137話
それから移動を続け、最初の目標座標に到着する。
魔法省の捜査官たちが周辺を警備しており、奥では捜査班や煌学士たちが様々な検証を行っていた。
現場保全のために黄色い規制テープで立ち入りを制限されている。
それ自体にセンサーのような役割があるらしく、僅かに魔力を帯びていた。
部外者が触れたら即座にバレてしまうだろう。
遠目で見ても戦闘の痕跡は分からない。
強引に突破するか、或いは人数が減る夜まで待つべきか。
クロガネは通信端末に保存された文書ファイルを開く。
この場所で殺されたのは登録魔女――愚者級『幽』という名で、能力は『魔力操作』系統。
戦闘向きではないため、魔法工学技術者としてC-2区域に勤務していた。
今回の座標は関連事件の中では一番古い場所だ。
まずは魔法省の捜査官と遭遇しない場所を……と考えてのことだったが、そうもいかないらしい。
調査が長引いているにしても、警備だけでなく捜査班まで残っているのは中々あり得ない状況だ。
可能性があるとするならば――。
「……魔法省も事件の関連性に気付いてる」
「うっわ、一番面倒なパターンね」
色差魔が顔をしかめる。
氷翠について調査を進める上で、どこに行こうにも捜査官の警備網を掻い潜らなければならない。
遅かれ早かれ第三者の介入に気付かれることだろう。
であれば、中途半端に探られるよりも警告の一発でもしておいた方がいいかもしれない。
「で、どうする?」
「全員蹴散らす」
相手も悪意があってこの場に居合わせたわけではない。
彼らは魔法省の捜査官として、治安の維持を目的に動いているだけだ。
だが、仕事の邪魔になるのであれば容赦しない。
それが無法魔女としての流儀だ。
堂々とした足取りで警備している捜査官たちに歩み寄る。
明確な敵意を前にして、気の抜けていた捜査官たちが慌てて武器を取り出した。
「止まれ! ここは現場保全のため――」
「邪魔なんだけど?」
クロガネは『倉庫』から機関銃を呼び出し――掃射を開始する。
弾丸は極めて正確に、規制テープや通行止めのバリケードを全て消し飛ばした。
「――『装填』」
空のマガジンを排出し、手早く次を装填する。
その頃にはさすがに捜査官たちも遮蔽物を見つけて姿を隠していた。
その内の一人が小型の銃――もとい、ハンディスキャナーを取り出す。
「ぴ、PCMA起動ッ」
『保有魔力測定中――エラー。PCM値を測定できません』
各捜査官に支給されている小型の魔力計測装置。
対象に向けて起動することでPCM値を測定し、災害等級を判定するための機械だ。
研究施設にあるような大型のものと異なるのは、戦慄級以上のPCM値までは測れないことにある。
「馬鹿なっ――」
捜査官が思わず声を漏らす。
現場検証の警備をするだけ……と、気を抜いていたところに想定外の事態が発生したのだ。
先程の銃声に気付いて奥にいた捜査班たちが合流する。
ちょうど建物の影に隠れるように、十名が対魔武器を構えていた。
だが、どれも低級のものだ。
捜査官たちは大規模な戦闘を想定していないようで、装備も不十分に見える。
全員を相手にしたところで大した脅威ではない。
「機式――"エーゲリッヒ・ブライ"」
呼び出したのは、使い慣れた二丁拳銃。
この場を制圧するのに最も都合の良い武器だ。
警告するように銃を向け――遮蔽物ごと捜査官の肩を撃ち抜く。
ボロボロな建物の陰に隠れたところで『破壊』の力の前では意味を成さない。
苦痛に喘ぐ捜査官を見て、他の捜査官たちが息を呑む。
どうにかして離脱できないか……と、各々がアイコンタクトを交わしている間に。
「ひぃっ!?」
捜査官の一人が悲鳴を上げる。
クロガネが瞬時に遮蔽物の裏側まで回ってきて、手近な男のこめかみに銃を突き付けていた。
「調査データを出して。今すぐに」
要求は至ってシンプルだ。
煌学捜査の専門家が得た情報を寄越せ、と。
「でないと――」
銃口を強めに押し付けると捜査官が小さく悲鳴を漏らす。
顔が青ざめて、泣きそうになりながら仲間たちに"言うことを聞いてくれ"と視線で懇願していた。
人質の命は無い。
話を呑まなければ即座に射殺する。
強烈な殺気に気圧され、捜査官たちは対魔武器を放り投げて降伏する。
「……調査データを全て譲り渡す。が、その前に命の保証が欲しい」
捜査官の男が両手を挙げながら尋ねる。
この場では最も年数が長いようで、最初に降伏を指示したのも彼だった。
「魔法省公安部・都市警備課のレダスだ。一応、この区域の治安維持責任者をやっている」
エスレペス北工業区域だけで六件の魔女殺人が起きている。
その担当者であれば、一連の事件について詳しく知っているかもしれない。
クロガネは人質を乱雑に放り捨て、レダスに銃口を向ける。
「どうして現場保全が長引いてるの?」
「特務部からの指示だ。詳細までは知らされていないが……最近、上層部で何やら揉め事が起きていると聞く」
内部事情に精通しているわけではないが、それでも漏れ出る噂は少なくないらしい。
情報を売るリスクと生存を天秤に掛け、探るような様子で言葉を紡いでいる。
「一連の事件についてどこまで知ってる?」
「末端の私たちには全く……だが、幾つかの地域で同様の指令が出ている。何かが暗躍しているのは確かなはずだ」
「どこに共通点を見出だしたの?」
「全ての殺害現場に同波長の魔力が検出されている。そこのPCにデータが残っているから、確認してくれて構わない」
持っている情報はそこまで。
自分たちは上層部の指示で動いており、詳細を知る由もない。
本当にその程度しか知らされていないのであれば、彼らから得られる情報は皆無に等しい。
「はぁ……」
呆れたように嘆息し、銃口を他の捜査官に向ける。
その瞬間にレダスが「待てッ」と声を上げた。
「……統一政府から直接指示が出ている。秩序を脅かす組織が現れる、と」
「組織の名前は?」
「黎明の杜。三等市民を中心に蔓延るカルト宗教だ」
聞いたことのない組織だった。
統一政府がどのように調べたのかは不明だが、レダスの様子からして嘘ではないらしい。
「ただのカルトに警戒してるの?」
「上が指示を出すこと自体が滅多にないことだが、今回の件は大きな混乱の種になると聞いている」
「……そう」
クロガネは銃を下ろす。
これ以上の情報は得られそうにない。
黎明の杜という組織、そして規模の大きな"何か"を目的として動いていることが分かった。
一連の事件に何らかの形で関与しているようだが、氷翠との繋がりに関して明らかになったわけではない。
「これで、見逃してくれるだろうか?」
「十秒で消えて」
再び銃を構えると、レダスは慌てた様子で捜査官たちを引き連れて逃走する。
その背中を撃つほど非情ではないが、もし余計な策を弄するなら殺すつもりでいた。
短めの猶予を与えることで道具などの回収はさせなかった。
彼らが去った後、クロガネはじっくりと現場を見回す。
File:レダス
四十二歳、男性。
魔法省公安部・都市警備課所属、エスレペス北工業地域治安維持責任者。
身体能力に自信があり、過去には単独で咎人級の魔女を捕縛した実績がある。