112話
「へえ――」
感心しつつ、突き出された刃先を躱す。
目を見張るほどに鋭い一撃だった。
TWLM自体に使用者の能力を高める力があるのだろう。
目の前の捜査官を生身の人間と侮ると命取りだ。
「――面白いね、それ」
クロガネは『能力向上』の出力を爆発的に高め――懐に潜り込んで掌で打つ。
予想に反して鈍い手応えだったが、さすがに効いているようだった。
「この、馬鹿力が……ッ!」
ジンは呻きつつも、致命的な隙を見せないように歯を食い縛って耐えていた。
スーツの下に仕込んだESSアーマーだけでなく、TWLM自体に肉体強度を高める効果もあるようだ。
現状では「戦いを楽しませてくれる」程度の性能だ。
ジンの戦闘センスも相まって、先ほどのハスカと遜色ないくらいに戦えるようになっている。
槍を躱しつつ、性能を試すように胴体や四肢に蹴りを叩き込んでいく。
その度にジンは呻くも大きな負傷をしている様子はない。
本気を出していないとはいえ『能力向上』が乗った攻撃を受け続けて耐えている。
試作品にしては随分とマシな性能をしている。
一対一であれば脅威になるほどではない。
だが、もしCEMの技術開発が進んでTWLMを量産化することに成功したならば――。
「……チッ」
少しだけ厄介だ……と、クロガネは舌打つ。
そう簡単に量産できる代物ではないはずだが、この世界の技術水準は侮れない。
たとえヤミイロカガチより品質が劣るとしても。
同様の理論によって生み出された対魔武器は、旧式の物と比べ物にならない価値を発揮することだろう。
生身の人間が魔女と殺し合えるほどの力を得る。
その恩恵は武器だけに留まらず、正面から張り合えるだけの身体能力の向上まで含まれていることが大きな違いだろう。
公安組織が勢い付くことは容易に予想可能だ。
統一政府による弾圧が過激さを増すことだろう。
執行官や捜査官がこれほどの力を手にしたならば、凡百の無法魔女では抵抗する気も起きないはずだ。
そうなれば、戦慄級の魔女でさえ窮地に陥ることになってしまう。
現状の性能でさえ量産化されると不味い。
もしかすると、堕の円環の結成はCEMの動向を察知してのものかもしれない……と、クロガネは考えつつ。
「――『破壊』」
交戦中の僅かな隙を狙い、ヤミイロカガチの柄に触れる。
どれだけ頑丈に作ろうと耐えられるはずもなく――。
「――これ、貰ってくよ」
「なッ、貴様――」
破壊した場所より先の部分を回収する。
既に『解析』によって重要な機構が仕込まれている部分は把握していた。
魔女の力を強奪して生み出された対魔武器。
野放しにするにはあまりにも危険すぎた。
ジンが慌てた様子で取り返そうとしてくるも、直後に周囲をスモークが取り巻いた。
これ以上の遊びに付き合っている暇は無い。
優先すべきはアダムからの依頼だ。
TWLMさえ回収してしまえば、後はアラバ・カルテルの戦力で対処できるはずだ。
不穏な気配を感じつつも、クロガネはゾーリア商業区を後にする。
◆◇◆◇◆
「……で、あたしに情報を持ってきたってわけか」
渡されたファイルを眺めつつ、通信士が呟く。
アラバ・カルテルから得た情報を元に、オーレアム・トリアに煌性発魔剤を流している煌学士の居場所を割り出すのだ。
「セフィール・ホロトニス……あー、"表"の学会には名前の記載が無いな」
ロウが潜りの煌学士と言っていたのも事実なのだろう。
煌性発魔剤に関する資料と取引の記録だけでは、その人物について調べ上げるには不足している。
だが、通信士は特に悩むような様子も見せない。
様々な手段で正体を暴くつもりでいた。
「とりあえず調べておくが……その後はどうする」
「アダムに報告しておいて」
彼なら手早く処分してくれるだろう……と。
敵対組織に関わっている時点で情けをかける必要はない。
マギ・ブースターの提供者が消されたとなれば、オーレアム・トリアも資金不足で喘ぐことになる。
これ以上の躍進は叶わないはずだ。
「了解。明日に備えてちゃんと休むんだぞ?」
裏切り者の炙り出しが始まる。
アダムは自らの命を餌にすることを躊躇せずに行った。
それだけ重い信用を預けられているのであれば、こちらも万全の準備を整えなければならない。
会食場所に近いホテルを予約してあるため、到着後は素直に体を休めるつもりでいた。
銃火器には十分な用意がある。
魔力の無駄遣いをせずにいたため、体調も万全だ。
後は明日、会食場に居合わせた中から裏切り者を見つけ出して始末するだけ。
ガレット・デ・ロワ内部が正常に機能するようになれば、オーレアム・トリアを相手に派手な抗争を仕掛けられるようになる。
その際に、今度は用心棒ではなく殺し屋として再度依頼が入ることだろう。
報酬が十分であるなら、クロガネもそこまで付き合うつもりでいた。
File:魔法省公安部・都市警備課
主に一般市民による犯罪を取り締まっている。
特務部と重なる仕事範囲も多少あるが、その場合、危険性の高いものについては執行官一名以上の同伴が義務付けられている。