118話
「機式――"フェルス・クラフト"」
漆黒の機関銃を呼び出す。
今回ばかりは魔力を惜しんでいられないだろう。
コンテナヤード内に覚えのある気配が複数あった。
人工島に敵が近付いた際、即座に駆け付けられるよう近場に構えていたのだろう。
素早い動きで展開しながらガレット・デ・ロワの背後を取っていた。
「――こっちも始める」
『おぉ、好きなだけ楽しんでいけ』
クロガネは大きく跳躍してコンテナの山から飛び降りる。
一人たりとてすり抜けさせるつもりはない。
人工島と陸を繋ぐ橋を守ればいい。
だが、堂々と陣取ってしまうとただの的になってしまう。
殺しの専門家を相手に隙を晒す余裕はない。
遮蔽物のある環境――コンテナヤードを活かして立体的に動くのが一番だろう。
飛び降りた先に敵が三人。
目出し帽を被っていて素顔は分からないが、知る必要もない。
「――ッ!」
容赦なく銃弾の雨を浴びせる。
だが思っていたよりも相手の反応が速く、僅かに掠めつつもコンテナの裏に逃げ込まれてしまう。
この銃声だけで位置が割れた。
ゲーアノートは本気で殺しに来ることだろう。
高度に統率の取れた集団と銃撃戦をするのは厳しい。
各個撃破であればともかく、同時に銃口を向けられてしまうといずれ限界が来てしまう。
さらに言えば、敵は魔女の仕留め方に熟知している。
無線で座標情報を素早く共有し、クロガネを包囲するように展開を始めている。
動きは『探知』によって把握できているため、余計に隙が無いことが分かってしまう。
だが、それでいい。
敵が集まって対魔女の陣形を組むほどに有利になるのだから。
四方を塞がれ、敵の一斉射撃が始まり――。
「――『破壊』ッ!」
声を荒げて行使する。
体から溢れ出した『破壊』の力が波のように空気を震わせ、降り注ぐ銃弾を全て消し飛ばした。
明確な脅威だと示すには、魔女としての能力を誇示するのが最も都合が良い。
欠点を挙げるならば、機式以外の武器は手に持つだけで崩壊してしまうことだろう。
さらに言えば、他の魔法と平行して発動するには負担が重い。
クロガネは殺意を込めて手を翳す。
それだけでコンテナが消し飛び、裏に隠れていた敵が容易く弾け飛んだ。
「……ッ」
ドクリと心臓が跳ねる。
戦いの中で、体が火照るほどの高揚を感じているらしい。
自分は殺人狂ではない……と、否定しつつも感情の高ぶりは抑えられない。
もしかすれば、アダムよりこの場を楽しんでいるのかもしれない。
元の世界での生活を思い浮かべ、理性によって熱を強引に冷ましていく。
生き延びるために、仕事として殺すだけだ……と。
普通の少女が見せるべきではない、冷徹な瞳に殺気を宿らせ――。
「――死んでッ」
フェルス・クラフトに『破壊』を乗せ、薙ぎ払うように銃弾をばらまく。
遮蔽物など意味を成さない。
金属製のありふれたコンテナでは、魔女を相手に身を隠すには不十分だ。
だが、さすがに相手も素人ではない。
即座に危険を察知して、コンテナが弾け飛ぶ前に回避行動に移っていた。
「――ッ!」
後方に強い殺気を感じ取り、クロガネは手を翳す。
直後、眼前で大きな爆発が起きた。
「お前がゲーアノートが言っていた魔女か」
現れたのは、ロケットランチャーを担いだ大男。
ヴィタ・プロージットの古株である『火砲』グスタフ。
装填されている弾頭は対魔弾。
直撃すれば、クロガネでも致命傷は免れないだろう。
だが、今は身を守るように『破壊』の力を放出している。
銃弾の雨も先程の爆風も全て、根本となる現象そのものを壊すことで衝撃を掻き消していた。
何度繰り返しても結果は変わらない。
「雑魚に用はないんだけど?」
「なら、一分後に同じ言葉を吐けるかッ」
同時に射出された四つの弾が途中で軌道を変え、前方を塞ぐように襲い来る。
だが、それ自体は大した脅威ではない。
より強力な兵器を用意しなければ、魔力切れにならない限り傷を負うことさえないだろう。
そして、彼らの本命もまた『探知』によって動きが見えていた。
「これでもくらいなッ!」
機関銃を手にした男がコンテナの上に姿を現す。
ロケットランチャーに注意を向けさせ、本命である彼が対魔弾を叩き込む作戦らしい。
即座に『解析』――マガジンに装填されているのは特級-9mm対魔弾『枯凪』という上物。
戦慄級にさえ致命傷を負わせ得る数少ない武器だ。
それを惜しみなくばら蒔こうというのだから――。
「『能力向上』『思考加速』――」
真正面から対峙して。
「――『戦闘演算』」
全てを捩じ伏せてしまえ。
クロガネは持ち得る全ての能力を発動する。
思考が冴え渡って、さらに四肢から指先に至るまで体がノータイムで反応を示す。
先に着弾するであろうロケット弾に手を伸ばし――そっと撫でるように受け流す。
敵が潜んでいるコンテナに向かって軌道を変えさせた。
飛来する対魔弾の雨は、全て視界に収め――弾道を見切る。
「なっ――マジかよ」
機関銃の弾を全て躱されるとは思っていなかったのだろう。
僅かでも負傷させて動きを鈍らせる……と、その程度の望みさえ叶わない。
コンテナヤードは開けた空間だ。
前回のように、クロガネの動きを阻害するような煌反応スモッグも使えない。
全力を出せる状況であれば、どのような策を弄しても意味を成さない。
戦場に静寂が訪れる。
決して膠着したわけではない。
次の手が用意されていないはずもなく、実際にそれらしい兵器も隠し持っているように見える。
だが、違う。
ここまでの交戦を全て押し潰し、なおも余裕を見せるクロガネに気圧されてしまったのだ。
溢れ出る殺気は、とてもこの年齢の少女が放っていいものとは思えない。
殺しの専門家でさえ手を止めてしまうほどだった。
「ヤツがいない……」
周囲を再度『探知』して、ぽつりと呟く。
確かに敵の質は高いが、前回のような狡猾で残忍な"狩り"の気配を感じられなかった。
ヴィタ・プロージットの頭目――ゲーアノート。
標的であるはずの彼は、味方の窮地に姿を一切見せない。
「……まさか」
そうであってはならない。
嫌な予感を抱き、焦燥に駆られる。
直後――停泊していたはずの廃船が、人工島から移動を始めた。
File:特級-9mm対魔弾『枯凪』
極めて希少価値の高い対魔弾。
戦慄級の魔物『枯凪』から採取された血液が弾頭に仕込まれており、魔女が被弾した場合に魔力欠乏に似た症状を引き起こす。
『枯凪』はアルケー戦域深部から生まれた。
境界線に向けて移動するにつれ、外側の居住区域が危険なエーテル濃度に跳ね上がってしまったためユーガスマ・ヒガによって討伐された。