14話
「随分と時間がかかってるみたいだけど?」
後部座席で寛ぎつつ、白兎亭の受付――ベルナッドと名乗った男に尋ねる。
しばらく移動が続いているようだったが、一向に目的地に着く様子はない。
さすがに目隠しをされたまま長時間待つ、というのもストレスが溜まってしまう。
苛立ちを隠すつもりもなく、足を持ち上げて運転席に強く落とす。
「勘弁してくれ。移動時間から場所を特定されるわけにもいかないんだ」
「……そこまでするほどなの?」
「魔法省の執行官にでも嗅ぎ付けられたら厄介だ。そうでなくとも、競合から無法魔女をけしかけられるかもしれねぇ」
ベルナッドは殺気に当てられて背筋を震わせる。
とはいえ、これはボスからの厳命だ。
たとえ魔女が相手であろうと、絶対に違えることは出来ない。
「あっそ」
言いつけを破ってまで目隠しを外しても得はない。
ただベルナッドが怯えている様子は、多少だがストレス解消になった。
「執行官ってそんなに厄介なの?」
「ああ。奴らは普通の捜査官と違って特殊な施術を受けているって話だ」
施術という言葉に、今度はクロガネが体を震わせる。
恐怖ではない。
強烈な殺気で力んだだけだ。
「マジで怖えーから勘弁してくれって……」
怯えつつも、黙り込まないあたりそれなりに鍛え上げられているのだろう。
もしくはクロガネよりも怖い存在の下で働いているのか。
「それに奴らの対魔武器は特別製だ。登録魔女も厄介だけどよ、俺は人間の執行官のがヤバイって思うぜ」
「……そう」
対魔武器――CEMによって生み出された特殊な武器だ。
討伐された魔物の部位を利用して作られ、剣から銃まで様々なものがあるという。
CEMの実験内容はよく知っている。
クロガネ自身が経験したものと似たような事が、至るところで行われているのだろう。
「最近代替わりしたヘクセラ長官ってのがやたら過激派でよ。木っ端のカルテルなんてすぐ潰されちまう」
悪事を働いて、それを嗅ぎ付けられて潰される。
当然の摂理なのだが、クロガネは無法魔女であって、それを阻む側に回らなければならない。
下衆を助ける趣味はないが、収入源を潰されるのも癪だ。
「あんたらのところは?」
「ウチは大丈夫だ。そこらの雑魚とは規模が違う」
ベルナッドは自慢げに『ガレット・デ・ロワ』の規模を語る。
先ほどのバーのような水商売は収入のごく一部で、賭場の経営や武器の密輸、薬の密造・密売にまで幅広いらしい。
もしクロガネが裏切ったら――などとは考えていないらしい。
或いは、殺気に耐えかねて話題を繋ぐのに必死なのかもしれない。
「……っと、そろそろ着くぜ」
安堵したような声色で、やはり恐怖が強かったのだろう。
車を停めた途端にほっとため息を吐いていた。
「外しても?」
「あぁ、構わねぇ」
鬱陶しそうに目隠しを外し、車外を窺う。
どうやら地下にいるらしい。
薄暗く視界は悪いが、それなりに整備されている。
「……ここが」
錆び付いた金属と油臭さ。
血生臭い体を隠すには適した場所だろう。
何やら巨大な機械が動き続けている。
工場――先ほどの話から、後ろめたいものであることは容易に想像できる。
よく見れば、働いている人たちの服装は酷くみすぼらしい。
表情に生気はなく、動きもやたら緩慢だ。
それを見て眉を潜めるほどこの世界の人間に愛着は無い。
「コイツらは借金背負って爆発させたバカ共だ。死ぬまで機械の一部をやってるだろうよ」
「……」
大半の人間なら、この光景を見ただけで萎縮してしまうだろう。
魔女でさえ怖じ気付いてしまうはずだ。
事務所などでなく、仕事場の一つに案内されたわけだ。
よほど試したがりなのだろうとクロガネは嘆息する。
「このドアの奥にボスがいる」
ベルナッドは案内し終えると、足早にその場を後にする。
よほどそのボスが怖いのだろう。
相手は巨大な犯罪シンジケートの元締め。
末端の彼からすれば畏怖の対象でしかないはずだ。
何よりも、先ほど工場内を案内していた彼自身が一番震えていたのだ。
バカにしつつも、作業員たちを哀れんでいる様子だった。
もし仕事をしくじったりすれば、ベルナッドも同様に工場行きになってしまうのかもしれない。
ドアをノックしようとして、ふと思い止まる。
礼節を弁えるなど馬鹿馬鹿しい。
「――ッ!」
クロガネは威勢良く蹴破って入室する。
File:魔法省
魔女適正管理法のもと、魔女名簿によって魔女を管理する機関。
また登録魔女に仕事を強制することも可能。
捜査官と、その上位に位置する執行官は主に犯罪組織や魔法災害等の対処にあたる。