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129話

「こりゃ派手にブッ飛んだなぁ?」


 沖を眺めながらアダムが嗤う。

 エーテル反応によるものか、海上に揺らめく煙は淡く青みがかっていた。


 抗争を終え、一同はコンテナヤードにまで戻ってきていた。

 出迎えの準構成員たちと合流すると、アダムは銃を抜いて振り返る。


 ゆっくりとした動作で銃口をゲーアノートに向け、改めて尋ねる。


「お前さんはウチの通信技術士を引き抜いた。対価として、オーレアム・トリアの資産とセフィール・ホロトニスの身柄を貰う」

「契約を違えるつもりはない――ルトガー」


 声を掛けると、通信機を指差して"もう手配済みだ"とジェスチャーで伝えてきた。

 この場で受け渡しまで済ませるつもりらしい。


「ラプラスシステムについてだが、もしセフィールが口を割らなければ連絡してくれ」

「お前さんは、そいつから話を聞いたのか?」

「大雑把にだがな」


 だからこそ、ガレット・デ・ロワから通信士オペレーター――シェスカを引き抜くべきだと判断したのだと言う。


「じきに世の中が変わり始める。裏社会そのものが表に引きずり出されて、気付いたときには処刑台の上だろう」

「そりゃ大層な話だが……」


 あまりにも現実味が無い。

 公安組織と裏社会のパワーバランスは、少なくともアダムが見る限りでは均衡を保っている。


 魔法省が迂闊に手を出そうとすれば、各シンジケートは武力行使で対抗するだろう。

 かといって、現状は率先して動くような者も少ない。

 ごく少数のテロ組織が、厳しい弾圧を受けながら反体制派を掲げて動いている程度だ。


「戦争屋なんて呼ばれてるヤツが随分と臆病じゃねえか?」

「それだけ大事になるってことだ」


 現状の戦力では不足している。

 人員を選りすぐって、精鋭部隊を作り上げなければならない。

 組織を磐石にするために様々なところに声を掛けて回っていた。


「だが、あんたらに詫びるつもりはない。手段を選ぶつもりもない。ここからは力が全ての時代だ」


 そのための仲間を求めて行動している……と。

 優秀な人間を手元に置いて、統一政府カリギュラにさえ対等以上の立場となれるように。


「生半可な覚悟で野垂れ死ぬような、無様な生き方は好かねえ」


 その言葉がヴィタ・プロージットの在り方を示していた。

 彼の矜持に賛同する者たちによって作り上げられた。

 だからこそ、決して揺らぐことのない結束によって組織されている。


 アダムは「結構なことだ」と嘆息し、突き付けていた銃を下ろす。


 それ以上の追求はしない。

 後に禍根の残らないような形で収まったらしい。


「あんたらも自衛手段くらいは用意した方がいい。目立つ組織から先に潰されることになる」


 彼は一呼吸置いて続ける。


「大規模な変革……それも、統一政府カリギュラによる社会の完全支配が始まる」


――ディストピアの始まりだ。


 社会全てが統一政府カリギュラの監視下に。

 裏社会に潜む者たちも身動きを取れなくなり、見せしめのように吊るされていくのだと。


 それを確信してしまうほどの"何か"が始まる。

 ゲーアノートは迷いなくそれを"大規模な変革"と言った。


「一等市民サマは完全支配がお望みだとよ?」


 アダムは呆れたように、誰に向けて言うでもなく呟く。

 だが、そこに返答があった。


「――それは興味深いね~?」


 不意に呑気な声がどこからか聞こえ――空気が一変する。

 その場に居合わせた誰もが、息苦しそうに胸元を押さえて冷や汗を垂らす。


「よーっす、裏懺悔ちゃんの登場だぞ~」


 アダムとゲーアノートの間に立って、あざとくポーズを取って見せる。


 いつ現れたのか。

 声を発するまで誰も気付かなかった……などということは有り得ない。

 双方の組織によって衆人環視となっている中に、裏懺悔は唐突に姿を現した。


 常軌を逸した魔力量だった。

 自然体で振る舞っているように見えるが、ヴィタ・プロージット側にとっては"災害"が目の前に佇んでいるような状態だ。


「それにしても、よく到着に気付けたね~」

「気付いてねえが、そろそろ出てくる頃合いだろうとは思ってたところだ」


 これが"場の流れ"ってやつだ……と、アダムが言う。

 そして、周囲を見回して萎縮して動けない者たちに嘆息する。


 誰も武器を構えられない。

 脅威として認識しているというのに、銃に手を伸ばそうという考えが一切浮かばないのだ。


 脅威として先に立ちはだかるのであれば、誰もが苦痛の少ない死を望むことしかできない。

 唯一、身構えることが出来たのはゲーアノートだけ。


「……これが裏懺悔か」


 死の気配が肌に纏わり付いて離れない。

 本物の強者というものは、こうして姿を見せるだけで場を支配してしまうのだろう。


 もしこの場で、彼女が気まぐれに力を振るったならば……と、恐ろしいことを考えてしまう。

 以前グスタフから受けた忠告は、受け取った際の印象を遥かに上回るほど重いものだったらしい。


「で、用があるって聞いたんだけど~……あっ!」


 視線を左右に動かして、クロガネの姿を見つける。


「どうやら依頼完遂したみたいだね~」

「それより、アダムからプレゼントがあるらしいよ」


 ちょうどコンテナヤードに到着した輸送車を指差す。

 そこに乗っている人物も含め、全て『探知』によって把握できている。


「お前さんには世話になってるからな。中身は好きにしてくれて構わねえ」

「へぇ~、何かな」


 そわそわと期待したように体を揺らす。

 圧倒的な強者である彼女に、贈り物を用意してくれる間柄の者はほとんどいない。


 これだけの人数が集まっている中で、アダムがわざわざ渡そうとするほどの代物だ。

 相応の何かなのだろうと期待していた。


「お前さんが一番欲しがってるもんだ」

「……ちらっ?」


 視線を向けられ、クロガネは面倒そうに舌打つ。

 冗談に付き合う気分ではない。


「ちょっとー、呆れないでよ~」


 裏懺悔は普段通りのペースだった。

 これから手に入るものについて知らないのだから仕方がないだろう。


「さーてさて、何が出るかな?」


 裏懺悔が目を輝かせ、輸送車のドアを遠慮なく開ける。

 そこにいたのは、疲れきった様子の女研究者――煌学士セフィール・ホロトニスだった。


 逃げ出せないように手足が拘束されている。

 裏懺悔を視界に収めた彼女は第一声に、


「本当に実在しているのか……ッ」


 恐怖に抗いながら呟いた。

 裏社会の中でさえ姿を見た者はほとんどいない。

 統一政府カリギュラ指揮下の組織に所属している彼女では、噂話程度しか耳に入らなかった。


 次に視線をゲーアノートに向ける。


「私を売り渡すつもりか?」

「お前は俺達を裏切った。これは当然の帰結だ」


 マズロに仕掛けられた魔物化装置。

 そんな物騒なものを作成する技術に、体内に仕込めるほどの距離にいる者など彼女くらいだ。


「俺たち諸共、足跡を消す算段だったんだろうよ」

「……否定はしない」


 そのために協力関係を偽った。

 始めから利用する気で接触してきたのだ。


 全て見通されている。

 隠し事は意味を成さない。

 その上で、ゲーアノートは銃口を突き付けて脅す。


統一政府カリギュラの機密情報について、お前が知る限りの内容を裏懺悔に教えろ」


 それ以外に生き長らえる手段はない。

 情報を吐けば公安から執拗に刺客を送られるだろうが、少なくともこの場で命を落とすことは避けられる。


「……話す前に命の保証が欲しい。代わりに私の技術を提供できる」


 情報を外部に漏らしたとなれば命はない。

 機密情報を持ち出した罪は極めて重く、二等市民の人生など軽く吹き飛んでしまう。


「それに、不正アクセスによって得られたのは機密ファイルの閲覧権限だけ。データそのものは持ち出せてないが……統一政府カリギュラは私の存在そのものを抹消したがっているんだよ」

「なら、その要求はそいつにしてみるんだな」


 ゲーアノートが裏懺悔に視線を向ける。

 既に所有権は譲渡されている。

 そう示さなければ、彼自身の立場も危うくなってしまう。


「んー、統一政府カリギュラの機密を握ってるってことなのかな」


 皆の視線が集まると、裏懺悔は悩むような素振りを見せる。

 事実であれば、この研究者の脳には莫大な価値を付けられるだろう。


「なら、キミが持ってる情報次第だね~」


 助かる可能性はゼロではない……と。

 裏懺悔は安心させるように満面の笑みを見せる。


 だが、窮地に立たされた弱者には恐怖そのものだ。

 命が惜しければ全て吐け――無邪気な笑顔には、そんな脅しさえ隠れているように思えてならなかった。

File:ゲーアノート-page2


粗暴な見た目に反して知的探究心が強く、仕事以外の日はジャンルを問わず様々な本を読んでいる読書家。

統一政府カリギュラの動向を注視しつつ信頼の置ける手駒を集めている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 数話前に出てきて未来話し始めたアレか、ラプラスシステムってのは。 『もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力を持つ知性…
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