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127話

『今のままだとヘリを近付けさせるには狭すぎるな。あの化け物を船首側に移動させる必要がある』


 既に船尾側は海面に触れている。

 このままヘリコプターの到着を待っていた場合、先に安全地帯が失われてしまうことだろう。


『傾斜を戻しつつ救助エリアを確保する』

「……なら、船倉に設置されてる爆薬はどうするの?」


 マズロを仕留めるためには、第四船倉に仕掛けられた燃料気化爆弾を利用しなければならない。

 位置を変えるにしても、あの猛攻を掻い潜って水没した船倉に戻るわけにもいかない。


 船に残ってマズロを仕留めるべきだろうか。

 確実性に欠けるが、惜しみ無く『破壊』の力を解き放てば消し飛ばせるかもしれない。


 船を巻き込むような威力となればチャンスは一度きりだ。

 異常な再生力を前にして、今の魔力残量には不安があった。


 だが――。


「俺が回収する」


 ゲーアノートが面倒そうに手を挙げる。

 仕掛けた本人が向かえば他人に任せるよりスムーズだろう。


「何か策でもあるの?」

「第四船倉の入り口はあそこにある」


 指差した先ではマズロが暴れている。

 そこを突破して、船首側から回る必要があると言う。


 敵の懐に潜り込むなど自殺行為だ。

 命の危険を抱えてまで遂行すべき内容ではなかったが――。


『それこそ早い話じゃないか? 二人がかりでマズロを押し返しつつ突破すればいい』


 シェスカが能天気な声で言う。

 内容こそ単純だが難易度は極めて高い。

 どうやら、それが任せられるくらい二人には技量があると信じているらしい。


 今後のことを考えれば、確実な手段でマズロを仕留めるべきだ。

 変な痕跡を残して魔法省に探られるわけにもいかない。


「私は問題ない。そっちは?」

「決まってる」


 多くの死線を潜り抜けてきた男だ。

 易々と怖じ気付くような小者ではない。


 それどころか、彼は余裕の笑みさえ浮かべていた。

 よほど力量に自信があるらしい。


「お前こそ、足手まといになるんじゃねえぞッ――」


 ゲーアノートが駆け出す。

 危険を察知したマズロが標的を絞って攻撃を仕掛けるが――。


「――邪魔だッ!」


 義手の肘部から光が溢れ――驚異的な推進力を生み出す。

 凄まじい勢いで放たれた拳打が触手を打ち返し、力任せに道を抉じ開けた。


 義手そのものに様々な機巧を仕組んでいるらしい。

 巧妙にスキャン妨害が成されているため、『解析』でさえ性能を把握できない。


 彼の格闘術には様々な隠し球が仕込まれている。

 魔女でなくとも侮れない。

 人間に対して"危険性"を感じたのは、これで四度目のことだった。


 ともあれ、現状は敵対関係ではない。

 この場を耐え凌ぐ分には味方だ。


「――『能力向上』」


 必要なのは単純明快な暴力。

 肉体が耐え得る最大限まで強化を施し――。


「はぁッ――!」


 マズロ本体に全力の拳を叩き込む。

 少女の一撃とは思えない鈍い音と共に、マズロの体が吹っ飛ばされた。


「まだッ――」


 船の傾斜は未だ危険な状態だ。

 より奥に、それこそ船首にある操舵室に押し込むように連撃を叩き込んでいく。


 それを嫌がるように無数の触手が襲い掛かるも、後方からの援護射撃によって阻まれる。


 ヴィタ・プロージットの戦闘員もガレット・デ・ロワの構成員も互いに殺しのプロだ。

 そして、彼らを纏めるようにシェスカが指示を出している。

 些末なことに気を取られる必要はない。


 そうして強引に押し返し――。


「そいつは任せたッ」


 第四船倉への入り口を確保。

 援護を受けながらゲーアノートが離脱し、燃料気化爆弾の回収に向かう。


 戻ってくるまでの間、この場所を死守しなければならない。

 狂った再生力を持つマズロを相手に一ヶ所を守り続けるのは極めて困難だ。


 限られた武器のみで解決しなければ……と、気を引き締める。

 だが、それは杞憂だった。


「あのタコ野郎にブチかましてやれ!」


 アダムが声を上げ――直後に銃弾の雨が降り注ぐ。

 ヘリコプターに積んでいた機銃の中から無事だった二機を引きずり出したらしい。


 畳み掛けるようにグスタフのロケットランチャーも炸裂し、徐々に攻勢が再生速度に迫る。


 もう一息の辛抱だ。

 クロガネは虚空に向けて手を翳し――。


「機式――"フェルス・クラフト"」


 秒間二十五発、マガジン五十発。

 この場で最も信頼に足る機関銃を呼び出した。


「――ッ」


 魔力の消耗を気にしつつ、トリガーに指を掛ける。

 無闇に撃たず、敵を見据えて機を窺う。


「――今ッ!」


 マズロの殺意に反応するように銃撃を開始。

 再生を繰り返しながら迫る触手を、フェルス・クラフトの連射によって退ける。


 永遠とも思える刹那の攻防――その末に。


「回収完了だッ」


 ゲーアノートが再び姿を現す。

 両腕で抱えるように、錆び付いた金属製の箱を抱えていた。


「それが爆薬?」

「手製の燃料気化爆弾だ。扱いに気を付けろよ」


 受け取ると、見た目以上の重さが腕に伝わる。

 二人は軽々と持ち上げているものの、強化された身体能力がなければ動かすことさえ困難なほどだ。

 屈強な成人男性であれば運べるかもしれない……といった程度だ。


「ガラクタを寄せ集めた代物だが、半径三十メートル圏内は火に呑まれる」

「そう」


 起爆すれば廃船など容易く焼き尽くしてしまうことだろう。

 さらに周囲のエーテルを燃焼反応に取り込むとして、必要な威力を確保するためには――。


「お、おい……何をしている?」


 ゲーアノートが恐る恐る尋ねる。

 それ自体は外部からの衝撃で起爆しないように細心の注意を払って作られた代物だ。

 起爆装置を弄らない限りは問題は生じない。


 だが、真横で何らかの細工を施し始められたら慄いてしまうのも無理はないだろう。


「……これで完成」


 クロガネは箱をゲーアノートに押し付ける。

 燃料気化爆弾に『破壊』の力を付与していたのだ。


『――傾斜問題なし。救助エリアが確保された。ヘリも間もなく到着する』


 全ての準備が整った。

 後は、この厄介事を引き起こした張本人に報復するだけだ。

File:燃料気化爆弾


ヴィタ・プロージットお手製の爆薬。

魔法工学に則って作られているため、小型だが威力は優れている。

根本的な構造・理論は同じだが、魔法物質を取り入れているため本来のものとはやや異なっている。

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