138話
「なんというか、脅し方が手慣れてるわね」
捜査官がいなくなったのを確認してから色差魔が合流する。
こうして力任せに退かせるのは、強大な能力を持つ魔女の特権だ。
慌ただしく撤退したため、その場には様々な器機が残されていた。
「……これは」
その中から、クロガネは興味を引かれたものを手に取る。
ハンディスキャナー型のPCMA――各捜査官に配備されている災害等級判定機だ。
利便性に優れているかといえばそうでもない。
魔女や魔物相手に向けるなら、初めから武器を手に取った方が安全だろう。
それを用いるとすれば、魔女名簿で管理されていない無法魔女の捜索だ。
人混みに紛れて気配を殺しても、PCMAを向けられれば一発でバレてしまう。
これによって魔法省の取り締まりが成り立っている。
捜査官の数を考えれば、戦闘能力に特化していない魔女は従わざるを得ないだろう。
魔女同士でさえ魔力を感じ取ることはできない。
可視化されるほどの魔力を持つ者といえば、それこそ戦慄級のみに限られてしまう。
だが、関連した能力――『魔力感知』や『魔力操作』等を持つ魔女であれば可能だ。
クロガネ自身も『探知』を応用する形で大雑把な保有魔力量を調べている。
だが、この装置ほど正確に数値化することは難しい。
「……『解析』」
PCMAの仕組みに興味を抱いて、魔法を行使する。
もし魔法で再現できるなら便利だ……と、軽い気持ちでの行動だったが――。
「……ッ」
構造自体は単純なものだ。
エクリプ・シスを用いた動力源と、複雑な回路によって機能が成り立っている。
対象に向けて命じるだけで数値化されるようだった。
問題は、その数値化するシステムが内部に見当たらないことにあった。
どこまでも遠くへ、導線を辿るように『解析』が突き進んでいき――。
《不正アクセスを検知――code:00089E。遮断します》
無機質な声がPCMAから聞こえ――唐突に『解析』がシャットアウトされてしまう。
興味本位で踏み込むには危険すぎる情報だったらしい。
何か"大きな魔力"によって強引に魔法を解除され、反動が激しい頭痛を引き起こす。
クロガネはPCMAを投げ捨てて舌打つ。
「だ、大丈夫?」
「問題ない」
末端に至るまで張り巡らされた大規模な管理システム。
クロガネの魔法を退けられるだけの反魔力。
それが可能なものなど一つしか思い浮かばない。
――ラプラスシステム。
各捜査官の装備にまで繋がっているとまでは考えていなかった。
もし想像通りの内容であるなら、セフィールが話していた"完全管理社会"の到来も現実味を帯びてきてしまう。
どれほどの並列処理を可能としているのか。
名前以外の全てが謎に包まれている。
統一政府に近しい者なら何かしら情報を握っているのだろうか。
クロガネは嘆息しつつ、本来の目的を忘れてはならない……と、殺害現場の目の前に移動する。
戦闘の痕跡は一方的なものだった。
被害者が『魔力操作』系統で戦闘向きではなかったため仕方がないだろう。
氷翠に目を付けられた時点で死は避けられないはずだ。
それ以上に目を引かれたのは、カラースプレーで殴り書きされたメッセージだった。
――"what's your meaning?"
この現場を目撃した者へ、強く訴えかけるように。
乱雑なようで確かな意思が込められている。
魔法省に喧嘩を売るような真似をしたのだ。
何らかの目的を持った思想犯であっても不自然ではない。
少なくとも、快楽殺人に興じるような無法者よりはマシだろう。
「存在意義……」
魔法省の登録魔女が殺された光景。
そこにメッセージが加わると、目撃者にどのような揺さぶりを与えられるのだろうか。
厳格に管理された社会への不満か。
三等市民という身分では覆しようのない格差への嘆きか。
心の内に黒いものを溜め込んだ者にほど、氷翠の言葉はよく響くのかもしれない。
そこで、ふと壊廻のことを思い出して納得する。
二人の間に感じた歪さは、純粋な愛ではなく彼女の捧げる熱狂によるものだったのだろう……と。
そのカリスマ性で人を集めているとすれば、時間が経過するほどに危険度が高まっていく。
そして、事件が増えるほど氷翠は能力を得ていく。
その根源となる能力を解き明かす鍵が、この現場に残されているはずだ。
だが――。
「……どうして」
一通りの調査を終え、クロガネは呟く。
血痕などは物々しく残されているが、この場では『解析』を行使しても氷翠が使ったらしい魔法の残滓は確認できなかった。
死体があったであろう場所には違和感がある。
魔法ではない"何か"――それに近しい類いのはずだが、得体の知れない不気味さを抱く。
考えずとも、殺した相手の能力そのものを奪う時点でおかしな話だ。
クロガネも似たような能力ではあるものの、得られるのは対象の魔力のみ。
それも一部に限られてしまう。
魔法とは、各々が保有する固有の能力だ。
色差魔が"五感を狂わせる"魔法を持っているように、その力は千差万別。
どれだけ強大な力を持っていようと、他人の魔法を見様見真似で再現することは不可能だ。
少なくとも、魔女という括りの中では。
「……」
クロガネはリストを取り出して思案する。
危険を承知の上で、次の目的地を決めなければならない。
「ねえ、次はどこに行くの?」
「一番新しい事件現場……"徒花"が殺された場所に向かう」
事実であれば、魔法省の警備が最も厳重になっているはずだ。
魔女名簿の中で数少ない戦慄級――特務部の捜査官を率いる執行官でもある彼女が殺されたとなれば、魔法省の威信に関わる事態になる。
「それさ……かなり危ないんじゃない?」
「問題ない」
以前より魔力も戦闘技術も向上している。
よほど質と量を揃えない限り、今のクロガネを殺すことは困難だ。
慢心するつもりはないが、慎重に動きすぎて機を逃すことも避けたい。
痕跡が失われる前に調べるべきだろう。
あまり悠長に構えていられない。
確証はなかったが、焦燥に駆られてしまうような"何か"がこの事件に絡んでいるような気がしてならなかった。
File:PCMA-page2
『processing capability of magical power analyzer』通称PCMA
AIの分析によって魔女・魔物の脅威度を測定する機械。
PCM値によって災害等級を割り当てられる。基本的には魔女疑惑のかかっている人物に対して用いられるか、潜在的に魔女になり得る人物の捜索に用いられる。
捜査官・執行官ともに標準装備。