131話
「――チッ、口封じか」
ゲーアノートが舌打つ。
襲撃への警戒は怠っていなかったが、まさか空から狙撃されるとまでは考えていなかった。
「なぁお前さん、何者だ?」
アダムが銃を構え尋ねる。
返答次第では、即座に特級対魔弾を撃ち込めるように。
「ボクは統一政府に名を連ねる一等市民。そして、戦慄級の魔女でもある」
自分は圧倒的な強者だ。
この場に姿を現しても危険は無い。
それを示すように、空を指差して笑みを浮かべる。
「キミたちはラプラスシステムについて"少しだけ"聞いてしまった。だからね、予め忠告をしに来たんだ」
統一政府に反抗しない方がいい……と。
「利口な人間ほど長生きするよ」
セフィールが恐れていた完全管理社会。
その一端として示されたのが、軌道衛星による対地レーザー攻撃だった。
この場に居合わせた皆が、アグニを警戒して武器を構えている。
だが、彼女に銃を向けても遥か空高くから攻撃が降ってくるのでは対処のしようがない。
「今回はそれだけ伝えに来たんだ。裏社会でも名が知れ渡っているキミたちだからこそ、ね」
それじゃあお別れだ……と、アグニが手を振る。
この場で殺し合うつもりはないらしい。
と、微かな安堵も束の間に――。
「チッ――『戦闘演算』」
続け様に三発、地面に向けて攻撃が放たれる。
馬鹿げた威力で放たれた熱線――それを、クロガネはフェアレーターで迎え撃つ。
「――ッぁぁああああ!」
残存魔力を惜しみなく込めていく。
狙いは精密に、熱線を呑み込むように全力で放つ。
気迫と共に放たれた一撃。
手加減をしたつもりはなかったが、撃ち出したエネルギー波はその内の一本と相殺されてしまう。
空から一方的に、さらにクロガネの最大出力と同等の攻撃を連続で放てるというのだ。
残る二本の熱線を視界に収めつつ裏懺悔が嘆息する。
「んー、さすがにこれは反則だよ~」
虚空に向けて指をパチンと鳴らす。
それだけで、間近まで迫っていた熱線が何事もなかったかのように消滅した。
攻撃の隙にアグニも姿を消していた。
その場に残った者たちは、統一政府の本気に息を呑む。
「拠点が割れればさっきのアレが飛んでくるってか? 冗談じゃねえ」
アダムが肩を竦める。
さすがに一介のシンジケートでは、そこまでの対処能力は保有していない。
ラプラスシステムによる管理がどこまで及ぶのかは不明だ。
社会生活全てに監視の目が付けられるのであれば、些細な行動から組織全体が吊り上げられかねない。
「あー、いっそディープタウンにでも潜るか?」
今でこそ三等市民居住区の奥に本拠地を構えているが、より深くに潜る必要もあるかもしれない。
アダムには避難先のアテがあった。
「もう消されちまったが、セフィールは最後になんて言おうとしてたんだ?」
「さあな。ラプラスシステムの正体について知ってるようだったが、俺もそこまでは聞いていない」
ゲーアノートも口頭で聞いただけで、セフィールの持ち出した
核心に触れる直前に消されてしまった。
ラプラスシステムそのものについて情報を得ることは叶わなかった。
「気になるよねー。場所が分かれば裏懺悔ちゃんが見に行くんだけどな~」
「……見つけてどうするの?」
「んー、内緒」
口元に指を添えて微笑む。
何か大きな目的を持って動いているのは裏懺悔も同じだ。
「でもでも、クロガネを一晩好きにしていいなら教えてあげちゃうよ~?」
「ならいい」
「ちぇー、残念」
裏懺悔が口を尖らせて言う。
軽い冗談ではぐらかしているが、話すつもりはないのだろう。
「……なあ、禍つ黒鉄」
通信士――シェスカが声をかけてきた。
本意ではないとはいえ、結果的に敵対してしまったことは事実だ。
「アダムに頭は下げた?」
「そりゃもう、首が千切れるくらいに」
裏懺悔に有用な情報を渡せたことで、一先ず報復のリスクは抱えずに済んだらしい。
それでもガレット・デ・ロワを裏切ったことには変わりない。
「移籍までする必要あったの?」
「まぁ、居心地は悪くないんだけどな。それがどうでもよくなるくらい、もっとデカイことが始まる」
ゲーアノートは統一政府と渡り合うための力を掻き集めている。
名高い殺し屋集団から勧誘された事で、自身の価値を認められたような気がした。
「あたしも三等市民の生まれだから……一度くらい、上の奴らに歯向かってみるのもアリだなって思ったんだ」
その言葉を聞いて、クロガネはゲーアノートに視線を向ける。
尋ねずとも、彼は頷いて答える。
「俺たちは統一政府に戦争を仕掛ける。そこらの弱小テロ組織とは違う、本物の戦争屋として」
完全管理社会なんざ御免だ……と、ゲーアノートが眼光を鋭くさせる。
ラプラスシステムの本格的な運用が始まれば、今よりも極端な社会構造に作り変わってしまう。
どこで何をしようと監視され、自由の奪われた世界。
魔法工学の技術力を最大限に発揮したならば、それが実現不可能だとは思えない。
「禍つ黒鉄。あんたも優れた殺し屋だが、何を目的として動いているんだ?」
「……教える義理はない」
クロガネは背を向け、それ以上は答えない。
元の世界に戻るための手掛かりは未だ得られていない。
もしあるとすれば、それはフォンド博士の研究所だろう。
こちらから仕掛けるには実力不足だ。
中途半端な状態では無意味に命を落とすだけ。
少なくとも、自力でユーガスマを退けられるくらいには強くならなければならない。
そのためには、より多くの経験を積む必要がある。
多くの命を奪い、魔力量を高める。
行く手を誰も遮れないように、圧倒的な強者となるのだ。
「……」
敵対する者を全て殺せるように。
そう考えるも、裏懺悔を見ていると途方もない道程のように思えてしまう。
裏社会で仕事をこなしてきたからこそ分かる。
彼女は常軌を逸している……と。
一個人の力に収まらず、歩いているだけで統一政府にさえ牽制となる存在。
他の魔女と同じ戦慄級として並べるのも烏滸がましいほどだ。
「んんー? やっぱり気になっちゃうかな?」
裏懺悔がぐいっと顔を近づけて笑みを浮かべる。
彼女の意図は掴めないが、少なくとも敵でないことは確かだ。
この世界の人間である以上は裏懺悔に心を許すつもりはない。
現状は敵ではないというだけ。
万が一、元の世界に戻るための妨げとなるのであれば、彼女を敵に回す必要もあるのだ。
「気になってるのはそっちの方じゃないの?」
怯むことなく見つめ返す。
吐息の掛かる距離でじっと見つめられ、裏懺悔は顔を赤くして逸らした。
「ずるいなぁ、もう」
それはお互い様だ……と、クロガネは嘆息する。
彼女と友好的な関係である間は、その名を出すだけでも様々な組織に対して抑止力となる。
こちら側から距離を取ることは不利益しか無い。
拒まれることは無いと知っていて、引かれた線を踏み越えようと試みるのだ。
裏懺悔の真意は分からない。
窮地に陥った際に助けられた事実もある。
それでも、純粋な好意として受け入れるには、クロガネ自身がこの世界に不審を抱きすぎている。
きっとこれからも、理屈に塗れさせた歪な関係を続けていくのだろう……と。
何故か、そんな気がしていた。
3章終了。