121話
「――あぁ、コイツはそれなりに歯応えがあったな」
鋭い眼光を放つ三白眼の男――ゲーアノート。
戦場で決して会ってはならない相手だ。
彼はナイフを逆手に持ち、こちらにゆっくりと歩いてきた。
その傍らには、高価なスーツを着た短髪の男が立っている。
「ご機嫌はいかがかね、アダム・ラム・ガレット?」
サングラスを下げ、嘲るように目元を細めて見せる。
余裕の表情を浮かべているその男こそ、オーレアム・トリアの首領――マズロ・コンラッツェ。
潤沢な資金にものを言わせ、フィルツェ商業区を牛耳ろうと目論む男。
勝利を確信して姿を現したのだろう。
後ろには部下たちを控えさせ、高価な葉巻を片手に、挑発するように口角を上げていた。
「あぁ~?」
アダムは目を細めてその男を眺め、
「なんだ、雑魚じゃねえか」
嘆息して銃をしまう。
それだけでなく、側に控えていた幹部たちも薄ら笑いを浮かべていた。
あからさまな嘲笑を向けられ、マズロのこめかみに青筋が浮かぶ。
「……この状況が分かっていて、なぜ銃をしまう?」
船倉内は完全に彼らのテリトリーだ。
離岸した時点で助けも見込めない。
襲撃を予測した上で、万全を期して準備を整えていた。
だが、アダムは意に介さない様子でそっぽを向いていた。
「ハーシュ、あの眼を見てみろ。アレが"本物"の殺し屋だ。震えるだろ?」
特徴的な三白眼――宿る殺気は、少なくともガレット・デ・ロワの幹部でも真似できないような鋭さを放つ。
道理で"その眼を見たら死ぬ"とまで言われるわけだ……と、アダムは感心さえしていた。
「お前さん、幾らで雇われたんだ? これくらいか?」
指を二本立てて見せる。
だが、割って入るようにマズロが銃を抜いて突き付ける。
「この場で買収でもするつもりか? 残念だが、お前が想像している額の十倍はあるぞッ!」
「おぉ、そりゃ残念だ。報酬が釣り合ってねえのに、そんな仕事を受けるなんてなぁ」
嘲るように嗤う。
どうやら腕っ節しか取り柄がないようだ……と。
その様子にゲーアノートも疑問を抱いたようで、じっとアダムを見据えて尋ねる。
「……何が言いたい?」
「おぉ、まだ分からねえか? んな端金で割り込んだのが間違いだって言ってるんだよ」
直後に船倉の天井が爆ぜ――。
「――そういうのは、事前に共有してくれないと困るんだけど」
アダムの前にクロガネが降り立つ。
これも含めて、全てが段取り通りになっているらしい。
油断ならない仕事だ。
どうにも彼は、周囲の人間を試さずにはいられないらしい。
「そりゃ悪いことをしたなぁ。だがまぁ、お前さんを試すのもこれが最後だ」
そして、前方のゲーアノートを指差す。
「ヤツをぶっ潰せば今度こそ依頼完了だ。やれるか?」
「上等」
最後という言葉に二言は無い。
裏社会で名の知れたゲーアノートに打ち勝てば、その『禍つ黒鉄』という名に恐怖が伴うようになる。
そうして初めて、殺し屋として一流と認められるのだ。
ただの無法魔女とは一線を画する。
魔女の力も、戦慄級という区分けも、結局は他者の評価全てに影響するわけではない。
名を聞いただけで震え上がるような凄腕の殺し屋。
その手本のような存在が目の前にいる。
彼を圧倒することが出来れば、その噂が瞬く間に広がっていくことだろう。
曰く、恐怖を手に入れろ――と。
アダムはようやくマズロに視線を向ける。
だが、そこには敵意も殺意も無い。
どうやって満足のいく報復を行うか……それだけを考えている。
「こっちの用心棒は無法魔女……それも戦慄級だ。お前さんがケチったとまでは言わねえが――」
アダムの周囲に控えていた幹部たちが銃を構える。
部外者を外して、今度こそ組織同士の抗争に戻ったのだ。
「なぁ、ここらで始末付けとこうじゃねえか」
直後――無数の銃声が船倉内に鳴り始めた。
File:マズロ・コンラッツェ-page1
オーレアム・トリアは薬物の売買を主な稼業とする小規模グループだった。
だが、セフィール・ホロトニスから接触を受けたことでマギ・ブースターの流通を担う大規模なシンジケートへと発展した。