ったつもりでいる啓崇の顔が不愉快だ。

 放たれた拒絶の言葉を即座には受け入れられないようだったが、そんなことには構うことなく、


「……私は孤独でいい」


 そう呟いて背を向ける。

 世界で唯一の異物として、他者から隔絶された心など誰にも理解できない。


 下らない利害関係など必要ない。

 それを自身の心が望んでいないのなら、黎明の杜と組むなんてありえない。


 気に入らない。

 なぜだか不愉快に思った。


 こんな世界の中で、敵対するにはそれだけの理由で十分だった。

File:等級不明『啓崇けいす』-page1


絶望の底に沈んだ者達に手を差し伸べ、慈愛に満ちた笑みで抱擁する。

戸惑う彼らをあやすように撫でながら、少女甘く囁いて道を指し示す。


――この世界の枠組みを"破壊"せよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] すごく面白い! この作品が長続きして欲しい
[一言] 裏懺悔はクロガネが懐柔されないことも見越してこの依頼を出した可能性もありそう。 憎悪するものはこの世界そのものだけど、目的は帰還すること。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ