122話
他の敵は全てアダムに預け、ゲーアノートに向けて疾走する。
腰のホルスターから拳銃を引き抜いて――。
「殺すッ――」
撃ちながら距離を詰めていく。
当然、ゲーアノートも撃ち返してくるが、身を低くして潜り抜ける。
無闇に銃を撃てば船体を傷付けてしまう。
船倉内で撃てるのは、相手がコンテナを背にしている場合のみ。
それを知っているからこそ、不要な被弾を避けて距離を詰められる。
逆に言えば、クロガネも無闇に魔法を放つことはできない。
機式を存分に扱うには、さすがに船体が脆すぎる。
「俺と一対一で殺り合おうなんて、随分と無謀なことをするな?」
ゲーアノートが銃を捨ててナイフを取り出す。
魔女相手だというのに、よほど近接格闘に自信があるのだろう。
工場では遅れを取ったが、今は状況が違う。
「――『解析』」
煌反応スモッグは無い――前回抱いた疑問を解消するように、ゲーアノートを調べ上げる。
そして気付く。
彼の人間離れした身体能力の正体について。
「へえ、ガラクタ仕込んでるんだ?」
一気に距離を詰め、鋭い蹴りを放つ。
ゲーアノートが左腕で受け止め、人間とは思えない鈍い手応えが返ってきた。
「……どうやって知った?」
まさか体内をスキャンされるとは思っていないのだろう。
手札の一つを暴かれ、ゲーアノートの眉が僅かに動く。
彼は左腕が金属製の義手になっていた。
それも、極めて硬度の高い戦闘用のものだ。
それだけではない。
体内の至るところに手を加えられた形跡があった。
肉体強度は極めて高く、それこそ生き物としては人間よりも魔物に近いくらいだ。
心拍を補強する装置にはエーテルによる影響も見られる。
それこそ、クロガネと似たような"改造手術"を受けている状態だ。
「……まあいい。知ったところで意味の無いことだッ」
右手にナイフを持ち、左腕の義手と連携するように攻撃を仕掛けてくる。
全ての動きに無駄がない――"殺し"のみを目的として完成された格闘術だ。
狡猾に、残忍に、容赦無く標的の命を狩り取る。
周到な狩り場作りこそがヴィタ・プロージットの強みだが、ゲーアノート単体で見ても突出した戦闘能力があった。
それこそ、不測の事態を彼個人で覆せるほどに。
「……チッ」
それでも、今回ばかりはゲーアノートも苦戦を強いられていた。
凡百の無法魔女であれば、磨き上げてきた戦闘スキルの差で渡り合えたことだろう。
「――『戦闘演算』」
クロガネが更に加速する。
近接格闘は互角――だが、それを支える身体機能には大きな隔たりがあった。
「本気でいくから――」
宣言通り、クロガネの動きが変わる。
ここまでの殺し合いを糧として、自らの近接格闘に改良を加えたのだ。
戦いの中で全てを吸収することは難しい。
だが、クロガネは『思考加速』による補助で最大限にラーニングすることを可能とする。
一挙一動に宿る意図を読み取るように、常に敵の動きを観察するようにしていた。
特に今回の獲物は上質な学びを得られる相手だ。
再現するには複雑な処理が必要だが、それも『戦闘演算』によって即座に反映できてしまう。
故に――更なる進化を遂げた。
「戦慄級……噂通りのバケモンってわけか」
ゲーアノートは笑みを浮かべる。
ここまで死を間近に感じたのは久々だ……と。
だが、彼にも殺し屋としての矜持がある。
簡単に首を取らせるほど甘くはない。
人外じみた第六感によって、辛うじて負傷は避けていたが――。
「余裕がなくなってきたんじゃない?」
「ほざけッ――」
ゲーアノートが突き出したナイフは空を切り――クロガネが突き出したナイフが彼の右肩を掠める。
改造された肉体にとっては些細な傷だ。
出血で動けなくなるほどでもない。
だが、先に有効打を受けたという事実が焦燥を生む。
退けば即座に距離を詰められる。
だが、真正面から殺り合うには、あまりにも危険すぎる相手だ。
「チッ――」
事前に入念な下調べをした上で作戦を考えていた。
凶悪な威力を誇る銃を呼び出す――そんな話題に埋もれていただけで、純粋な殺しの腕で見ても一流と言えるほどの実力者だった。
侮っていたわけではない。
彼の想定する範囲に留まらない力をクロガネが持っていただけ。
「簡単には取らせねえぞ」
構えを解き、脱力する。
両腕を下ろして体を揺らしつつ、鋭い眼光でクロガネを見据えている。
――ゲーアノートの気配が急変した。
冷徹な目に殺気を滾らせて熱を宿す。
仕事も何もかもを放り捨てて、目の前の相手を殺すことだけを考えている。
隠していた奥の手があるわけではない。
能力自体に変化も見られない。
クロガネを強者だと認め、その上で、自分の身を省みず本気で仕留めようと覚悟を決めただけだ。
ここから先は、狩りではなく本当の殺し合いになる――と、互いに確信した直後。
「……ッ!」
「何が起きたッ!?」
轟音と共に船体が激しく揺らぎ、船倉に詰まれたコンテナが崩れてきた。
File:改造手術
心拍機能の強化、外骨格の補強等によって頑丈な肉体を作り出す。
また薬剤投与によって筋繊維の強化や自然治癒力の向上も可能。
クロガネと同様に、ゲーアノートも過去に大掛かりな改造手術を受けているようだ。