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13話

――エーデル三番街。


 商業区の中でも一際賑やかな繁華街。

 行き交う人々は、市民の中でも比較的富裕層が多い。


 一帯は"三等市民立ち入り不可"となっている。

 戸籍の無い者や貧困層は、一歩でも踏み入れば厳格な処罰の対象になってしまう。


 そのため、基本的には犯罪に巻き込まれるような心配はない。

 表通りを歩くなら――という制約が付くが。


「よーっす、裏懺悔ちゃんだぞ~」


 路地裏で、深々とフードを被った少女に声をかけられる。

 高い建物に日を遮られ、まだ昼過ぎだというのに辺りは薄暗い。


 待ち合わせだ。

 この場所で、最初の仕事を引き受けることになっている。


「体の調子はどう? 絶不調とかじゃないよね~?」

「……チッ」


 相変わらず馴れ馴れしい、とクロガネは舌打ちする。


 施設を脱出して以降、裏懺悔の提案で半日ほど休息を取っていた。

 死の危険を感じない場所で、ベッドに体を横たえて。


 ひたすらに機動試験を乗り越え続けてきたが、その体は限界に近かった。

 何本か骨が折れて、内部のダメージも尋常ではない。

 無理に動き続ければ魔女の体でも危険なくらいだ。


 一時的な隠れ家として、エーデル三番街の外れにある廃墟に身を潜めていた。

 狭く、コンクリートも剥き出しの部屋だったが、いきなり豪邸に招待されるよりはずっと気が休まる。


 高い治癒力も研究施設で受けた人体実験の影響だ。

 クロガネは不愉快そうに自身の体を見つめ、嘆息する。

 まともな場所で一日休めば、どれだけ重症だろうと動ける程度には回復するほどだ。


 そうして回復したところで、今回の仕事の話に移る。


「さぁーてさて、お仕事の話なんだけど……」


 当然、この場で全容を話すわけではない。

 裏懺悔は紙をクロガネに握らせる。


「まずはこの場所に向かってね~。そこの受付に言えば全部伝わるからさー」


 簡潔な住所と店名――『白兎亭』というらしい。

 酒場か何かだろうと思いつつ、紙にライターで火を付けた。


 仕事の痕跡は残さないように。

 魔女としての爪痕は残すように。

 それが裏稼業をする上で重要なのだと、事前にレクチャーされていた。


「たぶん気に入られると思うけどー……まぁ、テキトーに楽しんできなよ」


 その様子から、依頼者は厄介な人柄であることが窺える。

 裏懺悔は「すっごい稼げるよ~」などとふざけているが、冗談に付き合うほど馴れ合うつもりはない。


「ちぇー、つれないなぁ。まあいいけどさ」


 用件は伝え終えた。

 クロガネの状態も問題なく、仕事に支障は出ないだろう。


 裏懺悔は手をひらひらとふって、次の瞬間には消え去っていた。


「……ッ」


 ほんの僅かな、ただ一回だけの瞬きの刹那に姿を消した。

 背を向けるような素振りは見えたものの、フードから覗く横顔までしか記憶にない。


――やはり、侮れない。


 戦慄級の魔女――今のクロガネにとって最も脅威となるであろう存在。

 あまり仕事場で遭遇したくはないな……と、独り言ちる。


 生存は最優先。

 元の世界に戻ることが最終目的であって、殺戮はそのための手段でしかない。


 研究施設から脱出した日の夜――"原初の魔女"が最初の機動試験ぶりに現れた。

 彼女曰く――。


『血を捧げよ。供物の見返りは力であって、その果てに――妾は甦り、異界への扉を開けてやろう』


 元の世界へ戻りたいというクロガネの望みを叶える。

 だから、自身の復活を手伝えと。


 内容は至極単純。

 殺して、殺して、そして殺せ。

 大量の血を捧げることで、クロガネは更なる力を得られ、そして最後には元の世界に戻れるように扉が開かれる。


 その後に魔女が何を成すのはか知らない。

 もしかすれば、世界に大いなる災いを齎すかもしれない。


 遺物を扱うクロガネでさえ、現時点でこれだけの力を持っている。

 もし完全に力を取り戻したならば――裏懺悔さえも凌駕するのは想像に易い。

 確かに、異世界への扉を開けられるという言葉も出任せには思えなかった。


 信用していいのか、という問題は考慮しない。

 クロガネにとって唯一の生命線が"原初の魔女"という存在にある。

 もし騙されていたならば、最初から元の世界に戻るなど不可能だったということになってしまう。


 それでも構わない。

 殺しは召喚されたことへの憂さ晴らしであって、この世界の人間がどうなろうと知ったことではない。

 自分諸とも滅んでしまえ――などと自暴自棄なことを考えていた。


「……」


 暗記した住所と店名を頼りに街を移動する。

 文明水準自体は元の世界と大差なく、ただ、どちらかと言えばヨーロッパの都市などに近い街並みをしていた。


 近辺はまだ二等市民以上のみに解放されているため小綺麗だ。

 これが三等市民たちの区域となると、途端に荒れ果てたスラム街が広がってしまう。


 最初の目的地――『白兎亭』は、その中間辺りに位置していた。


 派手なネオンと酒の臭い。

 客引きの少女たちは極めて露出が高く、日本であれば取り締まりの対象になりそうなほどに怪しい店だった。


 入店すると、クロガネは不愉快そうに眉を潜めた。

 どうやら性的な接待を伴うバーらしい。

 演技っぽい耳障りな嬌声が至るところから聞こえてきた。


 そんな店に少女が一人で入店するのは目立つ――が、クロガネは堂々と受付まで足を運ぶ。


「よぉ、お嬢ちゃん。面接希望にしちゃ若すぎだが、ウチはそういうのも歓迎だぜ?」


 スキンヘッドの男がへらへらと応対する。

 仕事中だというのに、彼自身も酒を飲んでいるらしい。

 高級そうな身なりからして店のオーナーなのだろう。


「そう、面接希望――あんたらのボスに会わせてよ」


 股間に銃を突きつける。

 途端に下卑た薄ら笑いが消え去って、男はひきつったように口角を痙攣させる。


「そりゃいったいどういう……」

「裏懺悔からの紹介で来た。あんまり待たせないで」


 有無を言わせない威圧感。

 無関心な瞳と、対照的に殺気立った気配。

 今にもこの場にいる全員を殺してしまいそうなほどで――男は慌てて部下に指示を出す。


「車に乗ってくれ。あの人の紹介なら信用出来るが……最初の一回目は、アジトまで目隠しをしてもらう」


 決まりなんだ、と男は言う。

 もちろん拒む理由はない。

 目隠し程度で差が覆るほどクロガネは弱くないし、男もさほど強くはない。


 危険な商売に手を出しているのだから、本拠地を公安等に突き止められるのは避けたいのだろう。

 情報がどこかから漏れてしまえば魔法省の世話になってしまう。


 車に乗り込み、目隠しを装着する。

 座り心地は悪くない。

 座席には上等な素材を用いているのだろう。


 そうして、今回の目的地――巨大な犯罪シンジケート『ガレット・デ・ロワ』の本拠地へ向かう。

File:三等市民


戸籍を持たない、もしくは多額の借金を背負っている等の事情で二等市民から外れた者たちのことをいう。

大半は政府から管理の手が行き届いていないスラム街で隠れて生活しており、収入を得るために水商売や裏稼業に手を出す者も多い。

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