115話
「うおッ………………お?」
銃弾はカルロを捉えていなかった。
その背後で、逃げ遅れてテーブルの影に隠れていた客がその場に倒れ込む。
一般客ではなかった。
襲撃者に意識を向けさせつつ、本命の殺し屋が控えていたらしい。
倒れる際に手元に隠していた拳銃を落としたのが何よりの証だ。
アーベンスは裏切り者ではない。
その横で静観しているハーシュが……と警戒するも、彼もアダムに危害を加えようとする様子は見られない。
それどころか、弾除けになるよう自身の体を差し出していた。
その彼にアーベンスが銃を投げ渡す。
アダムは警戒する様子も見せず、お構い無しにドンマリオとの会食を楽しんでいる。
間近で行われている銃撃戦さえ見世物のように。
彼は自分の身に危険が及ばないと確信しているようだった。
「クソッ……こ、腰が抜けた……」
カルロも自分に銃が向けられたと思ったのだろう。
真後ろにいた敵を横目に、その場にへたり込んでしまっている。
「……チッ」
気が抜けているのか、もしくはこの場にいる人間に全面的な信頼を預けているのか。
彼は命の危機に晒されない限り、普段と変わらない情けない姿を見せてしまう。
鉄塔に潜んでいる狙撃手は、この好機にも関わらず沈黙を貫いていた。
僅かな困惑を隠しつつ、クロガネは一先ず襲撃者を片付けることに専念する。
弾丸に『破壊』の力を込め――ESS装置の強度を試すように、凶悪な一撃を何度も叩き込む。
三発目でエーテル障壁が砕け、襲撃者たちが他の遮蔽物を求めて左右に散る。
「無駄――」
柱に隠れた者も、テーブルを倒して盾にした者も等しく両腕を撃ち抜かれて銃を取り落とす。
その間にさえ"裏切り者"がアダムを狙おうとする気配は無い。
間髪入れずに両足を撃ち抜き、逃走も不可能な状態に仕上げた。
その手際に、アダムがワイングラスを上機嫌で傾ける。
「よぉ、禍つ黒鉄。お前さんもそろそろ気付いた頃合いだろう」
ニタリと笑みを浮かべる。
始めから裏切り者が誰なのか見当が付いていたらしい。
幹部の二人も始めから護衛役として連れてきたのだろう。
「おいカルロ。通信はまだ繋がってるな?」
「は、はいボス」
通信端末には、先ほど繋いでからの通話時間が表示されている。
現在進行形で数字は増えていた。
「おかしいよなぁ? オペレータールームを一分前に爆破したんだが……まさか、部屋丸ごと幽霊にでもなっちまったか?」
手元の端末から爆破コードを入力したのだと笑う。
その声が聞こえたのか、直後に通信士との通信が遮断された。
「……通信士が内通者?」
「さっきまで通信が途切れてなかったなら、そういうコトだ」
アダムは空になったグラスをクイクイと揺らす。
テーブルに置かれているボトルをアーベンスが手に取り、なみなみと注ぐ。
「ハーシュ、お前さんは奴の居場所を調べ上げろ。そこがオーレアム・トリアの本拠地だ」
全ての事象は彼の手中にあった。
思い返せば、一度たりとてガレット・デ・ロワに被害は生じていない。
ハーシュは指示を受け、即座に構成員たちの手配を済ませる。
さらに、この場の後始末のため人員を手配する。
間もなく回収班がレストランに現れ、無力化された襲撃者を乱雑に連れていく。
尋問によって得られる情報から、彼はどこまで敵の内情を見通すのだろうか。
「ああ、悪いなドンマリオ。茶番に付き合わせちまった」
「薄々そんな気はしていましたよ。食事会なんて貴方らしくないですし」
ドンマリオはそう言いつつ料理に手を伸ばす。
襲撃が発生した時点から、彼も顔色を一切変えていなかった。
「いやはや見事な部下をお持ちで。それにあちらの無法魔女は……」
値踏みするような視線を感じた。
軽く殺気を込めて睨み返してみるも、意に介するような様子は見られない。
「彼女の手際もお見事でした。ですが……」
ドンマリオは残念そうな顔をしてカルロに視線を向ける。
「あちらさんはまだ若いですねぇ」
「かぁーっ、アイツは銃を向けられねえと分からねえからな」
アダムは大袈裟に肩を竦めて見せる。
傍らに控えていた幹部二人も頷く。
結果として彼は何一つ活躍できていない。
銃撃戦も幹部任せになってしまい、すぐ真後ろに隠れていた敵の姿さえ見逃してしまった。
話題に持ち上げられると、カルロは気まずそうに身を縮こまらせる。
「なあおい、カルロ。てめぇも通信士に踊らされたツケを払ってけ」
「っ……と、言いますと?」
怯えた様子でおずおずと尋ねる。
結果的に、彼は襲撃のタイミングでクロガネの注意を逸らすことになってしまった。
通信士の策略とはいえ、見抜けなかったことを咎められては反論できない。
アダムはワインを一気に飲み干し、愉快そうに笑う。
「セフィール・ホロトニスの居場所が割れた。下っ端引き連れて取っ捕まえてこい」
「は、はいボス!」
挽回の機会を与えられた……と、カルロは歓喜する。
それどころか、成功すれば彼の評価も上がるような案件だ。
相応のリスクが伴うだろうが、それ自体は覚悟の上だった。
これまでも危険な仕事は何度もこなしている。
裏社会で生きていくのであれば避けられない道だ。
「それと、この店の弁償も済ましとけ。ディナーの料金も込みでな」
「マジすか」
派手な被害こそ出ていないものの、高級店の修繕費用となれば頭を抱えるような値段になるはずだ。
ディナーの料金だけでさえ普段のカルロなら躊躇ってしまう金額だった。
彼の貯金額など吹いて飛んでしまうだろう。
項垂れるカルロを指差して嗤いながら、アダムは愉快そうに食事を再開した。
File:モルド・アーベンス-page1
アダムの左腕と呼ばれる幹部。
彼とは旧知の仲で、数少ない"信用"を得ている一人である。
組織内における銃火器等の管理も任されている。
File:ハーシュ・レーマン-page1
武闘派の幹部構成員。
荒っぽい性格で幹部同士での衝突も多いが、アダムに対しては畏敬の念を持ち忠義を尽くす。
正規構成員に対して格闘術指導も行っている。