113話
――ジセル商業区、ラキニア港。
フィルツェ商業区の北東側に隣接するこの場所は、ガレット・デ・ロワと繋がりの深い『レモラ商会』の取り仕切る地域だ。
港を押さえているため近辺の流通を担っており、シンジケート間の取引を仲介することが多い。
そのため北側にはラキニア港、南側にはリュエス港に取引の中継地点を置いている。
リュエス港に関しては、マッド・カルテルを潰した後に組織幹部のハーシュ・レーマンを流通責任者として配置している。
今晩にはアダムとレモラ商会のドンマリオが会食を行う。
その舞台となるのはシーサイドレストラン『フリュイ・ド・メール』という高級店だ。
手荷物チェックがあるため露骨に武装するわけにもいかず、客に紛れ込みながら襲撃を警戒しなければならない。
「アーベンス爺さんにハーシュ……さらにボスまで顔を出すってことは、かなりデカい金が動くみたいだな」
座席で寛ぎつつ景色を眺めながらカルロが呟く。
普段の服装と比べると、その装いは小綺麗に整えられていた。
メニュー表を眺めているあたりまでは嬉々としていたが、その後の待機時間は同行者の機嫌を窺わざるを得ない。
「……なあ、そんな機嫌悪くしないでくれって」
対面に座るクロガネは、殺気を抑えるつもりを微塵も見せない。
着慣れない黒のパーティードレスも原因の一つだったが、それ以上に余計なノイズが耳障りだ。
不愉快そうにテーブルを指でつつきながら食事の到着を待っていた。
「通信士の計らいだぜ? ボスの護衛をするなら俺もいた方が都合がいいってな」
確かに高級レストランで少女一人では目立ってしまう。
客に紛れ込みやすいように二人組で護衛を勤めることは理に適っているだろう。
オーレアム・トリアが仕掛けてきた場合、銃撃戦に応じられる人数が多いに越したことはない。
臆病だが頭は冴える男だとクロガネも評価している。
だが、相手はヴィタ・プロージットを抱えている。
あの戦争屋が出張ってきた場合、中途半端な戦力では足手まといになりかねない。
通信士もそういった事情までは知らされていない。
護衛の人数が不足していると感じたらしく、後で怒られることを承知の上でカルロを放り込んできたという。
「ま、何事もなければ御の字だ。万が一があるなら、それこそ俺も手柄を立てられる」
このレストランで行われる会食が裏切り者の炙り出しを目的としていることをカルロも知らない。
知っているのはクロガネと、後ほど現れるアダムのみ。
悪戯好きな彼ならば、そのことをレモラ商会側にも隠しているかもしれない。
「勝手に来たことを後で怒られるよ」
「あー……それは覚悟の上だ。一応な」
言葉を濁しつつも、カルロも自分なりに考えての行動のようだった。
クロガネは嘆息しつつ周囲を観察する。
事前情報通りの、見晴らしの良いオープンテラス。
離れた位置に背丈の高いビルや鉄塔などが多く、狙撃手なら喜んで依頼を引き受けるような好条件になっている。
会食は夜六時、双方のトップが幹部を連れて現れる。
予定の時刻まで少しだけ猶予はあるが、まだ『探知』に怪しい気配は引っ掛からない。
「カルロが暗殺者なら、どうやってアダムを襲撃する?」
「物騒な冗談言わないでくれ」
「もしもの話。参考までに聞かせて」
そうでなければ邪魔だから帰って……と、そんな意味を込めてじっと見つめる。
せめてその頭脳くらいは有効活用しなければならない。
「そうだな……敵側の条件を教えてくれ」
「事前に会食の詳細を知っていて、準備に十分な時間をかけられる。資金も人員も自由に使える」
「そりゃ好き放題やれそうな条件だな」
カルロは腕組みしながら周囲を見回す。
彼も一応は裏社会で長く生き延びてきている。
その経験から得られることもあるはずだ。
「まず狙撃はナシだ。ラキニア港はレモラ商会のシマだからな。ウチと繋がりが深いから、特に開発の進んでるあっちのビルや鉄塔は簡単に足が付く」
「……続けて」
カルロは会食の予約席からやや離れた座席を幾つか指差す。
「客に紛れ込ませるのがいい。派手な武器は持ち込めないと思うが、人間相手なら拳銃一つあれば十分だ」
「武器を持ち込める?」
「そのためにホールスタッフを買収する。指定したグループ客の所持品チェックをするなってな。大金で黙らせてもいいが、サプライズのためだとか自然な理由で付け入ることもできるはずだ」
ボディーチェックをすり抜けて、武装した状態で襲撃者たちが待ち伏せできるようになる。
入店時にアダムたちは武器を預けなければならない。
そうして、テラス内では一方的な攻撃が可能となるのだ。
テラス席は美しい海が見えると評判で、サプライズパーティーのために使われることもあるという。
それがまさか、血に塗れた殺し合いの場に利用されるとは思わないだろう。
彼らは真っ当な世界で生きているのだから。
「使い捨ての三等市民より、顔の割れていない構成員を送り込む方が確実だろうな」
「アダムたちで対処できる?」
「さすがに丸腰じゃどうにもならねえ。だからこそ、通信士も俺を寄越したんだろう」
案外まともなことを考えている……とクロガネは感心する。
少なくとも『探知』圏内のビルに狙撃手らしき反応は見当たらない。
巧妙にエーテル遮断による隠蔽を施している可能性も否めないが、遠方を優先して警戒するよりアダムの周辺を意識した方がいい。
裏切り者がどのように襲撃の手引きをするのか。
最も警戒すべきは、アダムの傍らに控える幹部たちだろう。
File:フリュイ・ド・メール
新鮮な海の幸をメインに扱うシーサイドレストラン。
オーナーシェフはかつて一等市民居住区で腕を振るったこともある一流の料理人バルクラン・モディス。
彼の創作料理は味も然ることながら美的センスも優れており、魂を込めた一皿は芸術の極みに到達していると評判高い。