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 異世界の、あの王国。

 その王の脳の中に、有無をいわさず閉じ込められていた七年間。

 俺はその間、自分とよく似た名をもつ王の頭の中でずっとずっともがきつづけていた。

 昼間はずっと、その見知らぬ北の王が俺の体を支配して思い通りに動かしている。何をどうやっても、その分厚くて柔らかい変な「(おり)」から逃げ出すことはできなかった。

 どんなに泣き叫んでも、(わめ)いても。

 でも深夜、その王が眠りにつくと、俺にとってやっと自分の体を自由にできる時間が生まれた。


 あの時、見知らぬ世界でたったひとりで見上げていた奇妙な夜空。

 空のなかに巨大な星がぬうっと大きな顔を出し、夜空とは思えないほど様々な色がちりばめられたマーブル模様を描いていた、あの夜空。


「さ、さた……け」


 本格的に足をふらつかせて、俺は佐竹の肩にすがりついた。佐竹がすぐに体を抱き留めてくれる。


「どうした、内藤」

「い、いや……ちょっと」


 いまのお前の言葉で昔のあの悪夢を思い出したからだなんて、やっぱり言えない。

 あの孤独で、なんの希望も救いもなかった七年間。

 俺はいままで、敢えてあれをまとも思い出そうなんてしなかった。だけどもちろん、夢の中ではそうはいかなかった。俺はしばしばあの世界での夢を見て、汗びっしょりになって自分のベッドで飛び起きた。何度も、何度も。

 「早く目を覚まさなくちゃ。だって夢なんだから」って必死で焦れば焦るほど、なかなか目を覚ますことができなくて。

 そんなときは、「ほんとうに全部が夢だったんじゃないか」という恐怖が俺をつかんで放さなくなってしまう。


 佐竹が不思議な異世界の装束を着て俺を助けにきてくれたことも。

 長年の(いさか)いでいがみあっていた北の国と南の国が、俺と佐竹が仲介することで話し合いをし、和平協定を結んだことも。

 その後、ようやくこっちの世界にふたりして戻って来られたことも。

 それからその後、とうとうこいつとこういう関係になれたことすら──。


 これが、こっちのほうが夢だったらどうしよう。

 目が覚めたら俺はまた、あの王の脳の中に閉じ込められていて。気味の悪い老人の宰相が、薄笑いを浮かべながら夜ごとに変な薬を飲ませてくる。

 それで、いつまで待っても佐竹はやって来ない。

 この王が勝手に俺の体を使い、ずっと頭の中に閉じ込められる。あの《鎧》を操作して老人になり、やがて死んで墓に葬られるまで。

 ひどい悪夢。

 だけど、それが現実であったとしてもなんの不思議もなかったことだ。

 こいつが、ああして助けにきてくれていなければ。


「どうした、内藤。しっかりしろ」


 肩をゆさぶられて、俺はようやく目を上げた。

 高熱が出た人みたいにずっと体が震えっぱなしで、もう佐竹の体にかじりつくみたいにして。俺はまた、ぼろぼろと涙を零して嗚咽していた。

 佐竹が俺を抱く手にさらに力がこもった。


「すまない。余計なことを言った」

 言ってぎゅっと唇を噛んでいる。こいつの低く掠れた声は、本気で反省している証拠だ。すでに見慣れた眉間に刻まれた皺だけで、ひどく自分を責めているのがわかる。

「……ちがう。ごめん……ちょっと、変なことを思い出して」

 震えさせたくなんかないのに、俺の声はみっともなくよじれている。

「本当にすまない。……許してくれ」


 両腕でしっかり抱きしめられて、やっとほうっと息がつけた。

 いつもこうだった。佐竹と同じ家に暮らすようになってからも、俺は何度かあの夢を見た。でも隣にこいつがいるとわかった途端、こいつに抱きしめられているだけで全然ちがった。ふっと体の力がぬけ、楽になってまた眠れたんだ。

 佐竹は俺の様子に敏感で、起こすまいと思ってどんなにそっと寝返りをうっても必ず目を覚ましてしまう。そうやって、俺の状態をいつも確認してくれてきた。申し訳ないと思いながらも、俺はそれに甘えてきたんだろうと思う。


 そうだ。この手がある。俺にはこの手が。

 今の俺には、こいつの手がちゃんとあるんだ。

 だけどこいつは、たぶんわかっていない。

 俺がどんなにこいつに感謝していて、それでどんなにこいつのことが好きか。

 たぶん俺は、こいつが思っているよりもずっとずっとこいつが好きだ。


「佐竹。もっと……もっと、ぎゅーって抱きしめて」


 佐竹が黙ったまま、求めた通りにさらにしっかりと抱きしめてくれる。俺も佐竹の背中に腕を回して、負けないぐらいに抱きしめ返した。


 俺たちはしばらくそうやってお互いの体を抱きしめながらじっとしていた。

 ぎらつくような星空が、山の中にいるちっぽけな俺たちを黙ってじっと見つめていた。


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