103話
――ガレット・デ・ロワ本拠地、応接室。
豪華な木製の椅子にアダムが寛いでいた。
その対面三メートルほどの距離にクロガネが立ち、間には三人の魔女が転がされていた。
「おぉ、そろそろ手慣れてきたか?」
工場周辺を警備させられていた無法魔女たちを見下ろしながら、アダムは嬉々と笑う。
拷問に掛ければ、さぞ素晴らしい情報を吐いてくれることだろう……と。
念のためMEDを取り付けてあるものの、彼には必要のない代物だろう。
この期に及んで、無謀な抵抗を試みる者はさすがにいなかった。
「引き抜いた無法魔女を纏めて処分しようとしてた」
「らしいな。口封じしたいことがあったんだろうが……」
アダムが腰を持ち上げ、銃を片手にゆっくりと無法魔女たちに歩み寄る。
三人は猿轡をされた口からもごもごと、必死に何かを乞うように呻いていた。
「一番の雑魚はどいつだ?」
問い掛けられ、クロガネは左端の一人を蹴って転がす。
直後に銃声が室内に響いた。
転がった薬莢に刻まれた文字は――対魔弾『EM-9』
量産された低級の対魔弾だが、身動きを封じられた咎人級を射殺するには十分な威力があった。
残された二人は、絶望で声を出すこともできなくなってしまう。
「ちっとは頭ぁ冷えたか? なぁ――」
裏切り者の扱いはこんなものでいい。
アダムの表情は、敵組織に対するものよりも遥かに残酷に見える。
既に無価値な存在にしか見えていないのだ。
持っている情報を吐かせて処分するだけ。
それ以外の選択肢は無い。
残りの二人は、ちょうど工場の目の前で戦った咎人級『九音』と愚者級『影濊』だ。
揃って顔を青ざめさせていて、反抗の意思は微塵も感じられない。
「こいつらは何をしてた?」
「工場の見張り。けど、もう撤収した場所だったみたい」
無意味に見張りだけさせられていたらしい。
もしクロガネが手を出さなかったとして、予定通りゲーアノートによって処分されていただけだろう。
「おぉ、用済みってワケか」
可哀想になぁ、と魔女たちの顔を覗き込む。
元よりアダムは、彼女たちを雇うために破格の報酬を出していたのだ。
それを上回る金額を提示する組織など考え難く、ガレット・デ・ロワから引き抜いた後も契約を続けるとは初めから思っていなかった。
「見え透いたエサに釣られるような愚図じゃ、その時点で無惨な末路しかねえってわけだ」
アダムに処分されるか、或いはゲーアノートに処分されるかの違いでしかない。
殺すことのみを目的としているだけ、まだ後者の方が苦痛を感じないマシな死に方で済んだかもしれない。
「どうせ最後なんだ。精々楽しんでいけよ。なぁ、おい?」
銃口を強く押し付けながら笑う。
相手を恐怖で支配する、大悪党の本性が垣間見えていた。
◆◇◆◇◆
「よっ、ボスは随分ご機嫌だったみたいだな」
通信士が呆れた様子で尋ねる。
拷問の一部始終はカメラ越しにモニターしているため、その内容は全て把握している。
「愚者級の魔女すら怯えてたよ」
「あの顔を見たら、誰だって逆らおうなんて気は起きなくなるよなぁ……」
敵を前にしたアダムは極めて残忍な顔を見せる。
周辺地域を縄張りにしているシンジケートも、表立って反抗の意思を見せるようなことはしないほどだ。
「オーレアム・トリアは?」
「ありゃ別だよ。何が背後に付いてたら、ボスを敵に回そうなんて思い付くのやら」
汗でピタリと張り付いたタンクトップの襟元を引きつつ、冷蔵庫からエナジードリンクを二本取り出す。
「ほら、スカッとしていきなよ」
投げ渡された缶をキャッチすると、プルタブを持ち上げて口元に運ぶ。
甘ったるい炭酸飲料だったが、一仕事終えた後で飲むには丁度良いかもしれない。
ラベルには『ブレインブースター』の文字。
考えることは人間も魔女も変わらないのだろうと嘆息しつつ、味は悪くない……ともう一口飲む。
よほどこのエナジードリンクが好きなのだろう。
通信士のデスクには缶が大量に放置されていた。
「片付けくらいしたら?」
「失礼な。これでも毎日掃除してるんだが」
そう言いつつも、デスクに放置されている缶は二十本ほどある。
今日だけで飲むような量には思えない。
「……全部飲んだの?」
「この糖分補給が良い仕事に繋がるんだよ」
カロリーは気にならないのだろうか……と、通信士の体を見つめる。
肉付きは良いが、適度な運動もしているらしく意外と引き締まっているようだった。
「んー? なんかやらしい視線を感じるんだが」
通信士は体を見せつけるように椅子の背に凭れる。
下着も付けていないようで、タンクトップの下で豊満な胸が弛む。
機器類の熱で火照った体には汗が伝う。
挑発的で自信満々な表情も相まって、意識すると途端に"欲求"が込み上げてきた。
魔女相手ではないため、魔力を奪うという普段のもっともらしい理由付けもない。
だというのに、なぜだか惹かれるものを感じてしまう。
歩み寄ると、通信士が再び挑発するように笑みを見せる。
「そういうの興味ある年頃だもんな。けど、無節操なことは――」
「――ねえ」
遮るように声を掛けて顔を近付ける。
返事を待たずとも、強く押し付けた手には通信士の鼓動の高鳴りが伝わってきた。
エナジードリンクだけでなく、普段の食事も甘いものばかり摂っていたのだろう。
首筋に顔を埋めると、彼女は恥じらうように顔を背けた。
「と、年下に攻められる趣味は……んむっ!?」
手に持っていた飲みかけのエナジードリンクを口元に押し付け、そのまま流し込んでいく。
間接キスだ――などと考えさせる暇も与えず、今度は強引に舌を捩じ込む。
手で押し返して抵抗しようとするも、当然ながら魔女相手に力で敵うはずもない。
好き放題に口内を舐られて体が熱を帯びていく。
押さえ付けられて逃げ場がない状態で、息苦しそうに「んぅっ……」と声を漏らしながら身を捩らせている。
密着していると、部屋の暑さもあって頭がくらくらするほどの熱を感じてしまう。
夢中になってキス以外のことは何も考えられなくなっていた。
初めは抵抗していた通信士も、いつの間にかその手をクロガネの背に回していた。
迎えるように舌を絡ませて、目をとろんとさせながら行為を受け入れていた。
「……ぷはっ」
十分に楽しんでからキスを終える。
顔を離すと、通信士は乱れた呼吸のまま脱力する。
「これ、おいしかったよ」
クロガネはエナジードリンクの空き缶をデスクに置く。
挑発されたから乗っただけで、悪いことをしたつもりはない。
「……負けだ、からかって悪かったよ」
そう言って、冷蔵庫から追加でエナジードリンクを取り出す。
体を冷やすはずだったというのに、かえって余計な汗をかいてしまった。
「まだ飲むの?」
「この一本に関してだけは、あたしのせいじゃない」
じと目で睨み返すも、顔を見ていると先ほどのキスを思い出してしまう。
通信士は慌てて視線を逸らすと、火照った体を冷ますように一気に飲み干した。
File:ブレインブースター
通信士が好んで飲む250mlのエナジードリンク。
自販機限定のため、下っ端に小遣い稼ぎとして買い集めさせている。