表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

ついてないメリーさん

作者: 神通百力

 私はバッグから電話帳を取り出して開くと、スマホに適当な番号を入力し、電話をかけた。プルルルと呼び出し音が聞こえるが、相手はなかなか出てくれなかった。

 私は早く出やがれと思いながら、タバコに火をつけて思いっきり吸った。息とともに煙を吐き出した瞬間、呼び出し音が止まった。ようやく出てくれたか。

「私、メリーさん。今、プラチナリスマンション近くの公園にいるの」

『なんじゃって? もう一度言ってくれんかの? 耳が遠くなってよく聞こえんのじゃ』

 まさかの老人だった。電話帳には神谷(かみや)アリスと記載されていたし、てっきり二十代の若者かと思っていた。

「コホン……私、メリーさん! 今、プラチナリスマンション近くの公園にいるの!」

 私は老人に聞こえるように、スマホの通話口に向かって大声を出した。子供を優しそうな顔で見守っていたお母さん方が鬼のような形相で睨み付けてきた。大声出してごめんなさいと内心で謝った。

『メリ……なんじゃって? すまぬが日本語で喋ってくれんかの』

 日本語で喋ってたんですけど。もしやこの老人はカタカナが苦手なのだろうか。きっとそうなのだろう。

「お時間を取らせてごめんなさい。お大事に。さよなら」

 私は老人の家に行くのは諦めて通話を切った。もう一度電話帳を開いてスマホに番号を入力して電話をかける。相手はすぐに出た。電話帳によると、この相手はさっきの老人の隣の部屋に住んでいるようだった。名前は氷川和也(ひかわかずや)というらしい。

「私、メリーさん。今、プラチナリスマンション近くの公園にいるの」

『メリー? プラチナリスマンション近くの公園やと? ふざけてんのか? イタズラ電話なら承知せんぞ、クソビッチが!』

 氷川は怒鳴り声をあげて通話を切った。そんなにキレられるようなことをしたつもりはないが。もしかしたら何かをしていて、それを邪魔されたから怒ったのかもしれない。

 だとしたら私に非があるが、クソビッチはいただけない。なにせ私はクソでもビッチでもないのだから。そう私は処女なのだ。

 私をクソビッチ呼ばわりした奴を許してなるものか。怖そうな人だったが、私は人間を恐れない。……ちょっとちびったけど。

 私は軽く深呼吸すると、プラチナリスマンションのロビーに瞬間移動した。私にとって瞬間移動など朝飯前だ。朝飯食べたけど。

 スマホを取り出すと、氷川にもう一度かけた。今度はすぐには出なかった。待っている間にタバコを吸おうと取り出したが、壁に『ロビーは禁煙』と書かれた紙が張ってあるのに気付いて止めた。タバコをポケットに戻したところで呼び出し音が止まった。

「私、メリーさん。今、プラチナリスマンションのロビーにいるの」

『た、助けてくれ! こ、殺される!』

 氷川の緊迫した声が聞こえて私は固まった。殺されるだって? 何を言っているんだ?

『た、助け……うっ』

 氷川は助けを求める最中でうめき声をあげた。氷川の声に混じって女の悲鳴が聞こえる。いったい電話の向こうで何が起きているのだろうか?

 スマホからはもう何の音も聞こえなかった。ただ静寂だけがスマホの向こう側を支配していた。しばらく呆然と立ち尽くしていたが、私はため息をつくと、スマホを閉じてポケットに仕舞った。スマホの時計は午後三時を示していた。

 助けを求められた以上、行かないわけにはいかなかった。もう手遅れかもしれないが。

 私は意を決して氷川の部屋に瞬間移動した。目に飛び込んできたのはフローリングに転がる男女の全裸遺体だった。辺りを見回すと、どうやら台所のようだった。リビングではテレビがニュース番組を映し、ここ最近、空き巣が多発しているとキャスターが言っていた。

 遺体の側には包丁を握り締めた老人が立っていた。遺体の男と顔立ちが似ている。この老人は氷川の母親だと見て間違いないだろう。女の方は全裸という点を考慮すると、氷川の恋人に違いない。フローリングに散乱した衣服には血痕の類は見当たらないし、二人とも刺された時は全裸だったと思われる。

 老人は氷川をじっと凝視したまま動かなかった。私の存在にまったく気付いていないようだった。突っ立ったままの老人を観察する。右目の下には青痰ができていた。もしかしたら体中にも青痰があるかもしれない。この老人が氷川に日常的に暴力を受けていたとしたら、それが殺人の動機ということも考えられる。女はたまたま氷川と一緒だったから巻き添えを食らったのかもしれない。

 不意に老人の視線が動いて私の姿を捉えた。あまり驚いている様子はなかった。すでに私の存在に気付いていたのだろうか。

「そこのお嬢さんや、どうやってこの部屋に入ったんじゃ? 鍵は閉めたはずなんじゃがの」

 老人の声と喋り方には聞き覚えがあった。ちょっと記憶を辿ってみると、すぐに思い出した。私が最初に電話をかけた相手だ。名前は確か神谷アリスだったはずだ。

「申し訳ないですが、その方法は言えません。それより先程電話をさせていただいた者ですが、覚えていますか? メリーと言います」

「メリー? そういえばそんな人と電話で話した気もするの。私は氷川光子(みつこ)じゃ」

 氷川光子だって? 私は驚いたが、考えてみれば当然だった。顔立ちを見れば老人と遺体の男が親子なのは一目瞭然だ。男が氷川和也である以上、老人の名字も離婚しない限りは氷川のはずだ。

 では神谷アリスとはいったい誰なんだ? まさかフローリングに転がっている女が神谷アリスなのだろうか? 見たところ二十代の若者だ。最初に神谷アリスの名前を見た時、二十代の若者と思ったのだ。

「……氷川光子さん、フローリングに転がっている二人はいったい?」

「息子の和也と恋人の神谷アリスじゃ」

 やはりフローリングに転がっている女が神谷アリスだったのか。だとすると何故、私が電話をかけた時、老人は神谷アリスの部屋にいたのだろうか。

 その理由は分からないが、老人が神谷アリスの部屋を訪れた時に私がタイミングよく電話をかけたのだろう。その時、神谷アリスは氷川の部屋で愛し合っていていなかった。だから老人が電話に出たのだ。

 私との通話を終えた後に老人は息子の部屋を訪れて愛し合っている最中の氷川と神谷アリスに襲い掛かり、殺害したといったところだろうか。

「えっと……間違ってたら申し訳ないですが、その目の下の青痰は息子さんに殴られたのではないですか?」

「お嬢さんの言うとおり、息子に殴られてできた傷じゃ。お嬢さんにこんなことを言っても仕方ないんじゃが、息子は私をストレス発散の道具にしていての」

「それに耐えられなくなって息子さんを殺したんですね? でも息子さんの恋人まで殺す必要はなかったんじゃないんですか? まあ、息子さんを殺すところを見られてるわけですし、口封じでしょうけど」

「恋人? お嬢さんは何か勘違いをしているようじゃな。息子に恋人はおらんよ」

 老人は怪訝な表情を浮かべて呟いた。怪訝な表情を浮かべたいのは私の方だった。恋人でないなら、どうしてこの部屋で氷川は神谷アリスと愛し合っていたんだ? それとも愛し合っていると思ったのは私の勘違いなのだろうか? いや、待てよ。

「さっき息子の和也と恋人の神谷アリスとおっしゃいませんでしたか?」

「確かに言ったが、それは私の恋人という意味じゃ」

 なんと神谷アリスは老人の恋人だったのか。道理で『その』とは言わなかったわけだ。もし氷川の恋人ならば『息子の和也とその恋人の神谷アリス』という風に言っただろう。その時点で神谷アリスは老人の恋人と気付くべきだった。自分の恋人だったから老人は神谷アリスの部屋にいたんだ。問題は殺人の動機だ。恋人の神谷アリスが氷川と全裸でこの部屋にいた以上、殺人の動機は暴力じゃないかもしれない。

「えっと、よろしければ息子さんと恋人を殺した理由を教えていただけませんか?」

「そうじゃな。別に教えても問題なかろう。お嬢さんは普通じゃない気がするからの。遺体を見ても驚いた様子を見せんかったし」

 確かに私は普通ではない。人間とは異なる存在の上に、私の手は穢れている。私は泣く子も黙るメリーさんなのだ。……ちょっと調子に乗ったかも。

「警察に通報しないと約束してくれるならじゃがな」

「通報するわけないじゃないですか。その代わりあなたの命は貰いますがね。まあ、本当はあなたの息子さんを殺すつもりでしたが、もう死んでしまいましたからね」

 電話をかけた相手を殺す。それが私の存在意義だが、最初にかけた部屋の住人の神谷アリスもこの部屋の住人の氷川和也も手を下す前に殺害された。となると部屋の住人ではないが、電話を受けた老人に死んでもらうしかない。

「私の命を? まぁ、アリスも息子もいないし、この世に未練はないがの。警察に逮捕されて刑務所で過ごすよりもお嬢さんに殺された方がマシかもしれんな」

「一瞬であの世に送ってあげますので、安心してください。それで殺害の動機は何でしょうか」

「ありふれた動機じゃが、要はアリスが私を裏切って浮気したことが許せなかったんじゃ。ましてその相手が息子となると尚更の。だからアリスを殺したんじゃ。まあ、息子を殺すつもりはなかったがの」

「と言いますと?」

「アリスと寝た息子も許せなかったが、肉親だからの。殺すつもりはなかった。アリスは恋人じゃが、言ってしまえば他人じゃ。殺すならアリスだけと決めておった。ところが息子は私の邪魔をし、アリス殺害を阻止しようとしてきたんじゃ。仕方なく先に邪魔な息子を殺したというわけじゃよ」

 なるほど、巻き込まれたのは神谷アリスではなく、氷川和也の方だったのか。確かに老人の言うように動機はありふれたものだが、世の中の殺人というのはだいたいそんなものだろう。

「では約束通りあなたには死んでもらいます」

 私は老人に近付こうとした。その瞬間、老人はベランダに向かって駆け出した。老人の思いもよらない行動に私は咄嗟に動くことができなかった。

 老人は窓を開けてベランダに出ると、なんの躊躇いもなく飛び降りた。慌ててベランダに駆け寄るも、時すでに遅く、老人は大の字でアスファルトに突っ伏し、頭から血を流して死んでいた。

「……くそっ」

 私は思わず悪態をついた。老人を自らの手で殺せなかったのが悔しい。殺したかったのに老人は自ら命を断ってしまった。今日はまだ1人も殺せていない。こんなことになるなら、会話なんかせずにさっさと殺すべきだった。

 私は深くため息を吐くと、気を取り直してスマホを取り出した。電話帳を開いて番号を入力しようとしたが、充電が僅かしかなかった。スマホの充電器は持ってきていなかった。

「ちっ」

 私は舌打ちし、今日は諦めて帰宅することにした。腹立たしい思いで自宅に瞬間移動した私は目を見開いた。

 部屋が荒らされていた。タンスの引き出しはすべて開けられ、服が散乱している。慌てて引き出しを確認すると、貴金属や通帳がなくなっていた。そういえば氷川の部屋に瞬間移動した時、テレビはニュース番組を映していてキャスターが空き巣が多発していると言っていたのを思い出した。

「はぁ……今日はついてないな」

 私はため息を吐きながら、スマホを充電した後、警察に通報した。

感想頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] クスッと笑える所もあって、面白かったです。  老人の恋人が神谷アリスだったのはびっくりしました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ