EXTRA4 守り続ける理由
うちの学校は中高一貫。
生徒会に属していた俺は新入生の入学式に参加していた。
そこで見た新入生。
あれは確かに鈴蘭さんそっくりだった。
調べたところによると名前は織 果伊菜。
偽名だろうか。
当たり前だ。名前を変えなければ、あのばあさんに殺される。
でも霊力を極限まで押さえ込んでいる。
一体どういうことだろうか。
普通に生活している。鈴蘭さんは、何を考えている。
つけるか。俺には真意を確かめる義務がある。
そして何より、力になりたい。
「そこまでっすよ。先輩。」
「これ以上はダメです。お帰りください。」
目の前に現れたのは、うちの中学の制服を着る男女2名。
片方の男子は花をつけているため、新入生。もう1人は中等部2年の玉緒月花。
よく粗暴な態度をとるため教職員に叱責されている生徒のひとりだ。
俺も何度か目にしている。
「ヤンチャな娘さんと気弱そうな新入生さんがどのようなご要件で?」
俺は平然と対応した。
この辺の霊能者であれば、家を出た俺だって知っている。
つまりは、霊能者ではない。
「いや〜まさか、生徒会に幌先の家が混じってるとは思いませんでした。」
月花が口を開く。
「一応、名前よく出してるじゃないか。悲しいな。」
「いやいや、中学ですしね。高等部の生徒会なんて興味ないっすもん。」
明らかな嘘だ。
彼らは俺が今日動くと踏んでいた。入念に情報を仕入れている。
迂闊だった。まったく気がついていなかった。
「俺は鈴蘭さんに会って話しがしたいだけだ。君たちが思うようなマネはしない。」
「へえ。新しい切り口だ。でも、前例がありますから。」
気弱そうな少年が口を開く。見かけによらず、度胸があるようだ。
恐らく彼らは鈴蘭さんや彼女を守っている立場だ。
そしてもろもろの事情も知っている。
つまりは、これまで何とかやってきた可能性が高い。
パートナーの居ない俺では分が悪い。
「そこまでです。2人とも。彼は嘘を言っていませんよ。」
刹那。直観する。
「あっ、ああ。す、鈴蘭さん…!」
それに被さるように月花が口を開く。
「詩歌さん!危ないっすよ!」
詩歌…?
何となく、空気を読んだのか詩歌と呼ばられた女性はニコッと微笑む。
「色々と気になるでしょうけど、立ち話をしていて襲われたら!困ります。家へいらっしゃい?」
オレはお言葉に甘えることにした。
明らかに目の前にいる女性は鈴蘭さんのはずだ。
歳はとってしまったが、面影はある。何一つ変わらない優しい瞳。色素の薄い黒髪。
一体なにがあったって言うんだ。
家に着くとお茶を出され、話が始まる。
オレは促されるまま、席につく。
終始月花と陽太と名乗る少年に睨まれ続けているが、なんとかここまで来ることが出来た。
「先に話しておきましょう。…私、記憶がないんです。特に学生時代の記憶がポッカリないんです。」
「なっ!?」
それは俺たち一族にとっては最早答えであった。
「なんとなく、事情は把握しました。仕方のなかったことだと思います。」
「やっぱり、誰かに助けられたのね。私は。」
「そう解釈して問題ないです。」
「まあ、私の話はいいの。なんとなく、そんな気がしていたから。自分の身は自分で守ります。この歳にしてやりたいことも出来ましたし。」
詩歌は言いながら、少し年季が入ってきている不気味なタンスに手を添える。
「……」
オレは正直に言うと言葉を失っていた。それならば、俺が関わると問題が起きる。
そっと身を引くのが筋だと感じた。
もはや俺の知っている鈴蘭さんはもう死んだのだ。
目の前にいるのは織詩歌であり、霊能者として存在しつつ、普通の暮らしを手に入れたのだ。
だが。
「オレは貴方に夢を貰いました。何も出来なかった俺が希望を得たんです。それだけ、伝えさせてください。」
「そう。よかったわ。」
「オレはこれで失礼します。」
それだけは伝えたかった。
ここからはオレが、あの間違った家系を何とかするんだ。
同じことが起きないために。
「あの、難しいのは分かりますが、娘は普通の生活を望んでます。どうか、助けてやってください。」
「はい。もちろんです。」
俺はそのまま家を後にした。
帰宅中。
「よお。兄貴。ばあさんがお呼びだぜ?」
「わかった。」
もう嗅ぎつけたのか?
俺は出ていった本館にまた戻ってきた。
「久しぶりだな。栄介。単刀直入に言おう。月花・陽太、並びに詩歌、果伊菜を殺せ。…無理なら、私が殺すがな。せめても慈悲だ。」
「お言葉ですが、李夢様。詩歌に関しては記憶もございません。そして禁忌を使ったせいか、寿命も幾ばくもありません。残りの月花、陽太についても、鬼の力を分け与えられている存在です。無理に刺激せず、分配というかたちで問題ないかと。そして、娘ですが、記憶もなければ、ちからも使えません。放置して良いかと思います。」
俺は精一杯頭を使った。
年齢を重ね、冷静に対象できるようになったはずだ。
居心地の悪い静寂が続く。
「それは貴様が決めることではない。分かったら、下がれ。」
「はい、かしこまりました。」
ダメだったか。
「兄貴、驚いたぜ?珍しく冷静じゃねーか。」
部屋を後にした俺は弟の咲に絡まれていた。
「あの、月花と陽太だっけ。幌先や百合野の連中から霊力奪って、記憶を一時的に失わせているらしいぜ。結構あの、リム様が苦労してんのよ。ウケるよな?あはは。」
こいつはどうしてこんなにねじ曲がった性格をしているだろうか。
いつも熱くなって真っ当に抗議していたオレは叱られ、こいつはこの態度でのし上がって来た。
「あ、そうだ。兄貴。こいつ、オレのパートナー。可愛っしょ。小学生だってよ。なあ、リリ?」
紹介されて現れた少女は、瞳にひかりがさすことなく、まるでロボットのような感じだ。
感情を失っている。
きっとリムに怖い目に合わされたのだろう。
霊力がものすごく高い。
霊力は負の感情とリンクする。
それだけ、嫌なことを経験すれば強くなると言っていい。
「おにぃさんも、大切なものを守れない。あの人に殺される。逆らわない方が身のため。」
こいつは酷いな。
オレはリリに目線を合わせ、しゃがむ。
『だからって何もしなかったら、なにも守れない。俺は自分が間違ってるとは思わない。だから、せめて、自分のやれることはするよ。リリも、そうなんだろう?だったら、強くなるんだ。一緒に見返してやろう。』
俺はいつか貰ったその言葉を彼女に送る。
「んな事言っても。俺は命令に従うぜ。例え、兄貴相手でも。薫さんみたいにはなりたくないからね。」
「そうか。」
それから俺の果伊菜を守る物語が始まったんだ。
彼女は普通に生きようとしているんだ。
俺は一族なんてどうでもいい。
自分が正しいと思ったことをする。
それから色んなことがあった。
気がついたら、果伊菜の事を放って置けなくて。
普通に純粋に生きようとする彼女の力になりたくて。
幸せになろうとする人を邪魔することしか出来ない悲しい俺の家系。
命懸けで守った尊敬する人の為にも俺は守り続けるって決めた。
しばらくして子を授かった。
名前、そんなものは決めている。
彼女は幸せになるために生まれてきたんだ。
彼女が望むことなら、オレはなんだってやってやる。