First Morning 後編
お待たせしました。
「と言う訳で、ここに居る十二人が今期の新入り達だ。先輩風吹かしたい奴、将来に期待して恩を売っておきたい奴は、それ相応に面倒を見てやってくれ」
あの後、初期ランク試験の時にも居たグラハムを筆頭に、数名の教導官達が仕切る形で、新人達は食堂の壁際に整列させられた。そして、居合わせた先輩義勇兵達はテーブル席に着いたまま、あるいは立って新人達の姿が見える位置に陣取り、グラハムによる新人達の軽い紹介に耳を傾けていた。
名前と特技ぐらいしか言わなかったが、彼らにはそれで充分だった。他のことは、小隊への勧誘を成功させてからで良いし、逆に言えば勧誘できなかった時点で意味が無いのだから。
「さて、フライングした卑怯者も居たようだが、現時刻を持ってスカウト解禁だ。ただし…」
「オラァそこどけぇ!!」
「おい噂の即戦組ぃ、うちのチームにぐぶぁ!?」
我慢出来ずに新人達の…厳密には、アリシアとクロノの元へ駆け寄った義勇兵が二名、唐突に宙を舞った。スケート選手のように身体を高速で回転させ、床にべしゃりと落ち、白目を剥いてそのまま気絶してしまった。
気を失った二人の頬には、何やら拳を叩き込まれたような跡が深々と。そして彼らの離陸地点には、拳を振り抜いた姿勢でグラハムが立っていた。食堂がシンと静まり帰り、誰かがゴクリと唾を呑み込む音と、後方に控えていた他の教導官達がこれみよがしに鳴らす指の音が、やたら耳に響いた。
「最低限の節度と常識は守れ、以上」
そう言って最後に一度だけギロリと、冷や汗をかきながら全力で目を逸らすダルトンを睨み付けた後、グラハムは元の位置に下がっていった。その様子にホッとしたのか、鬼教導官の恐さを良く知る者達が安堵の溜め息を漏らす。
「是非ともうちに…!!」
「その実力を、どうか我が小隊のために…」
「今ならサービスするぜ?」
何はともあれ、ここからは教導官様公認の勧誘の時間である。その場に居合わせた幾つもの小隊と、そのリーダー達が新人達の元にワラワラと集まっては誘いの言葉を投げ掛ける。
そして案の定、比率が偏った。ベン達の元には彼らと同じDランクの小隊が集まる中、危険領域での活動を主とするCランク以上の小隊、しかもその中でもベテラン揃いであるBランク小隊の多くが、アリシアとクロノの元に集まった。
流石にグラハムの刺した釘が効いているのか、あからさまな奴は居なかったものの、他所の小隊に超有望株な新人を奪われてたまるかと、様々な形でアプローチ…自分の小隊の紹介や、商人顔負けのセールストークなどで二人を勧誘する傍ら、互いにピリピリとした空気を出して無言の牽制合戦を繰り広げていた。
「へい、お二人さん」
そんな最中、周りのピリついた雰囲気などお構い無しに、人混みを抜けてヒョッコリと現れた小柄な姿。肩の辺りまで伸ばされた髪は金色、エリーゼ並に小柄で、尚且つ中性的な顔つきをしたその義勇兵は、ニコニコとした笑みを浮かべたままアリシア達の前に立った。
そんな彼女を前に、アリシアはニコリと頬笑み返した。
「カレンさん、先日はどうも」
「おうおうアタイのことはちゃんと覚えてたか、感心感心。んじゃあ、約束通り」
彼女…カレンと呼ばれた女義勇兵はそう言うと、アリシアに手を差し出した。手のひらは上を向いているので、求めているのは握手ではない。
「クロノ」
「かしこまり」
そしてアリシアが名前を呼べば、既に数枚の硬貨を取り出していたクロノが、それをカレンの手に丁寧に握らせた。その手に包まれた数と重さを握り直して確かめると、カレンの笑みがニコニコからニヤニヤに変わった。
「毎度ありー、今後もよろしくなー」
そう言って彼女は、空いた方の手をヒラヒラと振りながら、さっさと人混みの中へ戻っていった。そんなカレンを笑顔のまま、同じように手を振って見送るアリシアに、周りの義勇兵は戸惑い、或いは驚いていた。
「おいお前ら、あの守銭奴と何の取り引きをしたんだ?」
思わずと言った感じに、赤髪が特徴的な中年の義勇兵がそう声を掛けてきた。
彼の言葉の通り義勇兵団の中でも、カレンと言う人物は良くも悪くも有名である。ベテランのBランクで義勇兵としての実力はあるのだが、どこから仕入れてくるのか貴重な情報や道具、高品質な薬、時には商人との伝手まで用意して、相手が最も欲しがる絶妙なタイミングを見計らい、思いっきり足元を見ながら売り付けてくるのだ。時には本業そっちのけで金儲けに奔走している姿を度々目撃され、いっそ義勇兵から商人に転職した方が良いのではと誰もが思っているのだが、何故かカレンは義勇兵を辞めない。
そんなカレン相手に、即戦組とは言え新人であるアリシアが既に顔見知りで、しかも彼女相手ににこやかにしていられるなんて、カレンを知る義勇兵達からしたら異様な光景にしか映らなかった。
「初期ランク試験の話を教えて頂きました。お陰さまで、当日までにしっかりと備えることができましたので、そのお礼の残りを今」
しかし、当のアリシアは何でもないことのように、そう言った。
実際、前日に役立つ情報は無いかと本部を散策しながら聴き込みをしていたら、こちらの様子を見て何かと察したカレンが声を掛けてきて、金を払えば『新人達の通過儀礼』について教えてやると情報を売り付けてきたのである。
念のため、他の義勇兵にカレンのことを訊いてみたところ、彼女がそれなりに有名で、そして料金はぶんどっていくが売り物の質は確かであるという裏付けは取れた。なので彼女から買った情報を信じ、それを元に準備した訳だが、結果はご存じの通り。
「そ、そうか……って、お礼の残り…?」
「ガセネタだったら困るので、前金として先に半分だけ渡したんです。情報が役に立ったら残りの代金に加えて、今後も贔屓にさせて貰う約束を」
「……思いのほかしっかりしてんな、大抵のカレン初心者は足元見られて後悔するってのに…」
因みにガセネタだった場合は、闇討ちしてでも相手を後悔させるつもり満々であった。
「ところで、俺の教えたアレは成功したか?」
「えぇ、お陰さまで。銃弾火起こしの方法、ありがとうございました、ギルバートさん」
そして、声を掛けてきた赤髪の義勇兵…ギルバートの問いに、クロノは感謝の言葉と共に答える。それはもう見るからに親しげで、にこやかに…
「それは良かった。とは言え火種に困ってない限り使うなよ、銃弾一発で生死が分かれる時もあるからな」
「胆に命じておきます」
「ど、どういうことだテメェら、カレンだけならまだしも、どうしてギルバートとまで顔見知りなんだよ!?」
ギルバートとも知り合いということに、周りが再び驚きに包まれ、その心の内をダルトンが代弁していた。
何故なら、彼もまた義勇兵団の中でそれなりに名の通った男。しかもカレンの様に特殊なものでなく、誰もが認める純粋な実力の持ち主としてだ。既に若手とは呼べないが、Aランク義勇兵である彼の腕は、その肩書に恥じぬもので、以前ギルバートが所属していた小隊を抜けた際は、彼の新たな所属先を巡って小隊同士による抗争が勃発しかけた程。同時に、既に彼が新たな所属先を決めていたことが発覚した際の周りの落胆ぶりも凄かった。
「試験当日まで暇だったので、お会いする機会があった先輩方には先にご挨拶を。その時に、色々とお話させて頂きまして…」
そして、ギルバートもカレンと同じく、クロノ達が聴き込みをした相手の一人だった。彼にはマッチや火打ち石など、火種が無い状況下における火起こしの方法を教えてもらっていた。
アリシアが火打ち石どころか、木の棒と板でも火起こしが出来るので、折角だから彼女も自分も知らない方法はないかとクロノが訊ねてみたら、ギルバートは例の方法を教えてくれたのだ。
しかしダルトンはその事実を知る由もなく、また、それどころでは無かった。目をつけていたアリシアとクロノが、先程の二人と既に顔見知りであること。カレンとギルバートは、ダルトンを含めた一部の義勇兵にとって、嫌でもあの男を連想させる最悪の組み合わせなのだ。
「ま、まさか、もう勧誘されたり…」
「それはこれからだ」
先程のように気配も無く、片手を挙げながら『よぉ、さっきぶり』と、アリシア達の前にロイが現れた。その事にダルトンだけでなく、近くに居たシェーマスまでもが驚きを…否、焦りを見せた。
「お、オイお前ら、悪いことは言わねぇ、コイツだけは止めておけ。百歩譲って俺達の小隊を選ばないとしても、コイツの小隊に入るのだけはやめろ」
「大変不本意ですが、それに関しては彼と同意見です。雪燕なんかに入ったその瞬間、貴方達は一生後悔しますよ?」
捲し立てるように言葉を並べるが、当事者達の耳には一言たりとも届いていなかった。正面から向かい合う形になったアリシアとクロノ、そしてロイは互いに黙って視線を交わす。
この流れは不味いと、邪魔するように喚き続けるダルトン達と、ある種の緊張感を抱きながら様子を見守る義勇兵達の注目を浴びる中、最初に口を開いたのはロイだった。
「うちの小隊がなんて呼ばれてるか、どうせもう知ってるんだろう?」
試験前日に情報収集を行った際、アリシア達は有力な小隊についても事前に調べていた。堅実な小隊、自由主義な小隊、悪い噂の尽きない小隊、ほんの数日調べただけで様々な小隊の存在を知ったが、そんな中でも異質…と言うか、周りから少し浮いた扱いを受けている小隊があった。
義勇兵団が主に受ける依頼の中で最も危険且つ、最も報酬が割に合わないとされる『探索依頼』。危険領域の更に先、義勇兵団ですらまだ足を踏み入れていない人類未踏の地に赴き、そこに何があるのかを探ってくる。言葉にすればそれだけだが、この探索依頼はベテラン義勇兵ですら敬遠する。何故なら、何があるのか分からないということは、そこにどんな危険があるのかも分からないということ。準備なんて幾らしても足りないし、その為の経費が報酬を上回るなんてことはザラにある。
だが、その小隊は、他の小隊が安定して稼ぎの良い依頼を受ける中、それを積極的に引き受けているそうだ。
ある者は侮蔑と嘲笑を、ある者は畏怖と尊敬を
その小隊に向けられる感情は、良くも悪くも多種多様だ
それでも最後には全員口を揃え、こう称していた
『探索狂いの変人小隊』
「…と、伺っています」
「ハハッ、その通りだ。なら話は早いな」
ロイは一度カラカラと笑うと、飄々とした態度を引っ込め、まるで今までの態度が嘘だったかのように一転して、真剣な眼差しを二人に向けてきた。そして…
「アリシア・トンプソン、クロノ・グランツ、お前たちの力、どうか俺達に貸してくれ」
彼の言葉に、アリシアとクロノは互いに横目でチラリと視線を合わせた。アリシアは力強く頷き、それに対してクロノは苦笑いを浮かべながらも、彼女に頷き返した。そして二人は、改めてロイと向き直る。答えは、既に決まっていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「お世話になります」
瞬間、誰かが発した『マジかああああああ!!』と言う悲鳴を皮切りに、周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「マジか、マジかあああぁぁぁ…!!」
「畜生、折角の即戦組がぁ…」
「だがまぁロイ達のとこなら、実力的にも問題ないか」
「しかも既にメンバーと交流あるみたいだしな」
「ぶっちゃけ俺、こうなるって思ってた」
期待の新人二人が同時に所属先を決め、しかもよりによって『変人小隊』と称される『雪燕』を選んだ。せめて一人だけでもと思っていた他の義勇兵たちは頭を抱え、悲痛な叫びを上げていた。だが、『彼らなら仕方ない』と、どこか諦めにも近い感情を抱いている者も一部居り、さっさと気持ちを切り替えて他の新人の勧誘に動き始めていた。
「ざけんなぁ!!」
しかし、ここに二名ほど、悲観するでも諦観するでもなく、怒りを露にする者達が居た。ロイが登場してからすっかり空気と化していた、ダルトンとシェーマスである。
「ロイ、テメェふざけるのも大概にしろや。カレンだけに飽き足らず、その二人までええぇぇ!!」
「貴方にはもうその守銭奴と、うちのギルバートが居るでしょう!!」
二人の口から出た名前とその言葉に、流石のアリシア達も『え?』と呟いてしまう。思わずロイに視線を向けると、それに気付いた彼は苦笑を浮かべながら肩を竦め、なんでも無いことのように答えた。
「あの二人な、元々はコイツらんとこの所属で、今は雪燕のメンバーなんだ」
「あぁ、だから…」
ロイから視線を外すと、義勇兵たちの人混に紛れるようにして件の二人が並んで立っていた。アリシア達の視線に気づくと、カレンの方はニヤニヤとした笑みを浮かべながら手を振ってきた。折角なので手を振り返しておいた。
「クソが、これ以上テメェに人材寄越すぐらいなら…」
なんてことをしていたら、剣呑な雰囲気のダルトンが真正面に。そして、かなり離れた場所に位置するテーブルの元に、殺気丸出しのシェーマスが居た。
「ここで傷物にしてやらぁ!!」
「おっと、私も手が滑りましたぁ!!」
その言葉と共にダルトンはアリシアに殴り掛かり、シェーマスは近くにあった椅子をクロノに投げつけた。突然の暴挙にロイと教導官達が咄嗟に動こうとしたが、それよりも早く動いた者が居た。当のアリシアとクロノである。
飛んできた椅子をクロノは回し蹴りで迎え撃ち、そのままダルトンの方へと蹴り飛ばした。
「しゃらくせぇ!!」
しかし、Bランクの肩書きは伊達ではないようで、特に動揺することもなく、ダルトンはアリシアにぶつける筈だった拳の軌道を飛んできた椅子へと変えた。放たれた拳の威力は、彼の大柄な体躯を考慮しても凄まじいもので、それが直撃した椅子は派手な音を立てながら一瞬でバラバラになった。
だが意識を迎撃に割いたその一瞬で、アリシアはダルトンの横から背後へとすり抜けた。そして握り拳を作ると、そのまま裏拳としてダルトンの腰に叩き込む。ドパァン!!と、聴こえてはならない音が響き渡った。
「っ~~~~~~~~~~~!?」
魔物すら斬り捨てる、アリシアの剣技。その剣技を支える彼女の腕力と握力が存分に籠められたそれは、ダルトンの口から声に鳴らない悲鳴を上げさせた。そして余りの激痛に脂汗を噴出させ、彼は両手で腰を押さえると、その場で膝から崩れ落ちた。
その光景を前にしてシェーマスは、いがみ合っているとは言え、実力は認めているダルトンが瞬殺されたことに思わず動揺し、一瞬とは言えそれを成したアリシアに意識が向いてしまう。
「なっ…!?」
そして、気付いた時には既に手遅れ。いつの間にかシェーマスのすぐそばまで迫ってきていたクロノ。咄嗟に手刀を突き出して迎撃を試みたが、それは片手であっさりと掴まれた…そう思った時には既に、シェーマスの身体は軽々と宙を舞っていた。一瞬で投げ飛ばされたのだと気づく前に、シェーマスは何も分からないまま付近にあった椅子に背中から落ちる。グシャリと椅子は呆気なく潰れ、それでも止まらなかった勢いの結果は、背中から床への着地だった。
「がッはぁ!?」
椅子を投げたら、椅子に投げ飛ばされたシェーマス。どうやら彼もダルトン同様、痛みでまともに喋れなくなったらしい。ついでに動けないことも確認したクロノは、スタスタと歩いて元の位置…アリシアの隣に戻っていった。その光景を前にして義勇兵たちは、さっきとはまた違う空気に包まれた。
「う、嘘だろ、ダルトンとシェーマスの二人が…?」
「おいおい、性格はともかく実力は正真正銘Bランクだぞ、本当にCランクかこの二人?」
Bランクの肩書は、ベテラン義勇兵の証。そのBランク二人が、新人相手にあっさり無力化された光景を前に、周りの義勇兵だけでなく、教導官達も驚きを隠せないでいた。驚愕、期待、警戒、嫉妬、後悔…アリシアとクロノに、様々な感情が籠められた視線が集まる。
「いや予想以上だ、こりゃ凄い。改めて歓迎するよ、二人とも」
そんな中パチパチと場違いにも感じるロイと雪燕のメンバー、計三人分の拍手の音が、やけに響いた。
未踏領域
備考:義勇兵団はフロリア地方を、三つに区分している。比較的魔物が少なく、開拓が殆ど完了している『安全領域』。魔物が多く存在しており、それらの危険と戦いながら開拓を進めている最中の『危険領域』。そして、まだ誰も足を踏み入れておらず、何があるのかすら判明していない『未踏領域』。探索依頼は主に、この未踏領域に何があって何が居るのか、それらの情報を集め、持ち帰ることが目的になる。危険度が未知数故に、準備をケチれば死ぬが、金を掛け過ぎれば報酬が減り、最悪赤字になってしまうので何かと割に合わない。そのため今では、利益度外視の冒険野郎か、暇をもて余した高ランク義勇兵しか依頼を受けない。
今回はここで一区切りにしまして、また書き溜めます。なるべく早く書き上げるつもりですが、どうか暫くお待ち下さい。