124話
「チッ――」
甲板に出て、最初に見えたのは破壊されたヘリコプターの残骸だった。
被害は船体の至る箇所に及んでいる。
浸水のペースも速く、この場に留まって戦うには危険な状態だ。
「ヘリを手配しましたので……どうにかして、五分ほど持ち堪えましょう」
アーベンスが銃を構え、他の構成員たちもそれに倣って武器を構えた。
その手際の良さには感心するが、彼らの持っている装備では心許ない。
「……はぁ」
クロガネは嘆息しつつ『倉庫』から大量のマガジンを呼び出す。
地面に散らばったそれらを足で小突く。
「これ使って」
既に船は沈みかけで、クロガネ自身も威力の高い魔法は使えない。
それこそフェアレーターを使おうものなら、このボロボロの船など一瞬で壊滅してしまうだろう。
「おぉ、良い弾使ってるな」
人造の対魔弾とは異なる。
マガジンを含め全てが『弾薬錬成』によって生み出されたものだ。
機動試験の時から改良を重ね続けている。
クロガネの成長に合わせて威力も上がっているため、流通している対魔弾より遥かに性能が高い。
「機式――"エーゲリッヒ・ブライ"」
自身も武器を呼び出し、戦闘に備える。
手によく馴染んだ二丁拳銃だが、通用する最低限の威力だ。
その都度『破壊』の力を込め、ヘリコプターが到着するまでマズロを押し返すしかない。
もしアダムたちを待避させたとして、その後にマズロを仕留める手段が無かった。
確実に戦慄級相当であろう魔物を相手に、ヘリコプターから浴びせられる範囲での攻撃では威力が不足している。
一人だけ甲板の上に留まるわけにもいかないだろう。
だが、放置してしまうとガレット・デ・ロワの痕跡を残すことになる。
魔法省に重要な手掛かりを与えることは避けたい。
「来るッ――」
甲板を突き破ってマズロが姿を現す。
先ほど対魔弾『死渦』によって受けた傷は塞がっており、生命力の高さが窺える。
呻くような声と共に――マズロの背中から生えた触手が襲い来る。
同時に、ガレット・デ・ロワ総員が銃撃を開始した。
クロガネ自身もアダムを庇うように立ち、触手を全て撃ち抜いていく。
周囲を『探知』によって把握し続けることで、視界の外まで問題なく対象できていた。
構成員たちも、ハーシュやアーベンスを中心に精密な射撃によって持ち堪えている。
「……チッ」
想像以上に生命力がある……と、クロガネは舌打つ。
弾薬の威力こそ足りているものの、それを上回る速度でマズロの傷が再生している。
「ったく、報酬未払いで逃げやがって」
部下と連絡を取っていたゲーアノートが甲板に戻ってきた。
服が濡れているようで、不機嫌そうに眉を顰めている。
「死なずに済んで良かったんじゃない?」
「どうだかな」
彼が手札を隠していることは容易に予想できる。
魔物化が何秒か遅れていたならば、違った展開もあったかもしれない。
「船倉は腰の辺りまで水没している。長くは持たねえ」
「下に重要なものは?」
「機器類が主だな。大半の"商品"はコンテナヤードに隠してあるはずだ」
懐から在庫管理の書類を取り出してクロガネに投げ渡す。
わざわざ沈みかけの船倉から回収してきたようだった。
「……へえ」
仕入れたマギ・ブースターの在庫が大量にあるらしい。
危険な薬物であることには変わりないが、道徳を問うような世界には生きていない。
この場にいる者たちにとってはただ金になるだけの商品だ。
当然、それが全てではないだろう。
オーレアム・トリアには潤沢な資金源がある。
大半は本拠地であるリュエス港に隠されているだろうが、口座情報まで得られるかは怪しい。
自身の取り分を差し引いて、その上で停戦を取り付けられる範囲の情報を売り渡すつもりらしい。
訝しげな視線に気付いたのか、ゲーアノートが嘆息する。
「損失の穴埋めくらいさせてくれ。代わりにあのクソ野郎をぶっ飛ばす手伝いをしてやる」
暴れ回るマズロを指差して言う。
彼の手を借りられるならば、これ以上とない戦力となるだろう。
ヘリコプターの到着まで耐えるには心許ないのも事実だった。
アダムに視線を向けると、仕方ないといった様子で頷く。
「……そう」
身の安全を保証するには十分な額なのだろう。
こうして停戦協定が結ばれたことで――。
「あー、えっと……そろそろ出てきても大丈夫そうか?」
物陰から姿を現したのは、裏切り者である通信士だった。
ヴィタ・プロージットに所属することになった代わりに、アダムから取り返しのつかないほど恨みを買ってしまった。
当然、他の構成員たちからの視線も厳しいものだ。
特にハーシュは殺気立っており、マズロの対処に追われていなければ即座に殺そうとしたことだろう。
剣呑な雰囲気になりかけるも、ゲーアノートが制止する。
「そいつが……シェスカが所属するのと同時期にオーレアム・トリアから依頼が来た。まさか、古巣と殺り合うことになるなんて知らなかったはずだ」
裏切りは本望ではない……と。
全員の視線が集まると、通信士――シェスカが何度も頷いて肯定する。
当然、それで許されるほど簡単な話ではない。
裏切り者を見逃すとなればシンジケートの威信に関わる問題だ。
それを理解しているからこそ、彼も彼の流儀に従って動く。
「それでも文句がある奴がいるなら――」
ゲーアノートが間近まで迫った触手を蹴り飛ばして押し返す。
とてもだが、生身の人間にできる芸当ではない。
「――全部俺に言え。部下の厄介事は俺の問題でもある」
所有を主張し、さらに自身の力を誇示して見せる。
裏社会きっての殺し屋である彼に、直接文句を言える者など早々いない。
File:シェスカ-page1
通信士の本名。
優れた技能を持ちながら、敢えて裏社会に潜んでいる通信技術者。
作戦時に使用する補佐ドローン等は全て自作である。