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126話

「……終わったならこっちを手伝ってくれる?」


 襲い来る触手を押し返しつつ、クロガネが苛立ったように声を掛ける。

 ガレット・デ・ロワの構成員たちも必死に応戦しているものの、繰り返し再生しているマズロに体力を消耗し始めていた。


 集中力を切らした者から餌食になっていく。

 精鋭揃いとはいえ、さすがに下っ端連中まで同じとはいかなかった。


「おぉ、そりゃ悪かったな!」


 アダムがリボルバーに弾を詰め直して参戦する。

 今度は低級の対魔弾のようだったが、彼の精密な射撃と合わされば大きな戦力となる。


 さすがに全員を守るには厳しい状況だ。

 アダムや幹部、正規構成員にまで護衛対象を絞るべきだろう。


 クロガネは焦れたようにアーベンスに声を掛ける。


「ヘリの到着は?」

「あと二分ほど……持ち堪えましょうッ」


 反応速度は衰えを知らないようだ。

 老齢ながら、他の構成員たちに引けを取らない立ち回りを見せていた。


 だが、マズロの再生速度の方が上回っている。

 これだけの頭数を揃えても劣勢になってしまうほどだ。


 この闇雲な防戦はいつまで続くのか。

 先ほどまでの抗争も合わさって、クロガネ自身も徐々に消耗してきている。


 せめて生命力の源を……と、戦いの最中に観察し続けていた。


「俺も手を貸そう」


 ゲーアノートが最前線に立って戦闘を開始する。

 銃だけでなく格闘術でも触手を迎え撃ち、少しでも手数の差を埋めようと足掻く。


 少しでも効果のある攻撃を――と、クロガネは燃料タンクを拾って全力で投擲する。

 それに合わせるようにゲーアノートが銃を撃つ。


「これは……」


 引火したガソリンが爆発を起こし、マズロの触手をまとめて焼き尽くす。

 だが、それだけではない。


 触手の勢いが僅かに落ちたのだ。

 周囲のエーテルを呑み込むように燃焼して爆発――想像よりも広範囲に渡って炎が広がっていた。


「……ここはエーテル濃度が少し高いのか?」


 ゲーアノートが感心したように呟く。

 意図せず特殊な燃焼反応が起きたようで――。


――『解析』


 その現象は、正しくクロガネが知りたかった情報そのものだった。


 圧力の変化によって急激に気化した燃料が、空気中の酸素とエーテルを巻き込んで激しく燃焼している。

 一定の濃度下にのみ発生する反応で、その中心部に至っては触手の再生が一切行われていない。


 火傷が弱点なのではない。

 燃焼によって周囲のエーテルが消え去ったことが問題なのだ。


「……空気中のエーテル粒子を再生に使ってる」


 枯れることのない生命力。

 無限に得られるようなものを根源としているのだから、普通の銃火器ではどれだけ攻撃したところで無意味だろう。


 細胞が空気中のエーテルを取り込むことによって自然治癒力を爆発的に高めていた。

 近辺のエーテル濃度は正常値より高いため、余計に手こずってしまったらしい。


 周囲に取り巻いたエーテルが全てを水の泡にしてしまう。

 潮風が絶えず空気を入れ換えることで、マズロは無尽蔵の生命力を手に入れている。

 それを覆すには、多くの燃料が必要になる。


「船の燃料タンクを使えない?」

「機関室にあるが……無理だ。この船には沖に出る最低限しか用意されていない。残っていたとしても、どうせ水没してるから使い物にならないだろう」


 船の状態は彼が一番よく知っている。

 元々、この廃船を丸ごと罠として利用するつもりだったのだ。


「あまりやりたくないが、万が一の時には船ごと爆破する予定だったからな」


 最悪の場合でも、その場から依頼主を逃がしてしまえば海上の棺桶が完成する。

 その後は跡形も残さず消してしまえばいい。


「その爆薬は?」

「FAE……燃料気化爆弾だ。第四船倉の天井、ちょうどヤツの真下あたりに仕掛けてある」


 指差す先にはマズロの本体がいた。

 起爆すれば有効打になるかもしれない。


 クロガネは手を差し出して渡すように促す。


「ったく……小型だが、起爆すればこの場の全員があの世まで吹っ飛ぶぞ」


 簡素な作りの起爆装置を受け取る。

 ヴィタ・プロージットにはこういった危険物まで作成可能な環境が整っているのだろう。


「だが、ヤツを殺すには威力が少し物足りない」

「これで構わない」


 威力の不足分は魔力で補えばいい。

 問題は、安全にこの場の全員を避難させるところからだが――。


「リーダーッ!」


 グスタフを始め、ヴィタ・プロージットの戦闘員たちが乗船する。

 水上バイクを側面に付け、慣れた手付きで上がってきていた。


「状況を説明する暇はねえ。お前ら、あのバケモンを叩くぞ」


 異様な光景にも関わらず、彼らは呑み込んで作戦を開始する。

 標的だったはずのガレット・デ・ロワと共闘状態にあることも理解したらしい。


 だが、急拵えの連携では対処しきれない。

 全員が殺しのプロとはいえ、魔物相手の専門家ではない。

 安全な場所に待避するまで、全員を俯瞰して支援できる人物が必要だろう。


 クロガネは少し思案して、物陰に隠れている彼女に歩み寄り――。


通信士オペレーター、この場を支援して」

「えっ、いや待てって……うわっ!」


 無理矢理に戦場に引きずり出す。

 今さっきまでの事件の後で、平然とガレット・デ・ロワに指示を出せるほど肝は座っていない。


「なぁ、それはちょっと抵抗が……」


 シェスカの持っている荷物の中からインカムを三つ奪い取り、その内二つをアダムとゲーアノートに投げ渡す。

 彼女の力量を知っているからこそ、拒むことはしなかった。


 依然としてマズロは暴れ続けている。

 船が徐々に傾き始め、陣取っている船尾側は海面に呑まれ始めていた。


 状況を見極め、的確に動かなければ手配したヘリコプターの到着まで持たない。

 どうにか耐え抜いたとしても、脱出する前にマズロの餌食になってしまう可能性もある。


「……ッ」


 緊張のあまり深呼吸さえぎこちない。

 震える指先で手元の端末を操作し、ヘッドセットを装着した。


『あー、あー。音声確認……聞こえるな?』


 スイッチが入ったように、その瞳に熱が灯る。


 持ち込んでいたドローンを上空に展開させレーダーを起動。

 人員の配置から海面までの距離、傾斜角度まで、甲板全体の状況を瞬時に把握する。


『報酬はエナジードリンクで一括払い……じゃなかった。通信支援を開始する』


 仕事に取り掛かることで調子を取り戻したようだった。

 前方のマズロを見据えつつ、全体に指示を出す。

File:燃料類の吸煌燃焼

一定濃度のエーテル環境下において、ガソリン等の液体燃料は管理不可能な爆発物となる危険があるため使用禁止となっている。

そのため、居住区指定はこれらの危険性がない場所が選定される。

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