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105話

――ゾーリア商業区北西部、パレシア四番街。


 ガレット・デ・ロワの本拠地から電車で二時間ほどの距離にある巨大な商業街。

 華やかで品のあるフィルツェ商業区と比べると治安が悪く、二等市民の中でも貧困層が寄り集まるような場所だ。


 三等市民でも平然と歩ける数少ない場所で、同時に凶悪犯罪が他区画と比較にならないほど多発している。

 特に夜になると、その治安は加速度的に悪化していく。


「……チッ」


 クロガネは苛立ちを露にする。

 電車を降りて以降、不審な人物から一定の距離を保ちながら尾行されていた。


 相手は生身の人間のようだった。

 対処自体に手間は掛からないだろうが、どこかの組織に所属しているようであれば面倒事を抱えることになってしまう。


 予想していた以上に治安が悪い。

 路上ではガラの悪い男たちが至るところで喧嘩をして流血沙汰を起こしている。


 そんな光景を誰も気に留めていない。

 暴力も窃盗も、この街に住む人間にとって日常なのだろう。


 路地に入って撒こうにも、裏路地は余計に治安の悪い者たちがたむろしてしまっている。

 目的地までまだ距離もある。

 用事を済ますまで、むやみに騒ぎを起こしたくなかった。


 と、その時。


「――あら、やっぱり。この街の歩き方を知らないようね」


 派手な衣装を纏って、人混みを割りながら歩いてきた人物。

 それが今回この場所を訪れた目的でもある。


「さっそくアタシの店に案内するわ。……ほらあんたたち邪魔よっ、退きなさい!」


 道を塞いでいたチンピラたちが慌てた様子で道を開ける。

 彼女の悪名は、このゾーリア商業区内にも知れ渡っているようだ。


 その名はマクガレーノ・フィン・ニア。

 以前はレーデンハイト二番街、現在はパレシア四番街を牛耳るシンジケート『マクガレーノ商会』のボスだった。



   ◆◇◆◇◆



「……うるさい」


 クロガネは不愉快そうに舌打つ。

 案内された場所は"クラブ・マクガレーノ"の看板を掲げた店だ。


 店内には電子的なクラブミュージックが流れ、酒を飲んだ若者たちが好き好きに騒いでいた。

 とはいえ、商会に雇われた強面の屈強な男たちが警備しているため、一線を越えるような行動は即座に咎められることだろう。


 併設されたバーカウンターに腰掛けていたが、さすがに落ち着いて話せるような状況ではない。


「じゃあ、こういうのはどうかしら?」


 リズムが跳ね上がり、激しいテクノミュージックが流れ始める。

 その選曲にフロアが沸き上がるも、その喧騒が不愉快で仕方がなかった。


「全員殺せばいい?」

「冗談よ、冗談。どうせもう店仕舞だから」


 次の選曲で最後の盛り上りを見せ、少ししてアナウンスが閉店間際であることを告げる。

 店内ルールが徹底されているようで、客たちは時計を気にしながら徐々に退店していった。


「……はぁ」

「あら、こういう街は嫌いかしら?」


 マクガレーノはグラスを二つ取り出して、宝石のようにカットされた氷を入れる。

 棚から一番高価なウイスキーを取って注ぐと、片方をクロガネの手前に置いた。


「……仕事の話をしたいんだけど」

「少しくらい羽目を外してもいいでしょ。いつも殺気立ってたら疲れるわよ」


 バーカウンターの照明を浴びて琥珀色に輝く。

 顔をしかめつつグラスを持ち上げてみると、光を反射して本物の宝石のような煌めきを見せた。


 併設されたバーにも拘りがあるのだろう。

 閉店後はフロアの照明が落とされて、仄暗い落ち着いた雰囲気のバーが出来上がる。


「仕事の話がない日だけ、夜間はバーとして営業してるのよ」


 クラブを夜通し解放し続けると、さすがに周辺地域の治安にも影響があるのだろう。

 バーとして開ける日の方が少ないようだったが、不定期な営業でも人気があるらしい。


 ほんのりと爽やかな柑橘類の香りがした。

 だが、それ以上にアルコールの匂いがキツく感じてしまう。


「クレムカーラのウイスキー。扱ってる中だと一番上等な代物よ」


 これと合うわよ、とチョコレートを皿に乗せて差し出される。

 彼女なりの持て成しなのだろう。

 馴れ合う必要はないが、無下に扱うほどの仲でもない。


 今後マクガレーノ商会を利用するのであれば、こういった面倒なやり取りは避けられないだろう。


「……っ」


 グラスを傾けて、少しだけ口に含む。


 飲めなくはない。

 だが味覚に訴えかけてくるのはアルコールばかりで、その奥にあるはずの深い味わいには届きそうになかった。


 チョコレートを一欠片、口に放り込んで誤魔化す。

 対面では、マクガレーノが慣れた様子でウイスキーを楽しんでいた。


「それで、どんな用件かしら?」

「武器が欲しい」


 刃物や銃火器、その他にも便利なものがあれば好ましい。

 そういった物の売り買いに関して、商会という看板を掲げている彼女より適任者はいないだろう。


「クロガネちゃんなら不要……と、いうわけでもなさそうね」


 対魔女戦闘はマクガレーノ自身も心得がある。

 実際に部下を率いて無法魔女アウトローを捕獲し、無力化した上で娼館に並べていたのだ。


 魔女の力は絶対ではない。

 入念に下準備を行えば、その能力を封じた上で捕らえることだってできてしまう。

 魔法省以外にもそれを可能とする組織は存在している。


「うーん、戦慄級のアナタでも警戒するような相手……組織かしら。そういうのなら任せてちょうだい」


 マクガレーノはバーカウンターの奥にあるドアを開け、クロガネを招き入れる。

 この先はシンジケートとしての"商売"の場だ。

File:クラブ・マクガレーノ


パレシア四番街にある巨大な娯楽施設。

クラブ内にはバーと遊技場を併設しており、新規オープンして間もないが非常に人気がある施設になっている。

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