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104話

 一通りの情報共有を終えた後、通信士オペレーターはモニターに地図を映し出す。

 その横には、海辺にある高級レストランの画像が表示されていた。


「次の仕事場所だ。他の客に紛れて、ボスの警護をしてほしい」

「……ここで?」


 見晴らしの良いオープンテラスになっている。

 テラスの三方は海に囲まれており、離れた場所には高層ビルが立ち並んでいる。


「ジセル商業区のシンジケート『レモラ商会』の会長――ドンマリオ・レモラとの会食だ」


 小太りの中年男の写真が映し出される。

 こちらに友好的な組織のようで、密輸ルートの一端を担っているらしい。


「かなりデカイ取引の話らしいけど……何でこんな時期に」


 通信士オペレーターは首を傾げる。

 オーレアム・トリアとの抗争中に、こうして暗殺のリスクを抱えるような行動に疑問を抱いていた。


 クロガネが予め頼んでおいた"エサ"を用意したのだろう。

 全面戦争を始める前に、組織内部の大掃除から始めなければならない。


 そうなれば、内通者疑惑のある人物を連れ出すはずだ。


「アダムの側には誰が?」

「幹部が二人待機することになってる……っと、こいつらだ」


 映し出されたのは、屈強な青年と年老いた男の二人だ。


「こっちの若いのはハーシュ・レーマン。主に荒事担当」


 プロフィールには修めた格闘術がズラリと並んでいる。

 対人間に限れば護衛役としても最適だろう。


 幹部構成員の中では最も日が浅い。

 腕っ節を評価されて招き入れられたようだが、それ以上の繋がりはない。


「こっちの爺さんがモルド・アーベンス。元経済学者で、今は組織の財務担当」


 紳士然とした老人だ。

 温厚そうな笑みを浮かべているように見えて、眼鏡の奥に潜んだ眼光は鋭い。


 組織内でもかなり古株のようで、多くの仕事を任されているようだった。

 その能力はアダムからも高く評価されているらしい。


「……」


 プロフィールを眺めるだけでは、さすがにどちらが怪しいかなど判断が付かない。

 そもそも二人のどちらかが内通者とも限らず、逆に両方とも内通者である可能性も有り得てしまう。


 ガレット・デ・ロワの細かな動向を把握できる立場にいて、その上で、裏切りの可能性があるとアダムに判断された人物なのだろう。


 彼の観察眼は侮れない。

 両方の動きに注意を払う必要がある。


「その幹部に会うことは?」

「アーベンスの爺さんなら屋敷内にいるはずだが……何か用事か?」

「武器が欲しい」


 魔法に左右されない戦闘能力が必要だ。

 大口径の銃でも鋭利なナイフでも、機動試験の際に扱い方を叩き込まれている。


「どうだろうな。会うことはできても、さすがに即日で取引するほどの信用は得られないかもしれない」

「……なら、今日はいい」


 他を当たるしかないだろう。

 武器の流通に絡んでいるような人物は……と、考えたところで一人思い浮かぶ人物がいた。


 早い内に手に馴染ませておいた方がいい。

 一先ず今日の用件は終わったため、クロガネは退室しようと背を向ける。


「あ、えっと……もう帰るのか?」


 そわそわした様子で通信士オペレーターが呼び止める。

 物欲しそうに「もう少しいてもいいんじゃないか?」と、顔を赤らめながら。

 

「当日の段取りはメッセージで送って」

「……了解。夜までに詳細を伝える」


 通信士オペレーターは残念そうに肩を落としつつ、エナジードリンクを片手に仕事に戻った。



   ◆◇◆◇◆



 フィルツェ商業区を一度離れ、電車に揺られ移動する。

 魔法工学技術を基にしているという点で元の世界とは異なった物だが、近未来的な外見を無視すればシステム面は変わりないらしい。


 随分と発達した世界だ……と、クロガネは改めて実感する。


 科学技術には大きな差がない。

 街並みを眺めても、携帯型通信端末やコンピューターは不思議なくらいに似通った形をしている。


 同様に召喚された人間がいるのだろう。

 戦闘用に仕上げられたクロガネと違って、知識を得るためだけの存在として。


 可能性は十分にある。

 実験のためであれば非人道的な行為を厭わないのが、この世界の上層部だ。

 統一政府カリギュラを始め、魔法省もCEMケムも歪な秩序のために動いている。


「……」


 電車内のディスプレイに魔法省の放送が流れ始めた。


『皆様ごきげんよう。魔法省公共放送です』


 現れたのは、眼鏡を掛けた背の高い女性――ヘクセラ・アーティミス。

 魔法省長官の肩書きを持つ、公安組織のトップとして君臨する存在だ。


 強硬派として知られ、魔女の名簿登録政策を極端に推し進めている。

 彼女が長官の席に着いてから無法魔女アウトローの数は凄まじい勢いで減少しているという。


 内容の殆どは広告染みた大衆向けの話題だった。

 尤もらしい綺麗事を並べ立てているだけで、耳障りで仕方がない。


『魔女名簿登録を推し進めるにあたって、人権侵害では……などという声もありますが』


 画面にグラフを表示させる。

 そこに示されているのは、無法魔女アウトローによる凶悪犯罪件数の推移だ。


『このように、魔女の管理を徹底することで凶悪犯罪の件数が大きく減少しております』


 名簿登録を終えた魔女は魔法省によって完全に管理される。

 それだけでなく、秩序維持のため戦力として駆り出されるようになるのだ。


 既に強大な権力と軍事力を保有している世界上層部に対して、反抗してまで無法魔女アウトローとして活動する者は多くない。

 映像内では、推定魔女人口の八割が登録管理されているとヘクセラが自慢げに語っていた。


 このまま強硬の姿勢を保っていれば、限りなく百パーセントに近い数値で魔女を管理することになるだろう。

 保有戦力に戦慄級も含まれている時点で下位等級の魔女に勝ち目はない。


「本気でディストピア化を推し進めているらしいな。っと、横に失礼」


 隣の座席にフードを深々と被った少女が腰掛ける。

 見覚えのある褐色の魔女――情報屋のけむりだ。


「……何の用?」

「最近、無法魔女アウトロー同士で寄り集まるようになってきてるんだ。あんたもどうかと思って」


 差し出されたのは黒いカード――堕の円環ディプラヴィアという組織の名が記されていた。


「公安の力が強まってる中で、無法魔女アウトロー側にも対抗する組織が生まれたんだ」


 汚れ仕事をする際は敵対せず。

 魔法省等の動向は会員に逐次連絡が入り、有事の際は互いの身を守るために力を振るう組織らしい。


「勧誘のために接触してきたの?」

「戦慄級を迎え入れられたら、こっちとしても頼もしいからな」


 クロガネは訝しむように烟を見つめる。

 技量を評価されているらしいが、その必死な様子から堕の円環ディプラヴィア側の戦力に疑問が残る。


「総数は?」

「できたばかりの組織だけど……もうすぐ百を越えるところだ」


 それ自体は賢明な判断だろう。

 たとえ玉石混淆だとしても、無法魔女アウトローが数を集めることには大きな価値が生まれる。


 魔法省の強みは"数"だ。

 対魔武器と連携によって魔女を封じ込めるための術を得ている。

 野良の無法魔女アウトロー一人だけであれば、それこそMED圏内に追い込めば容易に捕らえられるだろう。


「名前を書いてくれるだけでいい。定期的に有益な情報も流れてくるだろうし」

「必要ない」


 カードを突き返し、クロガネは立ち上がる。

 ちょうど目的地に電車が到着したところだった。


「な、なんでだよ? 加入するデメリットなんて――」

「そのうち暴走するんじゃない? テロとかさ」


 降車して、振り返らずに歩き進む。

 堕の円環ディプラヴィアに在籍するメリットは大きいだろうが、そもそもが現状の体制に反発するような者が集まっている組織なのだ。


 いずれ打倒公安を掲げて暴れだすかもしれない。

 そうなった際、当然ながらメンバーは戦力としてカウントされることになるだろう。

 敵対するほどではないが、自由を奪われることも好きではない。


 完全管理された社会を作り出すために魔法省――或いは、その上で統一政府カリギュラが指揮を執って世の中が突き進んでいる。

 同時に生まれた堕の円環ディプラヴィアという勢力は、確実に大きな事件の火種となることだろう。


 それに、クロガネにとって同業者は獲物になり得る。

 強大な魔女ほど力を高めることに繋がるのだから、不要な繋がりまで抱える必要はないだろう。

File:堕の円環ディプラヴィア-page1


結成されたばかりの互助組織。

無法魔女アウトローたちが寄り集まって、現在は主に魔法省による名簿登録の強制やCEMケムの検体回収から逃れることを目的としている。

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