114話
日が沈み、夕焼けが藍に滲む頃合い。
テラス席の照明が付いて間もなく、アダムたちが姿を見せた。
傍らには、彼が抱えるに相応しい顔付きの男が二人。
片方は紳士然とした老齢の男――モルド・アーベンス。
鋭い眼光で常に周囲を見回していて、佇まいには一切の隙が無い。
大きなアタッシュケースを左手に持ち、もう片方の手には杖を握っている。
気配こそ数多くの死線を潜り抜けてきた猛者のようだが、一線を退いて久しいのだろう。
もう一人は屈強な青年――ハーシュ・レーマン。
泰然とした様子で身構えており、その佇まいには余裕さえ感じさせる。
ガレット・デ・ロワにおける武闘派の頂点だ。
抗争の場には常に彼がいて、銃撃戦を容易く制するという。
だが、それだけの人物を揃えても武器が無い。
来店時に危険物は預けなければならない決まりのため、全員が丸腰の状態だ。
三人に続くようにレモラ商会側も来店する。
見た目は温厚そうな小太りの男が、両隣を同じく組織幹部で固めて歩いていた。
「……あれがドンマリオ・レモラか。初めて見たぜ」
カルロが呟く。
輸送ルートの重要な中継地点を担っている割にはぱっとしない風貌だ……と、首を傾げている。
確かに小者染みている。
そう考えつつも、アダムが友好的に接する相手が中途半端な悪党だとは思い難い。
わざと弱く見せていると捉えるべきだろう。
「っと、通信士から着信だ」
カルロが通信端末を取り出して応答する。
『――無事に紛れ込めたか?』
「問題ない。今、魔女さんと二人で待機中だ」
『了解』
通信士は何かを確認するように間を置いてから、再び口を開く。
『……禍つ黒鉄に代わってくれ』
「あいよ。ほら」
クロガネは通信端末を受け取る。
何か伝えるべき事項があるのだろう。
『現状、客の中に怪しいヤツはいない。店内は安全なはずだ』
「……それで?」
『ボスから事情を聞いた。連携して対処したい』
通信士も直前になって"裏切り者の炙り出し"について聞いたのだと言う。
それで慌ててカルロを寄越したのかと、クロガネは納得する。
『襲撃があるとすれば店の外からだ。さすがに通りを歩く奴ら全員はマークできない』
「外から……」
目線だけ動かして周囲を探る。
テラス席の三方は外側は海に囲まれているが、道路に面した入り口側からなら侵入は容易だ。
『それと、十時の方向に鉄塔が三本あるだろ? その内の一番低いところに狙撃手が潜んでいる』
カルロの予想とは正反対の状況だった。
深読みをしすぎて裏をかかれたと考えるべきだろうか。
『特殊な装置でエーテルを用いたスキャンを妨害しているみたいだ。何か違和感はないか?』
「……いや、何も感じられない」
クロガネは『探知』に用いる魔力を高めて確認する。
だが、鉄塔に潜んだ狙撃手はよほど巧妙に気配を隠蔽しているらしく、生命反応さえ拾えなかった。
『下っ端連中を鉄塔に向かわせてるが、罠の可能性を考えるとすぐに突入はできない。取り逃がさないための見張りだと思ってくれ』
基本的には現地にいる者たちだけで対処しなければならない。
襲撃からアダムを守るには少し厳しい状況だが、通信士が監視するのであれば動きやすくなるだろう。
テラス上空には小型ドローンの反応があった。
光学迷彩によって視覚で捉えることは叶わないが、クロガネの『探知』であれば場所を把握できる。
敵が少しでも不穏な動きを見せれば、モニター越しに眼を光らせる彼女が見逃さないだろう。
『細かい動きなんかはこっちで都度連絡する。カルロにもボスからの指示を伝えたいから代わってくれ』
「分かった」
カルロに通信端末を返す。
彼は任務の詳細まで知らされているわけではない。
それでも襲撃が発生した際にはそれなりに役立つだろう……と、クロガネは嘆息する。
「……はぁ」
「いてっ!」
テーブルの下からカルロを足で小突く。
急に何をするんだと言いたげな様子だったが、ふと納得した様子で頷く。
「あぁ、いや……何でもない。爪先をテーブルの脚にぶつけただけだ」
通信士に言い訳しつつ、カルロはスーツを正す素振りを見せながら"拳銃"を懐にしまう。
クロガネが『倉庫』から呼び出して、テーブルの下から渡したのだ。
少なくとも彼は問題ないだろうと読んでいた。
裏切りなどという大事を起こせるタマでもなければ、それを行わなければならないような事情もない。
アダム自身もそれを理解しているようだった。
だからこそ、通信士の人選は適切だと言えるだろう。
通信を繋いだままにしつつ、周囲の警戒を怠らずに待機する。
少しして、二人のもとに料理が運ばれてきた。
当然ながら呑気に食事をする暇はない。
殺気こそ隠しているが、クロガネは常に臨戦態勢だ。
「おい、まさか本当に襲撃が……」
カルロも非常時だと勘付いている。
その上で彼がどのような働きをしてくれるか想像が付かないが、あまりアテにはしていない。
そして、アダムたちの席にも料理が運ばれてきた。
スタッフの動きを注視していると、通信士から声が掛かる。
『……あぁそうだ、禍つ黒鉄に代わってくれ』
「了解」
カルロが通信端末を差し出し、それを受け取ろうとした瞬間――。
「――ッ!」
近くのテーブル席にいたグループ客が銃を取り出す。
即座にエーゲリッヒ・ブライを呼び出して射撃、そして跳躍し、間に割って入るように移動する。
だが相手も素人ではない。
銃撃戦になることを予期して、即座にESSシールドを展開させて防いでいた。
「おぉ、ようやくドンパチの時間か?」
愉快そうにアダムが笑う。
一般客がパニックになって逃げ出す中で、唯一彼だけはこの場を満喫している。
狙撃手も警戒しなければならないというのに、裏切り者にも注意を払いつつ襲撃者も撃退しなければならない。
面倒な状況に舌打ちつつ、カルロの動きを窺うと――。
「ボス、これをッ!」
先ほどの拳銃を投げ渡していた。
アダム自身に武器を与えることも悪くはないが、この状況に限って言えば悪手だ。
「これは、ボスには必要ありませんなぁ――」
アーベンスが手を伸ばして飛んできた銃を掴む。
即座に撃鉄を下ろして引き金に指を掛けると、哀れむようにカルロに視線を向け、銃口を定め――。
「――全く、短絡的な判断だ」
乾いた音が響く。
File:ドンマリオ・レモラ-page1
犯罪シンジケート『レモラ商会』のボス。
温厚な見た目とは裏腹に、稼業は倫理を問わないような黒いものが多いと噂されている。
ラキニア港を裏から牛耳っており、他組織の密輸ルートを中継することで大きな稼ぎを得ている。