vs 魔王軍四天王アリス
今日は久しぶりの休日だ。ウィッターは”狭いながらも楽しい我が家”で寛いでいた。
ウィッターには友達がいないわけ・・・ではないが、休日を一緒に過ごす仲の人間の友達はいない。
―――”人間の”というのは少し含みがあり、ウィッターはいつも野菜や果物に魔法をかけて会話をしている。
土の中で成長する野菜は、土の中の暮らしの話や収穫された後の景色について話してくれることが多い。
逆に林檎や蜜柑などの果物などは木の上にいるため、上から見下ろした景色の話をしてくれることが多い。
今日は人参と林檎に魔法をかけて話をしていた。
人参「ウィッター、俺は南の方で収穫されたんだ。来る途中は海の近くを通ってきたんだ。潮風が気持ちよかったぜ。」
林檎「私はずっと木の上から、愚民どもを見下ろしていたわ。肥料が足りないときは隣の林檎を落として、私が養分を独り占めしたから美味しくないわけがないわ」
さわやかな人参くんと、少しダークな林檎さんだった。
林檎「そういえば私の前に収穫された同期が、ローブを来た女性にもらわれていったわ。少し不気味だったわ」
人参「それって魔女じゃね?毒林檎にされたんだよ。ははっ」
林檎「五月蠅いわね。まぁ私には関係ないから、いいんだけど。本当に不気味だったわ。」
ウィッター「へー、どんな感じだったの?」
林檎「うーんとね。確かに人参が言うように、魔女っぽかったんだけど、それよりも林檎に対する愛情が異常というか、その林檎を食べるんじゃなくて、ペットのように可愛がってたわ。あまり上手く言えないんだけど、友達がいなさそうな感じの人だったね!」
ウィッターはその言葉を聞いて、心にグサッときた。
この林檎はさらに続けた。
林檎「だって人なのに林檎に対して、話しかけているのよ。『かわいいかわいい林檎ちゃん』とか話しかけているのよ。人は林檎を食べるんだから、食べ物として美味しいって言ってくれる方が嬉しいのに。」
ウィッターは少し正気にを取り戻し、一旦林檎には『そうだね』と伝え、精神衛生上の観点から、人参と林檎を元に戻した。
結局、最近の仕事の疲れは取れなかった。
そんな中、大隊長からテレパシーで連絡があった。
大隊長「大広場に魔王軍四天王の一人、魔女のアリスが出現したようだ。すまないが捜索してくれないか?私は、攻撃魔法以外は得意じゃないんだ。頼んだよ。」
ウィッター「わかりました。すぐに調べます。」
ウィッターは捜索用の魔法を唱える。
ウィッター「ググール!」
すぐに見つかった。性懲りもなく林檎を販売していて、販売している林檎はもれなく毒林檎になっているようだ。毒林檎を食べた人たちは、魔物になるか、魔物になれなかった人は死んでしまう。早く営業停止にしなくては。
外からカンカンと階段を登る音が聞こえた。
サーシャ「ウィッターくん、魔女を見つけたと大隊長から聞いたわ。すぐに出陣だ!」
戸を開けるとサーシャはいつもとは違う装いだった。
サーシャ「今回は潜入捜査だから私服で頼むよ。」
ウィッター「ぶつぶつ(・・・これじゃ休日出勤じゃないか)」
サーシャ「この国は私服なら業務じゃないんだ。早く着替えたまえ。」
ウィッター「ぶつぶつぶつ(とんだブラック国家である・・・)」
サーシャ「何か言いました?」
ウィッターは大人しく着替え、サーシャと一緒に街へ出た。
こうして、ウィッターの休日は魔王軍討伐の一日に変わってしまった。
◇ ◇ ◇
サーシャと一緒に現場に向かうと、複数の人間が既に魔物化していた。
元人間であった魔物達は人を襲い、既に何名かの犠牲が出ているようだ。
ウィッターは魔女アリスが売っていた林檎に魔法をかけ、しゃべれるようにした。すると、とても辛そうな声で話し始めた。
「私は由緒正しきブラウン産の林檎よ・・・とても美味しいから食べて・・・ねぇ食べて・・・食べ・・・」
とても不気味な声で、人を洗脳させるような魔力を感じた。
察するに林檎を買う気がない者は買うようになり、買った者は食べる気がなくとも、直ぐに口にしてしまう効果のある魔法をかけたのであろう。恐ろしい販売手法である。
だが魔物にはこの魔法の効果はなく、ウィッターの推測では、魔女アリスよりも強い魔力を持つ者にも効かない。
この毒林檎の魔力は魔物化した人間には届いていないことから、魔物化した人間には別の方法で指示を出しているようにウィッターは感じた。
ウィッターは魔女アリスが既にその場には見当たらず、”ググール”を使っても国内には見当たらないことから、魔物化した人間の指示元を追跡するために、自らその毒林檎を口にした。
ウィッターがどす黒い光に包まれた。
黒い光の中でアリスが現れ、ウィッターに話しかけてきた。
魔女アリス「よくここに来たわね。あなたは攻撃魔法が使えるようだから、魔法を教えてあげる。あの王女は氷の魔法に弱いから氷の魔法”テンペラトーラソルタ”を教えてあげるから倒しなさい。」
”テンペラトーラソルタ”は一撃で相手を氷結させる魔法であり、氷攻撃魔法の中でも上位魔法に当たる。
ウィッターはあたかも洗脳されたかのように装い、”テンペラトーラソルタ”を教えてもらうことにした。
それと共に魔女アリスの居場所の逆探知を始めた。
だがノイズが酷い・・・おそらく複数の拠点を経由して指示を与えているのであろう。
ウィッターの逆探知に魔女アリスも気づき始め、お互いに探り合いが始まった。
ウィッター「この魔力を増大させないと、彼女は倒せない。魔力増大させる方法も教えてほしい」
魔女アリス「魔力を増大化させなくても、あなたの魔力なら致命傷は無理でも、攻撃を封じることくらいはできるわ、その後は私か私の下部達が援護するから、あなたは私に言われた通り攻撃すればよいわ」
ウィッター「貴女や貴女の下部達の居場所は何処ですか?」
魔女アリス「それは教えられないわ(・・・さっきから探索しているようね)」
ウィッター「では探索の範囲を広げますね」
ウィッターは全世界に広がる探索魔法を唱えた。
ウィッター「ググール・ザ・ワールドワイド!!!」
数秒で魔女アリスの居場所と、その経由地を見つけたが、ウィッターの魔力を魔女アリスに逆探知された。
魔女アリス「凄い魔力ね・・・でも私の測定では、貴方の魔力は数万程度、到底私には敵わないわ」
ウィッターは逆探知された魔力から、魔女アリスの魔力を更に逆探知して割り出した。
―――確かに魔女アリスの魔力は私の数倍、10万程度であった。
魔女アリスは共に”リリース”のスキルを残している可能性があるため、現在の魔力は互いに探りあっていた中の数字だと思われる。
魔女アリスの魔力を正確に測定するために、ウィッターは逆探知の中から、魔女アリスに一番近い経由地を指定し、そこにテレポートした。
正確に測定し、大隊長に正確な情報を伝え、体制を立て直す必要があると考えたからである。
◇ ◇ ◇
テレポートで移動した先は古びた館で、魔物の声が聞こえる。
ウィッターは、他の魔物に気づかれないように数体の魔物を倒し、ブービートラップを仕掛けた。
ノイズが入りにくいところで逆探知を始めるが、ブービートラップが発動した・・・誰かが引っ掛かったようだ。
引っ掛かった者を確認すると魔女アリスの姿をしており、残念ながら無傷のようだった。
魔女アリスの姿を見て驚いたのは、魔力はさっきの10倍、100万程度存在する。ウィッターはさっき逆探知した魔女アリスはダミーで、実は経由地だと考えていたこの場所が本来の魔女アリスの居場所であると解釈した。
―――魔力の数字を見て、ウィッターは直ぐにテレポートで引き返そうとしたが、周りを取り囲むどす黒い霧がそれを遮った。同時にウィッターの魔力も全て持っていかれた。
魔女アリスの声が聞こえ、ウィッターは条件反射的に”リリース”のスキルを使った。
魔女アリスに場所を知られることになるが、魔力が底を尽いた状況で攻撃されれば即死もありうるため、致し方ない。
魔女アリス「おや、こんな所に居たのね」
案の定見つかってしまった。
ウィッター「ぶつぶつ」
魔女アリス「ん?」
ウィッター「ハートブリード!」
ウィッターは咄嗟に四天王の一人ガートを倒した時の魔法を唱えた。
魔女アリスは倒れた―――が、すぐに起き上がった。
確かに”ハートブリード”は魔女アリスに効果があった。
魔女アリス「先日ガートが何者かにやらていたのを見つけたわ。でも傷がなかったから、少し不思議に思っていたの・・・だって即死効果のある魔法は私達四天王には効かないから!」
魔女アリスは目の色を赤く染め、ウィッターの真上にテレポートして次の一言を発した。
魔女アリス「でも魔王様だけが使える”ハートブリード”だけは例外だった。貴方を直ぐに抹殺するつもりだったけど、魔王様だけが使える魔法が使える人間を無くすのは惜しいわ・・・私のところに来る?下部になるんだったら、今の待遇以上の待遇を保証するわ」
ウィッターは、その誘いに心はぐらついた。最近の国での待遇も頭に過ったからである。
ウィッターの中で0.5秒間の葛藤の中、一つの結論が出た。
―――この魔女を倒して下部にした後、この場所に私の城を建て、優雅に暮らすことだった。
ウィッター「お前の下部になる気はない!・・・ハートブリード!」
ウィッターの考えでは、アリスは複数の命を持っているか、彼女の”リリース”の能力が命を再生させているかのどちらかだ。
魔女アリスは倒れたが、また起き上がる。その過程において、魔力を感じないことから、後者の”リリース”のスキルであることが分かった。
”リリース”というスキルは、スキルを発動させた者の本来の力を解放する効果を持ち、一人1効果が原則だ。ウィッターの場合は魔力を回復させる効果があり、1日数回しか使えない。
その仮定の上で、ウィッターは”ハートブリード”を連発した。
その都度彼女は起き上がる・・・魔王軍四天王とはいえ、回数が無限ということではない。
ウィッターは別の視点で観察すると、一つの法則を見つけた。彼女の中に流れる魔力に変化がないことだ。
魔女アリス「私のスキルを知りたいのかしら・・・でも教えてあげないわ」
ウィッター「ぶつぶつ(大方、自分自身の時間を巻き戻すことだろう)」
彼女は自分自身が死ぬ前にリカバリーポイントを定め、死ぬ寸前にそのポイントに戻る。
それならリリース発動回数に制限があっても、リカバリーポイント時点の回数に戻る。
そしてリカバリーポイントは自分が死ぬ前の状態に自動でセットされている。
ウィッターは”リリース”を発動して魔力を回復し、全魔力を集中した。
ウィッターは更に別のスキルを密かに発動させた。
魔女アリス「即死効果の魔法なら効かないわ」
―――知っている。だから、即死効果はない魔法である。
ウィッター「テンペラトーラソルタ・ベレーノ!!!」
魔女アリスは氷結し、そして毒に犯された。
氷結効果は薄いが、少しずつ毒が彼女の体を蝕むのには十分な時間である。
バチ、バチ、バリーン!
魔女アリスは自力で氷から出てきた。予想より早くて、ウィッターは心配だった。
魔女アリス「こんな氷ぐらいじゃ生ぬるいわ、でも、ぐ・・・でも、き、気持ちいいぃぃぃ」
ウィッターは聞き間違えたのかと思った・・・でも毒効果は効いているようだ。
この毒、実はさっき毒林檎達が使っていた洗脳効果をベースにした毒だ。
ウィッターは”魔法を作り出すスキル”を発動し、氷攻撃魔法に毒効果を付与した。無論魔物には効かない制約を取り除く処理も施した。
ウィッター「ぶつぶつ(洗脳成功)」
ウィッターはとても嬉しそうだ。魔女アリスはこれまで幾多の人や魔物を洗脳して自分の都合のよいように利用していたが、これからは自分自身が洗脳された日々を送ることになる。
ウィッターは魔女アリスに2つの指示をした。1つは元人間の魔物を元に戻すこと、もう一つはこの瘴気を解いてもらうことだ。
ウィッターは人間に戻ったことと、瘴気がなくなったことを確認した上で、既に疲労困憊で寝たい気持ちが強かったため、テレポートで”狭いながらも楽しい我が家”に直帰し、直ぐに眠りについた。
―――何か忘れていたような気がする、そうサーシャを大広場に置いていきたような・・・。