11話
色差魔だけなら問題ない。
一対一であれば、確実に魔女としての格は上回っているはずだ。
だが、目の前の少女――自分と同年代くらいだろうか。
赤と黒のゴシックパンクな服装をした魔女は、これまで対峙してきた相手とは明らかに雰囲気が異なる。
「戦いたいなら相手してあげてもいいけどさー」
面倒そうに構える。
得物を持たず徒手空拳。
両手は開いた状態で、左右上段。
近接戦闘を得意とするのだろうか。
相手の間合いが分からない以上、無闇に打ち合うような真似は出来ない。
「すっごく強いよー? 後悔しない?」
「……」
脅し文句に平然を装うが、明らかに分が悪い。
ペルレ・シュトライトの残弾は二発――『装填』の隙を突かれるのは避けたかった。
「遺物を取り除けば普通の人生に戻れるんだよ? こっちだって被害が出なくて済む――」
「――黙れッ!」
怒りに任せて撃つ。
弾丸は空を切って壁を穿つ。
「何も知らないくせに……ッ!」
遺物を失ってしまえば、この世界で生き抜く手段がなくなってしまう。
クロガネには戸籍さえないのだ。
今さら人間に戻ったとして、平穏な日常に戻れるはずもない。
この世界が嫌いだ。
目に映る全てに吐き気がする。
こんなところで大人しく暮らしていくつもりはない。
「――ッ」
激情に身を委ね――瞬時に肉迫する。
当たらないのであれば、地面に組伏せて動けなくしてから撃てばいいだけのこと。
ペルレ・シュトライトであれば、確実に仕留められる。
「仕方ないなぁ――」
少女の姿がブレる。
尋常ではない速度でクロガネの蹴りを躱し、カウンターを入れてきた。
「チッ――」
腕を交差させ、体を後ろに引くようにして衝撃を流す。
機動試験で鍛えられた直感で、なんとか防いだ形だった。
「――『思考加速』『能力向上』」
距離を取りつつ、魔法を重ねがけする。
消耗を気にしていられるほど生温い相手ではなさそうだ。
「――っぁああああッ!」
苛立ったように、再び蹴りを放つ。
今度は命中し――否、受け止められていた。
「やるねー」
少女は感心した様子でクロガネを押し返す。
さすがに痛みはあるらしく、手をひらひらと振っていた。
未だに遊び半分な言動。
事実として、彼女はそれが許されるほどの強者だった。
研究施設に乗り込んできて、あの男を黙らせるほどの立場。
あれだけいた兵士も全く寄り付かないほど。
だというのに、別に仕事上の繋がりがあるわけでもないらしい。
単純に"魔女として強すぎる"のだ。
あの男でさえ敵対したくないと思わせるほどに。
この世界には様々な厄介事が転がっているが、上澄みの魔女はその全てを力で黙らせることが出来る。
いったい何者なのか。
何を目的として遺物を欲しているのだろうか。
警戒するクロガネを見て、少女は笑う。
「そろそろ体が温まってきた?」
まるで、今までの戦いは準備運動にもならないと言いたげに。
クロガネはなるほどと納得する。
なぜ、あの男が大人しく彼女の要求を飲んだのか。
こんな化け物が脅しをかければ、確かに抵抗は無意味だろう。
「『戦慄級』――裏懺悔ちゃん。それが私の正体さぁ~なんて……って、ちょっと!」
今は挑むべきではない。
遺物の潜在能力を引き出しきれていない自分に対して、他の魔女は力に目覚めた時点でほぼ完成されている。
殺すにしても、より大量の血を原初の魔女に捧げてからだ。
遊ばれ続けるのも癪に障る。
クロガネは諦めたように――色差魔の頭に銃口を突き付けた。
「た、助けて……っ」
裏懺悔に涙目で救いを求めるが、距離が開きすぎている。
元よりクロガネは、人質を取るつもりで立ち回ってきたのだ。
色差魔は強いが、あくまで常識的な範囲での話だ。
対処出来ないほどではないし、大体の状況下で勝てる自信もある。
だが、この魔女――裏懺悔は違う。
本性を隠している。
それは対峙してみて理解できた。
これまでの経験の中に計る物差しが見当たらない。
気怠げに振る舞う姿からは想像も付かないほどの化け物で、正攻法で勝てるとは端から考えていなかった。
安全な間合いを取り、マガジンには一発だけ残してある。
弾薬はそれだけで十分だ。
「ん~、惜しいなぁ。それだけ酷い実験に付き合わされてきたんだろうね……」
非常に優れた魔女だ――と、裏懺悔は素直に感心していた。
彼女の見立てでは、目当ての遺物は適合する確率だけ見ても天文学的数字になってしまう。
大半の人間は拒絶反応を起こして発狂するか、最悪死に至るだろうと。
そもそも、自分の物ではない魔力を体内に宿すことが無謀な実験なのだ。
いったいどれだけの犠牲者を出してきたのか、などと考えてしまうくらいだ。
この研究施設が犯した法の数は想像も付かない。
既に施設内の大半は見てきた。
様々な検体が囚われていたのだが、それ自体に興味は無い。
魔女として目覚めてから今日に至るまで。
実験動物として扱われ、打破できるギリギリの、一手でも過てば死に繋がるような生活を送ってきたのだ。
あの男は人の手で魔女を生み出して、何をしようというのか。
兎も角として。
裏懺悔が最も惹かれたのは"人間性"の部分だった。
クロガネは既に魔女として生きることを選択している。
遺物の対価として何か要求でもあれば、裏懺悔は何だって用意するつもりでいた。
元より、それを交渉する相手はあの男のはずだった。
だが、拒んだ。
ここを脱出して無法魔女として生きていくことが、彼女の中では確定事項となっているらしい。
これだけの力があれば莫大な額を稼げることだろう。
裏社会の人間から依頼は絶えないはずだ。
不利と判断するや否や人質を取るという、冷静かつ残忍な戦況判断にも惹かれるものがある。
ここで人質を見捨てたなら容赦なく撃つだろう。
そうして自身の最大限をぶつけて、最後まで抵抗は諦めない。
泥臭く、血生臭く、狡猾で、残忍で――。
――あぁ、確かにあの男は魔女を完成させたらしい。
称賛と……そして、僅かばかりの危機感を抱いていた。
「ねぇ、その魔女……色差魔を見逃してくれない?」
仕事をなんでも受けてくれるから便利なんだ、と裏懺悔は言う。
それは要求であって、頼み込んでいるわけではない。
彼女が本気に望むなら、強引に助け出すことも不可能ではないだろう。
あくまでも対等というポーズを取りたいらしい。
何のメリットがあるのか、とクロガネは疑問を抱く。
「元々は遺物が目的だったんだけれど……もっといいものを見つけちゃったからねー」
そう言って裏懺悔は指を差す。
遺物ではなく、クロガネのことを。
「……何が目的?」
「普段は仕事の仲介人をやっててさー。キミなら、ちょっと過激すぎるようなところも任せられそうかなって思ったんだ」
報酬は弾むよ~、と裏懺悔は笑みを浮かべてみせる。
内容を詳しく聞かずとも、後ろめたい仕事であることは分かる。
「もし断ったら?」
「んー、残念な気持ちになるね~」
人材として魅力を感じていた。
裏社会で生き抜けるだけのセンスがあり、ポテンシャルも未知数。
遺物を埋め込まれているという特殊な状況で、成長を読めないというのも心が躍ってしまう。
どちらにせよ、仕事の斡旋を断りはしないだろうと確信していた。
仲介業との繋がりは無法魔女にとって金銭面における重要な命綱になっている。
「手に負えないような厄介事をキミが引き受けてくれればお釣りが来るし。本当は、その遺物を欲しがってる人がいたんだけどね~」
裏懺悔自身が動くようなことは無いに等しい。
戦慄級――絶対的な強者の肩書きを利用して仕事を集め、それを無法魔女に割り振っていく。
そして、仲介料を貰うことで上手く過ごしているのだ。
魔女と裏社会の橋渡し役――それを担っている者こそ、裏懺悔だった。
「この裏懺悔ちゃんと協力関係を結ぶなら、損はさせないよ~?」
「……」
クロガネは熟考する。
裏稼業――誰かの生死も関わるような仕事であれば、そのまま原初の魔女への供物も得られる。
一石二鳥とはまさにこの事を言うのだろう。
戦慄級の魔女は今のクロガネにとって脅威だ。
もしここで協力を拒み、一人で好き放題に暴れまわったとして、裏懺悔以外の誰かに目を付けられる可能性もある。
仕事を請け負うなら、事前に必要な情報も得られる。
それだけ下手を打つことも少なくなる。
身の安全は最優先として、裏懺悔の名前を利用できるのも大きい。
仲介人があまりにも無謀な難易度の仕事を持ってくるようなこともないだろう。
それをしてしまえば裏懺悔自身の信用にも関わる。
「……はぁ」
観念したように銃を下ろす。
断ることに意味を見出だせなかった。
File:反動
魔法には自身の意識が同期される。
そのため、魔法を強引に解除・破壊等をされた場合に衝撃が逆流して脳への過負荷が生じる。
主には、魔力を多用した際のような頭痛が現れる。