表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禍つ黒鉄の機式魔女  作者: 黒肯倫理教団
4章 氷翠の召魔律《ゴエティア》
141/314

141話

 まだ届かない。

 これほどの力を得たというのに再び逃亡を選んでしまった。


「……ッ」


 自身の無力さが憎い。

 実際に対峙してみて、まだ勝ち目がないと本能的に感じ取ってしまったのだ。

 いつまでもこんな無様を晒しているようでは、いざという時に身を守れない。


 今回はユーガスマも様子見に徹していた。

 彼が本気で殺しにかかってきたなら命は無かっただろう。

 この世界では強者であるが故に、クロガネは余計にストレスを抱えていた。


 真の意味で"自由"を得るには、現状に甘んじてはいられない。

 生半可な力で満足するわけにはいかない。


 その身に宿した能力は、殺戮と共に成長する『破壊』の魔法。

 実力を上げるには戦闘技術だけでなく、相応に多くの命を奪う必要がある。


 とはいえ、無差別な殺人を繰り返せば魔法省に最優先で狙われかねない。

 無法魔女アウトローとして仕事をこなすことが――裏懺悔の庇護下にあるという意味で最も安全だろう。


 悔しさに歯を軋らせつつ、寒空の下を歩いて合流地点に到着する。

 クロガネの姿を見た瞬間に色差魔が顔を明るくさせた。


「クロガネ! よかったぁ……」


 目立った外傷もない。

 色差魔は安堵した様子で胸を撫で下ろした。


 本来であれば監視の目を『色錯世界』によって欺いて、その隙に現場調査を終わらせる予定だった。

 封鎖された区域に立ち入るには最も手っ取り早いからだ。


 想定外だったのはユーガスマの介入だ。

 魔法省は既に何らかの情報を得て、彼を動かすべき事態だと判断しているようだった。

 そうなれば、今後の調査に大きなリスクが付いて回ることになる。


「調査データを精査する必要がある。次の予定は追って知らせるから」

「何か役立つ情報はあったの?」

「……これとか」


 クロガネは画像データを色差魔に転送する。

 それは、バスターミナルに創られた巨大な氷像の写真だった。


「うわぁ……あの徒花が氷漬けになってるじゃない」


 画像を拡大してまじまじと眺める。

 眠るような穏やかな表情ではない。

 死闘の最中に、殺意を抱いたまま時間が止められてしまったように固められている。


「ま、無法魔女アウトローたちには吉報ね。いつも不意打ちみたいに転移してくるから、徒花が関わってるってだけで依頼を断る魔女も多いくらいだし」


 この画像一枚で魔法省の信用を崩すことができる。

 他にも凶悪な戦力を多く保有しているのだが、徒花の存在は登録魔女の広告塔としての意味もあった。


 まだ公表されていない情報だ。

 そのまま秘匿され続ける可能性もある。

 後に別の死因をでっち上げたところで、それが嘘であると大衆には分からないだろう。


 効果的なタイミングでリークすれば魔法省の動きを阻害できる。

 氷樹を作り上げたのが黎明の杜であれば、その意図で活用するはずだ。


「クロガネはどうするの?」

「"専門家"にデータ分析を任せる」


 調査データを"死"に詳しい無法魔女アウトローに送信する。

 彼女ならば、この不可解な現象を解き明かすこともできるかもしれない……と。



   ◆◇◆◇◆



 拠点に戻ると、クロガネはベッドに寝転がって調査データを読み返す。

 現場の『解析』から得られたのは、どのような魔法が行使され、どのようなエーテルの流れによって現象が生じたのか……という点までだ。


 その根元となる能力までは、本人自体を『解析』しなければ調べられない。

 当然ながら、それ自体は強力な魔法ではないため反魔力によって相殺されてしまうだろう。


 氷翠ひすいは既に戦慄級の魔女だ。

 魔女を標的として連続殺人を起こし、徐々に力を付けながら犠牲者を増やしている。


 もしこの世界の魔女全ての能力を得たなら、彼女は全能の魔女になれるのだろうか。

 そう考えてみるも、裏懺悔という壁を越えられるとも思えなかった。


 時刻は夜九時半。

 そろそろ何か推論ができたのでは……と、クロガネは"ある魔女"に電話する。


 情報整理で手一杯かと思いきや、応答はワンコールより早かった。


『んっ……』


 電話越しに、声を押し殺すような呻きが聞こえてきた。

 その度にマイク部分に吐息が掛かって雑音が混じる。


「……何してるの」

『その、クロガネ様のことを想って……んっ……色々とぉ』


 屍姫がとろけるような甘い声で返答する。

 時折混ざる衣擦れの音。

 静かな自室に一人でいるらしい。


 クロガネは嘆息しつつ手を止めるように言う。

 何を致していたのか、などと尋ねることはしない。

 そんな下らないことより、聞きたいことは他にたくさんある。


「で、送ったデータから何か分かった?」


 残されていたエーテルの痕跡や氷樹を『解析』したデータ。

 これほど詳細なものは魔法省でも手にしていない。


『エーテルの痕跡に違和感がありました。少なくとも、死をきっかけに力を奪うような魔法は発動されていないと思います』


 屍姫自体が殺した相手を操り人形にする魔法の持ち主。

 効果は違えど似たような性質だ。

 その彼女が言うのであれば、少なくとも殺害現場でそういった魔法は行使されていないのだろう。


『その氷翠という無法魔女アウトローは、確かに複数の魔法を所持していたんですよね?』

「目の前で見たから、それは間違いない」


 氷を操る魔法と空間転移。

 クロガネ自身も複数の魔法を使えるが、それはCEMケムの人体実験によるものだ。


 屍姫は考え込むように沈黙し、少しして口を開いた。


『これは憶測ですが――魔法以外の何か、例えば遺物のようなものを持っているのかもしれません』


 遺物――遥か太古の存在が遺した強大な力を宿す物体。

 クロガネが人体実験の際に埋め込まれた"破壊の左腕"のように、何か特異な力を得られるようなものがあるのかもしれない。


 それなら氷翠の持つ性質にも納得がいく。

 問題は、それを可能とする技術者の存在についてだが――。


「……"黎明の杜"」


 その名を呟く。


 最初の事件現場で捜査官から聞き出した組織だ。

 三等市民を中心に広がりつつある新興宗教で、少なくとも魔法省から正式にカルト認定されている。


 上層部から最大限に警戒するよう指示が出されているという。

 魔法省の長官やそれに準ずる役職の者であれば、その詳しい理由まで知っているのだろうか。


「……」


 派手に行動を起こせば再びユーガスマが出張ってくるだろう。

 彼なら事情を知っているはずだが、易々と話してくれるような間柄でもない。


 実態が不明な組織について探るのは困難だろう。

 そういった潜入捜査は他者の領分だ。


『細かい分析は、後で纏めたファイルを送りますね』

「分かった」


 クロガネは次の行動について思案する。

 まずは黎明の杜について、情報収集から始めるべきだろうか。


『なので……その、クロガネ様ぁ……』


 声を震わせながら、懇願するように。

 吐息混じりの甘い声で。


『んっ……名前を呼んでいただけると、すごく捗るのですが……』


 クロガネは嘆息しつつ電話を切る。

 毎回相手にしていたらこちらが疲弊してしまう。


 再び時刻を確認する。

 夜十時――情報収集をするには、まだ遅くない時間だろう。

File:屍姫-page3


使役しているアンデッドの中には研究職だった者も。

魔力消耗を抑えるため普段は地下室に保管してあり、状況に応じて呼び起こしている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ