108話
赤と金を基調とした華やかなエントランスホール。
装飾過多で行きすぎているように見えたが、これはこれて悪党の根城らしいとも思えた。
そして、その中には巫女装束を着た少女が佇んでいた。
「――そのようなおいたは感心しませんよ、お客人」
艶やかなセミロングの黒髪を揺らして、紅い瞳を妖しく光らせている。
その手には魔力が灯っていた。
ドアを蹴破る前からクロガネの気配を察知していたのだろう。
出迎えるように、殺気を放ちながらこちらを見据えている。
「アラバ・カルテルの用心棒"ハスカ"と申します。ご用件を伺いましょう」
「その殺気で?」
とても対話を望んでいるようには見えない。
今にも襲い掛かってきそうな様子だが、理性で辛うじて抑え込んでいるらしい。
血を見ることを望むような殺人狂いは少ない。
目の前の少女――ハスカは正しい意味でアウトローと呼ぶに相応しい。
「これはお恥ずかしい。お客人がとてもお強いように見えましたので、つい……」
そう言いつつも、殺気を抑えようとをしない。
強者を前にすると高ぶるような性をしているらしい。
多くの命を奪ってきた"汚れの魔女"だ。
無法魔女の中でも極めて凶悪な、命のやり取りを専門とする者。
その堂々とした立ち振舞いに、クロガネも興味を抱いてしまう。
「なら――」
コートの内側から即座に銃を引き抜き――直後にハスカが地を蹴った。
その動きは極めて速く、照準を合わせる前に懐に潜り込まれてしまう。
目を見開くも、その間にも拳が突き出されていた。
「チッ――」
身を捻るようにして躱し、その勢いを利用して回し蹴りを放つ。
だが、返ってきたのは鈍い手応え。
ハスカは蹴りを腕で受け止めて笑みを浮かべていた。
「いい蹴りですね。殺しのみを目的としていて、洗練されている……」
距離を取ろうとするも、ハスカに足首を掴まれて動けない。
どうやら身体能力に特化した魔女のようだ。
生半可な攻撃では通用しないだろうが――もう片方の足を地面から離し、無理矢理な形で蹴りを放つ。
「おっと……」
腹部を狙った蹴りは躱されるが、代わりに拘束から逃れられた。
そのまま体を捻って着地する。
「これはまた、見事な御手前で」
ハスカの表情には余裕が窺える。
まだ奥の手を隠しているのだろうか。
その肉体には、華奢な体つきからは想像も付かないような"鬼"を宿している。
魔力量もかなりのものだが、それに釣り合わないほど高い身体能力を持っているのだ。
その上、彼女は近接格闘にも秀でている。
純粋な打ち合いでは分が悪いだろう。
銃を交えて戦うにしても、ギアを一段階引き上げる必要があった。
「――『能力向上』『思考加速』」
クロガネも魔法を用いての戦闘に切り替える。
両手にハンドガンを構え、今度こそ試し撃ちの機会を得た。
突き出すようにして照準を定め、ハスカの動きを予測しつつ引き金に指を掛け――撃つ。
弾丸はハスカの肩を掠め、脚を掠め、傍らをすり抜けていく。
独特な歩法を持っているようで、一直線に迫ってくるというのに狙いが定まりきらなかった。
だが、ハスカもまた驚愕したように目を見開く。
「加速した……ッ!?」
最初の打ち合いよりもクロガネの反応速度が高まっている。
銃を撃つ所作一つを取っても、掛かる時間は大幅に短縮されている。
ハスカの間合いに入る頃には、クロガネも迎え撃つ態勢が整っていた。
近接格闘が得意なのは彼女だけではない。
「受けてみて――」
先程とは比較にならないほど鋭い蹴りを放つ。
魔法によって高まった身体機能から繰り出される一撃は、コンクリートの壁さえ容易に打ち砕くほど。
想定外の威力と速度に、ハスカは咄嗟に腕を交差させて防ごうとして――。
「~ッ!?」
確かな手応えがあった。
苦痛に悶えるようにハスカは目を見開くも、動きを止めないように後方に跳ぶ。
拳を構え直そうとするも、先ほどより僅かに左腕が下がっている。
その状態を『解析』すると骨にヒビが入っていた。
この好機を逃すつもりはない。
即座に追撃を仕掛けようとして――死角から強烈な一撃を叩き込まれてしまう。
「ぐッ――」
黒く巨大な"何か"がクロガネを殴り飛ばした。
痛みを堪えつつ、即座に体勢を整えてその相手を睨み付ける。
二メートル半はあろうかという巨躯の魔物。
黒く頑丈な表皮を纏っていて、大きな角があること以外は人間と変わらない形をしている。
「ああ、言い忘れていましたね」
それがもう一体、ハスカの後方から現れる。
彼女を護るように、二体の鬼が現れたのだ。
「魔女としての渾名は『鬼巫女』と申します。以後、お見知りおきを」
得意気に笑みを浮かべ、ハスカが再び拳を構える。
その傍らに凶悪な二体の鬼を侍らせて。
身体能力に特化しているだけではない。
彼女は二体の鬼を使役した武闘派魔女らしい。
魔法による繋がりがあるのか、野生の魔物を飼い慣らしているのかは不明だ。
二体の鬼はどちらも災害等級がかなり高いように見える。
「では、お客人。続きを――」
ハスカの声に呼応するように、鬼たちが咆哮する。
File:ハスカ-page1
魔女としての名は『鬼巫女』
大罪級相当の鬼を二体使役しており、近接格闘による連携を得意としている。