100話
「……あぁ、そういうこと」
クロガネは納得したようにエーゲリッヒ・ブライの召喚を解除する。
以前CEMの研究施設でユーガスマと遭遇した時、彼の視界では今のように見えていたのだろう。
元の技量があって、さらに洞察力も優れているのだ。
埋めようのない実力差を感じてしまうのは仕方がないだろう。
『途中まで手抜いてたな?』
通信士は嘆息しつつ、回収班に再び座標を送信する。
特に廃ビルの狙撃手は重要な情報を持っているかもしれない……と、期待した直後。
「……ッ!?」
廃ビルの方から轟音が響き、クロガネは即座に振り返る。
そして、目の前の光景に絶句する。
『……口封じか』
通信士が呟く。
元から爆薬を仕込んでいたらしい。
一階部分が爆発の衝撃で崩れ、建物の重量に耐えきれなくなって真下に潰れるように崩壊していく。
口封じだけでなく罠としての意味もあったのだろう。
「回収班は?」
『まだ突入前だ……っと、一先ず退避したらしい』
味方に被害はない。
無法魔女だけでも回収できれば依頼不達成にはならないだろう。
クロガネは周囲をより精密な『探知』で探る。
近くに爆発物は仕掛けられていないようだったが、最大限の警戒をすべきだろう。
どうやら、相手は仕事のためなら手段を選ばないらしい。
――ヴィタ・プロージット。
アダムが忠告するほどの戦争屋。
構成員の各々が今のような動きを取れるとすれば、一瞬でも隙を見せれば足元を掬われかねない。
『あんたはどうする?』
「工場を探る」
ここで怯めば相手の思惑通りになってしまう。
リスクを承知の上で、こちら側からも脅威だと示す必要がある。
『危険すぎる。何が出るか分からない』
「"舐められたら終いだ"って、アダムから教わらなかった?」
クロガネは手早く工場の座標情報を送信する。
内部にはエーテル遮断室が幾つか配置されており、三等市民居住区には似つかわしくない。
ひっそりと後ろめたいものを生産しているのだろう。
周囲に生命反応は見られない。
エーテル遮断室を除いて『探知』に不自然な穴も見当たらなかった。
それでも警戒を怠らず、工場の敷地内に侵入する。
先ほどまでの戦闘で作業員は逃げ出して、放棄された製造ラインだけが残されていた。
電源が落とされて薄暗い。
案内標示もないため、クロガネはエーテル遮断室に向けて足を進めることにした。
どうやら薬品類の製造工場のようで、停止されているレーンには制作途中の液薬が置いてあった。
近付いてビンを手に取り――『解析』を発動する。
「通信士、ここはマギブースターの製造工場みたい」
製造拠点を一ヵ所だけに集中させてはいないだろう。
とはいえ、オーレアム・トリアの資金源を一つ潰せるのであれば収穫としては上々だ。
重要なデータだけ回収して、残りの薬品類は回収班に任せればいい……と、考えていたが。
「……通信士?」
返答がない。
工場内の通信環境が悪いというわけでもなく――。
「――ッ」
後方から銃声が響き――クロガネは身を揺らして躱す。
即座にエーゲリッヒ・ブライを構えて振り向く。
「……アレを躱すのか」
ロングコートを着た男が立っている。
工場内は暗く、顔がはっきりと見えない。
銃声と同時にMED装置を起動させたらしく、周囲には強力な擬似反魔力が展開されていた。
「この程度で抑えられるとでも?」
性能は高いがクロガネの魔力を抑え込むには不足している。
最低限の魔法が使える状態であれば、対人間で苦戦するようなこともない。
クロガネは銃口を突き付けて引き金に指を掛ける。
だが、男は肩を竦める。
「やめた方がいい。ここはとっくに地雷原だ」
その言葉を証明するように、視界に微かな異変があった。
静電気のようなちらつきが断続的に発生している。
この空間に何かを仕込んでいるのだろう。
即座に『解析』を使おうとして――。
「ッ――!?」
第六感が激しく警鐘を鳴らす。
咄嗟に飛び退くと、直後に激しい紫電が走り――爆発が起きた。
「警告したんだがな。ここで力は使えない」
魔法に頼ることは許されない。
男は嘆息しつつ、手に持った銃をクロガネに向ける。
「だが、銃火器は使える――」
銃声が二度響く。
容赦無く撃ち出された弾丸は脳天、心臓――各急所を狙い打つような軌道を描いていた。
音と同時に身を低くして躱し、クロガネは近くにあった椅子を蹴り上げる。
「調子に乗らないで――」
再度蹴り付けて男の方に椅子を飛ばす。
男は面倒そうに椅子を躱し、即座に徒手空拳の構えを取る。
椅子を影にして肉迫していたクロガネが回し蹴りを放つ。
だが、渾身の力を込めた一撃を男は腕で受け止めた。
「悪くない判断だ」
「――ッ!?」
魔力を持たないはずの人間が蹴りを受け止めるなどあり得ない。
ユーガスマのような例外もいるが、彼も改造手術によって魔力を手にしている。
目の前の男からは一切の魔力が感じられない。
このまま得体の知れない相手に付き合っているのは危険だ。
即座に距離を取り、男の動きを観察する。
近接格闘に心得があるのだろう。
僅かな隙を利用してナイフを取り出していた。
視界に映るちらつきが消えない。
魔法行使の際に放電現象が引き起こされる――対魔女においてこれほど適した罠はないだろう。
魔女さえも狩ってしまう戦争屋。
アダムから忠告を受けた、その組織の名は――。
「――ヴィタ・プロージット」
呟くと、男は笑みを浮かべる。
そうして一歩前に踏み出したことで、窓から差し込む光によって顔が明らかになった。
――三白眼の殺し屋。
クロガネは周囲に最大限の警戒をしつつ、目の前の男と対峙する。
この空間にいては『探知』さえ使うことは許されない。
もし他にも敵が潜んでいるのであれば、これほど厄介な状況はないだろう。
素の身体能力では魔女に分がある。
だが、銃火器によって武装した殺し屋集団を相手に、素手だけでどこまで戦えるのか。
孤立させるため、工場内で妨害電波を発しているのだろう。
依然として通信士と連絡が付かなかった。
File:煌反応スモッグ
エーテルの動きを感知すると放電する『変性エレクトロン』微粒子と、一定以上の電流によって爆発する『メタモガス』を組み合わせた特殊な気体。
フラッシュオーバーを引き起こすため、魔法に限らず魔法工学技術を利用した装置等の使用も制限されてしまう。