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12話

 利用価値があると判断されたのだろう。

 少しだけ相手側に譲歩されているのは不愉快だったが、今後のことを考えれば悪くない話だった。


「あらかじめ言っておくけど、専属になるつもりはないから」

「構わないよー。まぁ、そういう仕事で稼ぎたいなら、最終的には裏懺悔ちゃん一択なんだけどねぇ~」


 縛り付けるつもりはないと意思表示をする。

 互いに利用し利用され――Win-Winな関係を結べればいいと考えていた。


 あくまで仲介人として。

 危険な仕事を請け負えるような魔女が欲しい。

 ただ、それだけの理由でクロガネを見逃したとは、さすがに信じることは出来ない。


 手駒が必要な事情でもあるのか。

 或いは、泳がせることでより大きな何かを釣ろうとでもしているのか。


「……ッ」


 ふと、監視カメラが視界の端に入る。

 特に意味を成すとは思えなかったが、そのレンズを睨み付ける。


――いずれあの男を殺す。


 この世界に引きずり込んだ張本人。

 今はまだ、無闇に殺してしまうと身の危険が付きまとう。

 元の世界に戻る手段を先に見つけなければ、報復から逃げ惑う生活を余儀なくされてしまう。


 どうせカメラ越しにこれまでの戦闘も眺めていたのだろう。

 裏懺悔との間でどのような交渉が成されていたのかは不明だが、当面は手出しされることはないはずだ。


 勿論、こちらから手を出せば話は変わってくるが。


「――グリムバーツ・アン・ディ・フォンド博士。CEMケムっていう政府直属対魔機関の最高責任者だよ」


 詳しい事情を聞かずとも、クロガネが憎悪を募らせているのは端から見て分かるほどだ。

 一般常識の範囲で話す分には構わないだろう。


「政府直属の……研究施設ここは違法じゃないの?」

「まさか。無法魔女アウトローや自然発生した魔物なんて、研究者にとってはちょっとした拾い物くらいの認識だよ」


 様々な検体を確保して、それを研究に役立てる。

 そこから社会の発展に貢献するのだから利益でしかない。


 実験のために戸籍の無い三等市民が犠牲になったとして、一等市民のフォンド博士が咎められるはずもない。

 それ自体は特に疑問を抱く必要もない常識なのだと裏懺悔は言う。


 だから誰も助けない。

 手を差し伸べない。


 何も悪いことをしていなくても、利益のために容易く命が奪われてしまう。

 自分をこの世界に呼び出したことだって、あの男には罪の意識の欠片さえ無い。


 人間の命があまりにも軽い。

 軽すぎるのだ。

 元の世界では絶対に通用しない倫理観だった。


 ならば――と、クロガネは笑みを浮かべる。


 弱者が殺されるのは仕方がない。

 悪人が殺されるのも仕方がない。

 傲慢に振る舞う一等市民が殺されるのもまた、仕方のないことだ。


 元の世界での倫理観は捨てるべきだ。

 道徳も規範も意味を成さない。


 正しさとは圧倒的な強さであって、それ以外のことを気にかける必要はない。


「うぅ、負けた……あたしが負けた……」


 蹴り飛ばされてうずくまっていた色差魔が脇腹を押さえながら立ち上がる。

 さすがにMEDから解放されたクロガネの一撃は響いたらしい。


「……チッ」


 大罪級であれば、雑魚を何百人殺すよりも良い糧になっただろう。

 もし裏懺悔の乱入がなければ――などと考えてしまうが、生活基盤を構築する方が優先だ。


「悔しい、けど……っ」


 色差魔は身震いする。

 大罪級の彼女をここまで痛め付けられる存在などほとんどいない。

 それこそ『色錯世界』を行使すれば、戦慄級が相手でもそれなりに打ち合える自信があったくらいだ。


 故に、地に這い蹲っている姿を見下ろされたのは初めてだった。

 凍て付いた眼光に当てられ、耐え難い屈辱と同時に――。


「カッコいい……っ」


 もっと痛めつけられたい。

 鎖に繋がれて飼われたい。


 熱っぽい眼差しを受け、クロガネはやはり殺してしまおうかなどと考える。


「さぁーてさて。話もまとまったところで、場所を変えて仕事な話をしたいんだけど――」


 その前に、と裏懺悔は続ける。


「キミの名前を知りたいなぁ~、なんて。ほら、仕事をする上で呼び方が分からないと不便でしょ?」

「……クロガネ」

黒鉄クロガネか~。なるほど……」


 裏懺悔は少し考える素振りを見せると、笑みを浮かべる。


まが黒鉄くろがね――魔女としての名前はそれでいこう!」


 裏懺悔は誇らしげに胸を張る。

 仕事を任せるにあたって、受注先に売り込むためのネーミングを決めたいらしかった。


 クロガネは呆れつつ、否定はしない。


 どうせ元の名前も忘れてしまった。

 この下らない世界で、どのように呼ばれようが構わない。


「一時的な隠れ家くらいは用意してあげられるけど、それより――いい仕事があるんだ」


 すっごい稼げるよ~、などと冗談めかして言う。

 それだけ危険な仕事内容なのだろう。


 断る理由はないが、クロガネは一つだけ疑問を口にする。


「……それだけの力があって、なんで自分で処理しないの?」


 常識外れな力を持っているのだ。

 それこそ、顔を見せるだけで大半の厄介事は片付くだろう。


「んー、まぁ……色々とね~」


 誰にも話す気はない、と意思を示す。

 様々な事情があるのだろうが、あくまでも仲介人として、仕事を斡旋するだけの立場に留まっていたいらしい。


――信頼してはならない。


 元より、この世界の誰も味方ではない。

 仕事等の都合で関わるだけだ。


 そして、研究施設を後にする。

 今後は無法魔女アウトローとして、この世界で生きていかなければならない。

 気を引き締めて、決して緩まないように。


 初めて目にした外界は――大して感傷的にもなれなかった。

File:CEM


『counter and eliminate magias』通称CEMケム

政府直属の対魔機関で、主に無法魔女アウトローや魔物の討伐を想定した武器開発を行う。

魔法省と連携し、捜査協力や魔法災害等の対応にも取り組む。

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