分岐してゆく道
炎の夜。目の前は真っ赤で己の身も赤く染っている。そんな現実を受け入れてもなお、琴上仁は立ち上がり二つの影に自らの意志を訴え続ける。
「なぜ裏切った!!!兄貴!!」
仁が問いかけると二人のうち一人、琴上義、仁の兄にあたる人物が口を開く。
「私はただ彼女に惹かれた、それだけだ。」
彼は言いながら自らの傍らに立つ形容できないほど美しい女性に目を向け優しく微笑む。
「落ちぶれたな兄貴・・・。」
仁は怒りの眼差しを実の兄に向けていた。一族を根絶やしにされた怒り。そしてその原因は傍らに立つ妖怪、九尾であるということから妖怪への価値観の変貌。
「それはお前も同じであろう?」
嘲笑うかのように身に覚えのない戯言を、唐突に口にする義に、ただただ怒りと憎悪の感情を爆発させる仁。
「貴様などと同じにするな!!」
荒ぶった感情がそのまま口に出る。
「まあ、今はそれで良いがな。お前にこいつを預けてやる。お前の信念とやらが正しいか私が判断してやるよ。」
義は言うと抱えていた赤ん坊と呼んでいいのかわからない、それを仁に投げ渡す。
「この子はっ!?」
なんなのか分からないが、仁はそれを受け止めなければならないと本能に指示され、それを受け取る。だが、その醜い姿に疑問を口にする以外のことは出来なかった。その疑問を予想していたのか、義は瞬時に答える。
「ああ。半妖、私の子だ。正しい人間とやらに育て、お前の娘と結ばせれば良い。さすれば世界は救われる。」
「俺の娘?なにを馬鹿なことを言ってやがる!!俺に娘などおらぬわ!」
まただ。またである。仁に身に覚えのない事を言う義に対して苛立ちと、なにかの恐怖に襲われる。
「帰ればわかるさ。ま、お前にそこまでは求めておらぬし、さすがのお主も手を引くだろ。」
「ふざけんな!なにもわからない!!俺の話を聞きやがれ!!」
「散々聞いたでは無いか。私は九尾と共にこの世界を、人間を滅ぼす。」
「貴様も人間だろ!!死ぬ気なのか!」
「アホか。お前。私と戦って気づかぬか?私はとうに人間を捨てている。私の子がそこまで弱っているのは妖怪を滅ぼす力と妖怪を繁栄させる力が備わっているからだ。そして人の体を持ちながら妖怪としての力が、器を占めている。いずれそいつは自我を失い、この世を滅ぼすだろうな。だが、少し醜いだろ?そんなやり方。自我がなけりゃ、こっちとしても扱いづらい。だからお前に預けてやるのさ。」
「・・・本当に腐ったみてえだな。義。仮にも自分の子を道具扱いか。いいだろう。俺がこいつを一人前の人間の霊能者にしてやる!!そして俺たち人間が貴様たち妖怪を滅ぼす!!」
「ククク、その信念は真か?それでは何か?お前は大切な人を守れぬぞ。ククク、ハッハッハ、。おもしろい、いいだろう。お前が苦しむ様を見てやろうではないか!!その覚悟気に入った!人間として育てて見よ!!いずれ準備が出来次第、迎えに行こう。」
目を閉じるといつもあの光景が浮かぶ。仁は目を開き目の前の座敷童子に話を続ける。
「・・・あれから何年経ったか奴は一向に姿を見せなかったが、座敷の話を聞いて確信した。九尾が動いた。そしてオロチも、最悪なことに鬼までもな。てっきり恭が狙いだと思っていたんだかな。確かに力のコントロールはジンの方が上だ。血は弱まっていると思っていたが那月の力がむしろ九尾を人間として適応させてしまうとは・・・。どちらにせよ二人のうちどちらかが向こうに行けば人間は完全に敗北する。」
「天狗が動かない今、九尾を止めるのはオロチ、だがジンにはオロチ殺しの才がある。ということだな。」
「まあな。それだけではなく、鬼の抑止としても天狗はなる。鬼と天狗は祖先を同じにする原始の妖怪、スサノオ神の猛気によって生み出された存在だ。とある神が天を邪魔したことによる悪意が形となった存在、鬼。神として奉られるような山を統べる妖怪、天狗。どちらも人間を語る上で必要とされる存在、それだけチカラを有する。ワシらでは決して届かない存在。」
「人の悪意を妖怪化させる起源になった鬼、人の信仰を受け人々に恩恵を与え自然を発展させてきた天狗。なぜ、天狗は鬼を止めない?」
「できないんじゃよ。人の信仰が時代と共に薄れ、衰退した。今では一部の地域の信仰のみだ。後継者となるような天狗も生まれなくなった原因の一つじゃな。」
「人間らしい。悪意は増殖し世界を滅ぼす危機にまで進んでいるにもかかわらず清き心は消えていく。自然な流れなのかもしれないね。」
「そうなのかもしれない。九尾は元来、神獣、人を滅ぼそうとはしない。やつもまた人間による悪意に呪われた一人なのかもしれぬな。」
「そればっかりは私にもわからないね。強大な力を持つものにしか成せない義務を見いだせるものでなければね。」
「まあそうじゃな。座敷、二人は任せるぞ。果伊菜は相変わらず力を拒絶している。ワシの責任とはいえな。きっと恭は詩歌が育てればよかったんじゃろうな。そして果伊菜はワシが。なぜ、話し合おうとはしなかったんだろうな。」
「・・・それがお前たち琴上の人間だからだ。」
「そう・・・じゃな。」
皮肉を含めた座敷童子の返しを仁はそのまま受け入れ、話はそこで終わった。
雪娘との戦いから1ヶ月ほど経っていた。ジンは力の暴走と精神的ショックから眠ったまま。鈴蘭は体の傷は癒えたが自分の中に芽生えた負の感情に意識を何度も持っていかれそうになっていた。あの日のことを思い出す度に恐怖に苛まれ頭にノイズが走る。そんな毎日の繰り返しだ。鈴蘭は思い出す。あのなにかの声を。
『その言葉に嘘はないんだね。苦しいよ、きっと。』
そう体の痛みなんかじゃない。心の痛みのことを言っていたのだ。
鈴蘭には見えていた。意識を持っていかれる度に見えていた。自分の家がどういう一族なのか。悲しい記憶の連鎖。すべて仕方のなかったことなのに未だにこの世界は惨劇を繰り返す、そんなどこかの誰かの記憶が今の鈴蘭にはひたすら流れ続けていた。
「妖怪を殺すっ!っ!?違う、ちがうちがうちがう!!妖怪はみんなやさし、ぐっ、な、なら人間を、ゆるすなっ、ぜったいにっ!!琴上を根絶やしにしろっ!!あはっ!あははははははははっ!!」
「鈴蘭っ!!」
狂ったように笑う鈴蘭を強く抱きしめる果伊菜。鈴蘭は今先祖達の亡霊に呪われているのだ。終わらない悪夢の中もがき続けているのだ。そういった事情をなにひとつ知らない果伊菜、いや知っているが忘れてしまっている果伊菜にもなにかしら影響を与えたのか一部の記憶を取り戻し今何をすべきかを自分に問いかける。
「っ!お母さんね、よく分からないよ。でもね、あなたが辛くなってるのは私のせいだって知ってる。昔私が逃げたからだって、しってる。今の私にはこんなことしかできないけど、きっとお父さんが何とかしてくれるからね。だからね鈴蘭、今はゆっくり眠って。」
刹那。果伊菜の全身は優しく輝きだし鈴蘭の心を癒すかのように白い光が鈴蘭の全身を包み込み鈴蘭の意識を支配している先祖の亡霊を追い払う。
鈴蘭はそれからしばらくの間深い眠りについたのであった。
「・・・・・・。ここどこだ?俺どうなったんだっけ?」
目が覚めるとジンは見知らぬ空間にいた。暗く寒いなにも光の存在しない世界。
「・・・・・・あぁ。そうか。俺は───────」
暗闇の中自分の体を触ると毛並みがあり、しっぽがあり、耳は鋭く伸びていた。
そして思い出す。そして否定する。
「んなわけ、ねーだろっ!!」
辺り一面にジンの声は響き渡る。
「俺はっ!!俺はあっ!!人間だァああああ!!」
そうやって何度も何度も叫ぶがただ声が響くだけだった。
「な、んだよ、これ。俺は人間だろ?」
誰に問うわけでもなくひたすらに呟くしか今のジンには出来なかった。やがてジンはあることを決意したのであった。
次の瞬間目が覚めるとジンは見知った天井を目にして安堵する。ジンもまた自分が妖怪であったという事実によるショックから深い眠りについていたのだ。ゆっくりと状態を起こし自分の体を確かめるように触る。
「・・・はは。ほらな。俺は人間だ。」
狂ったように小声で何度もそのことを呟き続ける。
「・・・ジンくん?」
「・・・・・・はは。・・・え?」
鈴蘭は恐怖に満ちた瞳でジンを見つめている。
あまりの恐怖からかジンはすぐ傍に鈴蘭がいた事にまったく気がついていなかったのだ。
「・・・やめろ。俺をそんな目で見つめるな。」
ボソボソと呟くジン。明らかに正常ではないその様子に鈴蘭は数日前の自分と重なる。
刹那。鈴蘭の意識に別の何かが介入する。そして頭にノイズが走る。呼び起こされる記憶。鈴蘭は気が付くとその場をあとにしていた。
「・・・気持ち悪い」
鈴蘭はそう吐き捨てジンの傍からいなくなったのであった。
「俺が?俺が・・・妖怪だからか?」
一人取り残された部屋でジンは涙を零していた。
だがその場には初めから鈴蘭はいない。そんなこと今のジンには分かるはずもなかった。全てジンの行動なのだ。だが今のジンには目の前で起きているかのように感じられていた。
それから一週間が過ぎた頃、夏休みはとっくに終わり学校に行かなければならない。しかし、ジンはひたすら妖怪退治をしていた。
普段は静かで物音一つしない小さな森。だがそこに憎悪に満ちた声を上げる少年がいた。
「・・・1296、1297、足りない。こんなんじゃあああっ!!」
デタラメに力を使い妖怪を退治し続ける。ここに住む妖怪は人間に干渉しない無害な妖怪達でただ平穏に暮らしていた。だが、そんな妖怪をも今のジンには悪魔としてしか認識できなかったのだ。
その姿はもはや人と呼んでいいのだろうか。
もはや戦う気力のない妖怪を刀で刺し続ける。
ジンは血だけになりながら笑っていた。
「はは。俺は人間だ。」
その姿は常軌を逸していた。
そう、ジンは人であり続けるために、琴上人という人間であり続けるために妖怪を全て敵に回したのであった。ジンもまた先代の琴上一族の呪いに縛れてしまったのだ。
『妖怪はみんな敵だ。すべて殺せ。』
今のジンを動かす衝動はただそれだけだった。
そこに救いの手が差し伸べられようとしていた。
「・・・見事なもんだねえ。さすが妖怪だ。でもだからこそ君には消えてもらわないとね。オロチとして、そしてジン。お前の親友として。」
そこに現れたのは一人の少年。ジンの親友、野村海であった。
「・・・カイなのか?おまえ、また大蛇につかれたのか。忘れたのかよ。俺はオロチ殺しの一族だぞ。」
ジンは怖かった。目に入る全てが。カイの不器用な救済の意味も今の彼には伝わることは無い。
「だから言ってんだよ。わかれよ。狂っちまって余計馬鹿になったのか?お前のその力が覚醒した今均衡が崩れるって言ってんだ。」
だが、カイは伝われなくてもいいと思った。救えればそれでいいと。嫌われてもいいと。ただ、間違いをおかして欲しくなかった。今なら救えるとカイは考えたのだ。
「なんだお前、何言ってんだ。大蛇じゃない、お前カイなのか?なんで、お前が俺を・・・」
そして歯車は狂い始める。
「お前が力の使い方を間違えてるからだよ!!」
カイは瞳を赤く染めオロチの力をその身に宿す。
「くっ!そうかよ、おまえもかよ!お前も俺をそういう目で見るんだなっ!!だったらお前ごとオロチを殺してやるっ!!妖怪は皆殺しだぁあああああああっ!!」
ジンも全身に霊力を集中させる。
二つの力がぶつかり合い閃光を放つ。
「お前が正気に戻れば!!この世界はそれで平和なんだよ!!」
「なにいってるかわかんねーんだよ!!」
「くっそ!!説明しても今のお前じゃ伝われねえーって言ってんだ!!」
「だったら俺は!俺のやることは変わらない!!」
「いい加減、正気に戻りやがれ!!」
カイの強烈な一撃がジンに直撃しジンは体をのけぞらせる。
「オロチのぶんざいでぇええええええっ!!」
懐にしまっていた刀でカイの身体に斬撃を与える。
刹那。ジンの体に違和感が生じる。
「・・・俺は何をしてる?」
「やっと正気に戻りやがったか、ジン、おかえり。」
優しく微笑むカイ。力尽きたかのようにその場に倒れる。
ジンは硬直して動けなくなっていた。カイの体から見たこともないような大量の血が流れている。
「なんで、カイが血まみれで・・・俺はなにを」
記憶が蘇る。
全て自分がやった事だと。
「あぁ、あああああっ!!」
悲しみから自我を保てなくなりジンはその身を妖怪に変えていた。
「おめでとう。新たな妖怪の誕生だ。久しぶりだねえ、ジン。」
拍手とともにそこに自分の父親そっくりな顔色の悪い男が立っていた。
「だ、れ?」
「琴上義。そう言えば伝わるかな?」
「なにが、おこって・・・」
「ああ。まだ気がついてなかったのか。お前精神操作受けてたんだよ。雪娘に妖怪の力解放してもらったでしょ。その時に心折れるようにちょっと細工したんだよ。雪娘が死んだ時に心ぶっ壊れるようにさ。お前の母親、妖怪を操る力あったからさ。そうでもしないといずれ人間として力をコントロールしちゃうかなってさ。」
「カイは?な、なんで?」
「お前を人間に戻るようにさ。」
「だって、カイは妖怪に憑かれて」
「はは。お前本当になにも教えられていないんだな。まあそうなるようにしたんだけどね。オロチは人間を守る妖怪だよ?ただ裏切るものも存在する。それを制御するのが琴上寺さ。琴上寺が制御の効かない妖怪になればオロチの一族も均衡を保てなくなる、そしてそれが九尾ならなおさらさ。九尾と大蛇は敵対してきた。お前の存在が明るみになるのを避けることで争いは起きなかったんだ。だが、お前は知らないうちに九尾の力を使ってしまった。これ以上悪化しないようにそいつは止めに来たんだよ。」
「じゃあなんで俺らは妖怪を殺して・・・」
「表向きは悪事を働くから。でも本当は違う。琴上寺は妖怪を憎んでいる。ただそれだけだ。全ての妖怪を淘汰するのが悲願なんだよ。そして最終的にオロチさえも手にかける、そういう一族なのさ。だから俺は琴上寺の面倒なジジィ共を焼き払った。俺は妖怪を愛しているからだ。人間が存在しなければ妖怪は悪事を働かない。真実を知れば妖怪は協力し人間を滅ぼす。そう信じたからだ。」
「・・・よくわかんねえよ。でもただ一つだけわかる。俺はアンタらの理想のために親友を手にかけたんだな。」
「まあそういうことになるな。」
「・・・きっとどっちも争ってるうちはなにも正しくねえよ。俺には何が正しいかなんて分からない、でも今俺はアンタをぶっ倒さなきゃ気がすまねえ!!」
「いいのか?お前は妖怪だ。決して人間にはなれない。」
「・・・よくわかんねえって言ってるだろ。ただ俺は人間でありたい。間違っててもこれまで通りにやる。俺が人であるために!!」
ジンは心を落ち着かせ姿を人の姿に戻す。
「愚かな。」
全力の一撃を義に与えるがその一撃は届くことは無かった。
ジンはその場に倒れる。
「お前の主張など通るわけなかろう。お前はこの世界を終わらせるために生まれてきたのだ。その力で妖怪を導くためにな。」
刹那。義の足を倒れていたカイが掴む。
「っ!?なんだ!!まだ生きてたのか!!」
「そう簡単に死ぬかよ。俺は人間を守るためにここにいる。」
その瞳は真っ直ぐで強い決意が感じられる。そこに少年の影は見られない。
「アホな妖怪だな。聞いていただろう。オロチ。」
「ああ。そんな話とっくの昔に知ってるさ。」
瞳の色がカイの色から赤く染まりオロチのモノへと変わる。
そのまま立ち上がり片手で義を吹き飛ばす。
「妖怪たちは人間に酷いことをしてきた。恨まれて当然さ。お前のやった行いだって、妖怪への憎悪にしかならなかったはずだ。思い出せよ人間。あの日の弟の瞳を!!」
「っ!だまれ。あいつもいずれわかるさ!!」
「貴様も九尾に唆された人間のひとりなんだよ。お前ら力のあるものたちが事態を悪化させ子供たちの未来を書き換えているとしれ。私も一族を未だに統率できずにいる。お前ら人間と同じだ。だからこそ私はひとの味方なのだ。・・・そして人間の敵でもあるのさ。」
ボソッと最後にオロチは口にしてしばらく感傷に浸る。
「なあ。聞こえてるか?・・・ジン。俺は・・・・・・」
オロチはジンに向かって何かを口ずさむがそれは発せられることは無い。
刹那。オロチは後ろから奇襲されその場に倒れる。
「なにを戸惑っている。お主は私と契約したはずだ。人間を滅ぼすと。そうであろう?義。」
「九尾・・・。」
「たとえ間違えていてももう後には引けぬよ。」
九尾は悲しげに呟いた。
「ジンくんがおかしいって本当なの!?」
「こんな大雨の中さすがに嘘つかないわよ!たぶんカイが止めにはいってるから大丈夫だと思うけど!」
大雨の中鈴蘭とモモコは森の中を走っていた。
鈴蘭はあれから眠ったままだったがなにかに引き寄せられるかのように目を覚まし外を歩いていると偶然にもモモコと出会い、ジンがずっと学校に来ておらずカイが探しに行ってるという話聞き二人もジンが目撃された森に向かっていた。
しばらく走り続けているとふたつの人影とジンとカイが傷だらけで倒れているのが目に入る。
「っ!?なんでこんなことに・・・」
「・・・・・・っ、ごめん。」
「なんでモモコちゃんが謝るの?」
「わたしなら・・・止められた。」
「どういう・・・いやそれより二人を手当しないと!!」
「安心しろ。鈴蘭。二人とも意識を失っているだけだ。」
人影のうち一人が低く渋い声で鈴蘭に話しかける。
「え?なんで私の名前・・・」
「さあな。」
その返答に驚いたのかもう一人の人影が大きな声を上げる。
「えー教えないの!?このままじゃオジサンただの変出者みたいになっちゃうよ?それもロリコンの!そして厨二病こじらせてる的な!ただの怪しい人じゃんか!」
「うるさいな、黙ってろ、俺だって照れくさいんだよ。それに今は必要ないって言ったろ。」
二人ともフードを深く被っており素顔を見ることは叶わない。
分かるとすれば一人は三十代頃の男性でもう一人はまだ幼さを感じる女の子であることだ。中学生ぐらいだろうか。
「まあそれでいいならいいけどさ。変態オジサン。」
「変態は余計だ。さっさと鈴蘭に説明して帰るぞ。」
呆れたようになにかを説明するように促す。
「あっそうだね!・・・鈴蘭ちゃん!5年くらいは妖怪の力封印しといたからさ。鬼が意識乗っ取ることもないよ!あとね、三大妖怪も!」
「・・・・・・え?」
「ごめんね!説明できないんだ!でもね!この五年で覚悟を決めて欲しいの。そして力も。とくにそこにいるモモコちゃんには覚悟が必要みたいだね。まあ今日のことで反省してるみたいだけどね。あっ!話が逸れちゃったね。とにかくそういうことだから、色々調べたり考えたりしろってことだよ!ぜーんぶ、解決したらまた会おうね!!あっこれぐらいならいいかな?」
話していると男は次第にその場から離れていきそれに気づくと少女は急いで話を切りあげる。思いついたかのように駆けながら少女はフードを脱ぎサラサラした黄金に輝く自身の髪と水晶のように煌めく水色の瞳を露わにする。
「私、百合野莉理。リリっていうの。将来貴方の力になるって約束するからね!ばいばーい!」
なぜだろうか。風のごとく現れて適当に話しているのになぜかその最後の一言を聞いた時異様な雰囲気の変化と子供らしい顔から大人っぽく悲しげな表情へと変わった様子を見た途端説得力が増しすべて現実のように鈴蘭は感じてしまった。そして全てを彼らは知っているのだと確信して質問せずにはいられなかった。
「・・・百合野って・・・ちょっと待ってよ!全然わかんないって!」
急いで声をかけるが少女は振り返り優しく微笑みその場を後にした。
「きっとみんな同じだよ。たぶん、だからこそ心の準備をしておけってことだよ。私も自分と向き合わないとね。」
「私は・・・人間も妖怪も」
決意を表明しようとした際その言葉はジンによって遮られる。
「・・・できねえってそんなの。」
「・・・え?」
「俺は悪いけどお前の意見には賛成しない。俺は人間だから。」
「なら俺はお前を止める。」
「すきにしろ。」
「・・・みんなこれまで通りにはいかないようね。でも私は鈴蘭、あんたの力になれるよ。きっとね。」
「・・・せっかくみんな仲良くなれたのにみんなどうしちゃったの!!」
「今更なに、綺麗事言ってんだ。この世界はもう妖怪か人間かどちらかしかねえんだよ。それに・・・鈴蘭俺の事・・・いやもういいや。とりあえず帰るよ。」
「・・・・・・・・・・・」
ひとり取り残された鈴蘭は混乱しその場に崩れ落ちたのであった。
「待ってよ。ジンくん。」
鈴蘭はそれを言葉にするしか無かった。今のジンは自分勝手すぎる。どうせ終わってしまうのなら。
「・・・・・・なんだよ。」
壊れてしまえばいい。
「あなたこそ、人間だなんて言えるの?私達の家はあなた達の一族に燃やされた。知ってるでしょ?あなたも見えたはずだよね。」
鈴蘭の瞳に亡霊の影はない。鈴蘭は亡霊の呪いに囚われてはいない。そして鈴蘭は亡霊たちの嘆きを目にしてもなお考え方が変わることは無かったのだ。それはつまり尚のこと決意は強くなっていることを表していた。
「・・・妖怪の味方なんかするからだろ。燃やされて当然だ。」
吐き捨てるかのように間違っていると分かっていてもジンは言葉を辞めることは出来ない。ジンの心はとうに壊れてしまっている。
「・・・鈴蘭?どうしたの?落ち着いてよ!!」
なにかおかしい。そう感じたモモコは止めに入る。
「あなたの一族はっ!!人間も妖怪も燃やしてきたっ!!」
鈴蘭のその目は憎悪の固まりそのものだった。そうジンの言っていることは矛盾している。ジンだけではない。琴上寺の考え方に酷く怒りを感じているのだ。そしてジンはそういう人間ではないと心の底から信じているから、鈴蘭は説得するの諦めない。
「お前ら一族が居なきゃこっちだってそんなことせずにすんだんだ!!」
だがそんな思いは届かない。なぜならジンと鈴蘭とで意見の食い違いが生まれているからだ。ジンは自分が間違えていると知っている。でも、間違えずにはいられないのだ。
「お、おい!!落ち着けって!」
カイも止めに入る。妖怪の力が封じられている今争っている場合ではないと確信しているからだ。そしてなによりカイにとって今のジンは違和感しか残らない。精神操作も亡霊による呪いも解けているはずなのになぜこんな言動を口にしているのか分からないのだ。
「俺に触るなっ!!お前も妖怪の味方をするんだったよな?だったらここでさっきの続きしようじゃねえか!!」
ジンは止めに入ったカイの手を勢いよく払い除け怒号を上げる。
その言葉にカイはイラつきを隠せなかった。
「てめえ・・・オロチの話忘れたのかよ!!」
刹那。カイの中でとてつもない違和感が迸る。なぜか。なぜかカイはジンにイラついていた。なにかを失ってる気がする。そして誰かの頑張りをジンは無きものにしている。そう感じずにはいられなかった。オロチのことについてあまりにも鮮明に理解していてなぜか恐怖を感じる。自分は一体何者なのか一瞬分からなくなって戸惑うがそんな戸惑いはジンの言葉によって掻き消される。
「聞いてたさ。でもな!妖怪はみんな裏切るんだよ!俺はこの一週間見て来たんだ!妖怪に裏切られ殺されてきた俺たち琴上寺の人間をっ!俺は決めたんだ!!どんなやつであろうと妖怪の味方をするなら俺がみんな殺しやるっ!!」
琴上寺の亡霊に取り憑かれた際自らに湧き上がった感情。人間らしくてたまらかった。自分は琴上寺の人間で妖怪を滅ぼし人間を救う。ジンにあるのはそれだけだった。それしかなかった。人間であるためにはそうするしかないのだ。
「あんたさ、ただ人間でいたいだけっしょ。」
「っ!?」
見透かされた。モモコのその一言にジンは絶句した。
「図星でしょ?この場であんただけだよ。自分のことしか考えてない奴って。」
正論だった。でも。
「ちが、俺はただ・・・もういいよ。」
ジンは黙った。だが、それから話すことは無かった。
ザーッと雨の音が鳴り響く。
雨は次第に強くなっていく。
ただそれだけだった。
それぞれに何かを考え口にしようとはするもののそれは空となる。
何故だろうか。こんな時に限って楽しかったあの日々を思い出す。
何故だろうか。今はただ頬に水が流れていくだけだった。
どこまでも。どこまでも。先祖達の魂は醜く、少年少女たちの心をどこまでも汚していく。
降るしきる雨の中ただ後悔だけがその場に残っていた。
雨がやみ水たまりが残るその場所にはもう影はひとつも残っていなかった。
そして四人は小学校卒業をし中学を卒業しそれから一度も一言も四人で言葉を交わすことは無かった。
鈴蘭たちの道はその日分岐した。
そしてあれからちょうど五年。
鈴蘭は高校生になっていた───────
目の前には復活した複数の妖怪に取り憑かれた人間。
その姿に過去の自分、ジンが重なる。
「私はもう、ただみてるだけじゃない、今度こそ救ってみせる!!」
手を妖怪に向け翳し意識を集中させる。
「離れろっ!!!」
目の前の妖怪から人間を切り離すことに成功する。
「やった!できた!」
切り離すことに成功し安堵する鈴蘭。しかしその一瞬の隙をついて鈴蘭に黒い影が襲いかかる。
鈴蘭はあっけなく吹き飛ばされ身動きが取れなくなる。
「っ!?くっそ!!油断した!!やっぱり、私じゃ・・・」
妖怪の耳障りな笑い声が鈴蘭の耳の奥に響く。
「あなたも・・・悪意に取り憑かれてるだけなんだよね!わたしが、私が!救ってあげるからね!!」
しかしそんな鈴蘭の想いは妖怪には届かず妖怪は鈴蘭の喉を閉めていた。気が付くと助けたはずの人間もどこかに逃げていた。
「な・・・なんで、私はただ、助けたいだけなのに」
ああ。ここで終わってしまうのだろうか。
やはりジンの言っていた事は正しかったのだろうか。
いや、やはり鈴蘭にはそうは思えなかった。
だが、このままでは確実に死んでしまう。
「あ、・・・あぁ。いつもだったら・・・いつもだったら、前までだったら、た、たすけに、来てくれたのになぁ」
刹那。目の前にいた妖怪は姿を消していた。
「・・・・・・だから言ったろ。偽善だって、綺麗事だって。」
代わりに目の前には一人の青年が見慣れた刀を持って立っていた。
「・・・・・・じ、ジンくん・・・?」
まだきっとあの日のまま。何も変わっていない。ただいっぱい考えていっぱい調べてきたことは事実だ。
だから。
まだ分岐したままだったこの道がいつか交差できる日だって来るはずだ。
長い時間をかけてやっと動き出したのだから。
そう鈴蘭は感じずにはいられなかった。なぜなら振り返ったジンの悲しげな瞳はあの日と何も変わっていなかったからだ。
───────今度こそ、あなたを救ってみせる。




