120話
――廃船内・船倉。
放棄され散乱したコンテナが入り組んで迷路のようになっていた。
電灯は心許ない範囲しか照らしておらず、前方を窺うにしても視界は極めて悪い。
そんな中で、シンジケート同士の激しい衝突が起きていた。
「――野郎共、殺した人数だけ札束をくれてやるッ!」
死ぬ気で稼いでこい――と、アダムは嬉々とした笑みを浮かべ、自身も拳銃を手に堂々と歩みを進める。
愛用のリボルバーは五発装填。
引き金にまで神経が繋がっているかのように手に馴染んでいる。
銃声が至るところから反響している。
廃船の中は入り組んでいるが、迷路ではないため標的の居場所にも悩まない。
「かぁーっ……そんな迂闊に顔を出すなよ」
銃声が一つ。
向かいの曲がり角から現れた構成員が即死、後ろに続いていた者たちが慌てて壁に張り付く。
「殺しちまったじゃねえか、なぁおい?」
下っ端共の報酬が減る……と、アダムは肩を竦める。
殺し合いの場には"流れ"がある。
生来の大悪党な彼には、一連の抗争が全て手に取るように把握できていた。
この廃船内を制圧し、オーレアム・トリアの首領にケジメを付けさせる。
後に残るのは強奪したマギ・ブースター等による利益のみ。
銃声は徐々に減っていく。
そして、乗船していた幹部たちがアダムのもとに集まってきた。
「ハーシュ、お前が先行しろ」
「はいボス」
ガレット・デ・ロワの荒事担当――ハーシュ・レーマンが拳銃を手に進む。
唯一、自分に比肩し得るほど殺しの腕を持っていると評価している男だ。
寡黙だが、行動の端々に組織への忠誠が感じられる。
幹部に選ばれる程度には信用を預けられる人物だ。
ハーシュを先頭に、幹部たちが敵の構成員を蹴散らしていく。
彼我の戦力には隔絶された差があった。
「……ふむ、質が低いですね」
アーベンスが嘆息する。
裏に控えていた協力者に逃げられ、残されたのは経験の浅いシンジケートのみ。
規模こそ大きいが未熟にも程がある。
「戦争屋と殺り合いたかったか?」
「総力を挙げての抗争であれば、その方が――」
そこで立ち止まり、僅かに身を反らす。
直後に微かな風切り音――アーベンスの頬を銃弾が掠めた。
「……おぉ?」
アダムが首を傾げる。
アーベンスとは長い付き合いだが、掠り傷とはいえ、彼が怪我をするところを初めて見たのだ。
奥に誰かが潜んでいる。
気配を消して、続けて何発も銃を撃ってきた。
即座にコンテナの影に隠れて様子を見る。
視界の悪い船倉の中では、闇に紛れた相手を捉えることは難しい。
「部外者がいるなんて聞いてねえよなぁ?」
襲撃が事前に漏れていたとは考え難い。
初めから拠点が割れることを見越して待機していたのだろう。
陸側から聞こえていた銃撃戦は囮……と、気付いた時には全て手遅れだ。
――船が大きく揺らぐ。
停泊していたはずの錆びだらけの廃船。
それは放棄されたわけではなく、初めから罠として用意されたものだったらしい。
アダムが徐に銃を天井に向け――トリガーを引く。
何かがカシャンと軽快な音を立て、そのまま地面に落下してきた。
「……これは、ウチのドローンですね」
アーベンスが肩を竦める。
どうやら通信士が船内に潜んでいるらしい。
ガレット・デ・ロワの戦い方を知っている者が、腕の立つ殺し屋に指示を出している。
この状況を作ることこそ彼らの目論見だったらしい。
「離岸してから既に一分ほど……これでは、あの無法魔女の手は借りられないでしょう」
銃を構え、奥の通路を警戒する。
こちらの戦力は完全に把握されている状況で、迂闊に動けば安く命を落とすことになる。
船倉はヴィタ・プロージットの狩り場となった。
圧倒的に不利な場に放り込まれて、何人かが周囲の闇に怯え始めるが――。
「おぉ、喜べお前ら。ぽっと出の雑魚潰すより歯応えがありそうだ!」
アダムは愉快そうに嗤い、ハーシュの背中を強く叩く。
「ハーシュ、下っ端連中に手本を見せてやれ!」
「はいボス」
名の知れた殺し屋集団相手に先陣を切れと。
これが未熟な準構成員であればアダムと死との間に挟まれて震えてしまうことだろう。
だが、ガレット・デ・ロワの荒事担当となれば話は別だ。
「さあ、敵を殺せ! 好きなだけ殺せ! 死ぬまで殺してこい!」
これこそが報復だ――と、アダムの哄笑が船倉に響き渡る。
全ての事情が見えて、爽快な気分になっていた。
通信士はオーレアム・トリアに買収されたわけではない。
ヴィタ・プロージットに勧誘されて話に乗ったのだと。
古巣との抗争まで想定していたかは不明だが、少なくとも裏切ったこと自体は確かな事実だ。
「随分と偉くなったじゃねえか。なぁ、おい」
落ちていたドローンの残骸を踏み付けて声を掛ける。
微かに残っていた駆動音も直後に消え去った。
「……ボス、どうやら丁寧にジャミングされているようで」
アーベンスが肩を竦める。
船倉内のどこかに電波妨害装置が仕掛けられており、外部との連絡は取れなくなっていた。
現状の戦力だけでオーレアム・トリアとヴィタ・プロージットの両方を相手にしなければならない。
個として優れている構成員には限りがあり――。
「――がぁッ!?」
暗闇の奥から呻くような声がして、直後に何かが吹っ飛ばされてきた。
アダムはそれを覗き込んで嘆息する。
「……ヤツはお前さんより格上かぁ?」
「いえ……まだ、やれます」
下っ端を引き連れて突撃していたハーシュが、待ち構えていた男に返り討ちにされたらしい。
痣だらけで、腕部には刃物による切り傷も目立つ。
気合いでなんとか立ち上がるもよろめいてしまう。
頭部にも強い衝撃を受けたようだった。
視線の先から現れた男を見れば、彼に勝ち目がないことは明白だった。
File:ハーシュ・レーマン-page2
統一政府実行部隊にも採用されている軍隊式近接格闘術を修めている。
一時期には裏格闘技界に潜っていた経歴がある。