142話
「――よう、久しぶりだな」
快活な少女の声だ。
目深にフードを被って素顔を隠しているが、その気配は確かに魔女のものだった。
ゾーリア商業区の夜は治安が悪い。
そんな中で、人目のない路地裏の壁に凭れかかっている。
情報屋の魔女、烟。
堕の円環という組織に所属しているようだが、本業をやめたというわけでもないらしい。
知りたいことがある……と、一声かけるとすぐに時間と場所を指定された。
「あのヴィタ・プロージットと一戦交えたらしいな? どこに行ってもあんたの噂で持ちきりだ」
そういった稼業に身を置いているため、急速に台頭してきた無法魔女についてもよく聞かれるのだろう。
手をひらひらと振りながら「お得意様の情報は、誰にも売らないから安心してくれよー」と言う。
「それじゃ、仕事の話をしようぜ」
他愛のない雑談は手短に、烟が本題を切り出す。
「単刀直入に聞く。"黎明の杜"について、知ってることを全て教えて」
「あ~、あのカルト団体か……」
反応から察するに、何かしら内部事情を知っているのは確かだ。
あとはこちらの金払い次第だろう。
「エスレペス北工業地域で広まりつつある新興宗教だな。教祖は"神託"が聞こえるっていう予知能力系の魔女……その力のおかげか魔法省のガサ入れも上手く躱しているみたいだ」
こちらの反応を窺うように、烟は情報を小出しにしている。
どこから情報量を跳ね上げるか探っているようだった。
「……教祖の名前は?」
クロガネは紙幣の束を投げ渡しつつ尋ねる。
その情報に釣り合う金額だったようで、烟は続ける。
「教導主『啓崇』――実態は不明だが、他にも無法魔女が多く所属しているらしい」
「何人くらい?」
「主要メンバーに大罪級が二人……それと、等級不明だがもう一人いる」
その内の二名が、深夜のマレスト駅で対峙した氷翠と壊廻なのだろう。
同等クラスの魔女がまだ控えているとなると侮れない組織だ。
そこまでの情報をどうやって知り得たのかと、興味を抱くも尋ねることはしない。
仕事柄、様々な人物とツテがあるのだろう。
もしくは堕の円環内部で得た情報を利用しているのか。
クロガネ自身も、意図せずとも彼女との会話の中で情報を明け渡してしまっていることは否めない。
「主要メンバーは四人ってこと」
「その認識で問題ないはずだ。他は手足として勧誘活動に使っているんだろう」
そこで烟は口を噤む。
「このくらいだな。これ以上は、どれだけ金を積まれても話せない」
堕の円環側の事情なんだ、と烟は残念そうに言う。
それは本心のようで、先程までのような商機を探る様子はなかった。
「あたしらの組織も反体制派だからな」
「目隠しに丁度良い?」
「まぁ、そんなところだ」
矢面に立ってくれるのであれば、それだけ堕の円環も自分達の計画を進めることができる。
少なくとも黎明の杜に対して干渉するつもりはないらしい。
「あんたはどうするんだ? 利害で対立しているわけじゃなさそうだが……」
探るような視線。
返事をしてもしなくても、クロガネの立場を察することだろう。
「別に。調査依頼を受けただけ」
それ以上の理由は、少なくとも現時点ではない。
黎明の杜という存在はクロガネにとっても有益だ。
堕の円環と同様、魔法省の注意を引き付けてくれるなら叩く意味もない。
「そっか。ま、あんたも気をつけてくれよ。その件に関しては魔法省も躍起になってるからな」
ユーガスマも動いているほどの事件だ。
調査中に彼と遭遇した……という重要な情報まで渡すつもりはない。
取引を終えると、烟と別れてエスレペス北工業地域に向かう。
File:烟-page2
堕の円環に所属する無法魔女。
元はレーデンハイト二番街の情報屋であり、組織の仕事をこなす一方で本業も続けているようだ。