初期ランク試験 後編
とある貴族領に蔓延っていた魔物、野盗、汚職騎士達は夜になると、このような形で数を減らしていました。
岩壁での出来事から数刻…
「野営する場所は、と…」
「あの辺で良いんじゃないか?」
あの後、農家出身の彼…ベンは途中で出くわした元猟師の同期、リックと行動を共にしていた。例の岩登りの二人のようにはいかないが、それでもやはり一人より二人で行動をする方が、肉体的にも精神的にも負担が減って楽だった。特に胸中でひたすら独り言を呟くことにより気を紛らわせていたベンとしては、話し相手が居るというのはそれだけで気が楽になった。リックの方も似たようなもので、ベンと合流してからは互いに雑談しながらも、一人の時より足取りは軽くなっていた。
そして、それから数刻の時を経てようやく二人は、試験のために指定された目的地に辿り着くことができた。周りは木々に囲まれているが中央は開けえおり、近くに川があるようで水の流れる音が聴こえてくる。野営するには、丁度良さそうだ。
「あ…」
「どうした、って、アレはさっきの…」
ベンとリックは、見覚えのある銀髪少女を見つけた。
丸太を椅子の代わりにして腰を降ろし、二人分の荷物が丸太に立て掛けるようにして置いてある。火を起こそうとしているのか一ヶ所に薪を集め、その中心に燃えやすい木屑を乗せた薄い木の皮を置いていた。
「えーと、クロノが言うには確かこうして、こうやって…」
ただ一つ変だったのは、彼女の手には何故かマッチでは無く、一発の銃弾と銃剣が握られていたこと。そして彼女は何を思ったのか、銃剣で器用に薬莢から弾丸をくり抜き、二つを分離させた。
「何してるんだ?」
「さぁ?」
すると、弾丸の方はポケットにしまい、薬莢の方を改めて手に取ると、中に残っていた火薬を木屑に振り掛けた。そして空になった薬莢を二本の枝で箸のように挟んで掴むと、火薬を振り掛けた木屑に薬莢の口の部分を突っ込み、剥き出しになった底の部分に叩きつけるように勢いよく、ピンポイントで銃剣を突き刺した。
その途端、衝撃が加わえられた雷管が火花を出し、飛び出た火花が木屑に引火、振り掛けた火薬のせいもあって火種は一瞬で大きくなり、あっという間に薪に燃え移って、焚き火と呼ぶには充分過ぎる火力の火がついた。研修でも教えられなかったその方法に、ベンとリックの目が点になる。
「おーいアリシアー、獲ってきたぞー」
そこへ現れたのは、彼女と行動を共にしている黒髪の少年…確か、クロノと呼ばれていたか。彼の手には、近くの川で獲ってきたのか数匹の魚が握られていた。そして、今の彼の言葉から、白銀の少女はアリシアと言う名前らしい。
「お、成功した感じ?」
「えぇ、初めてやってみたけど案外簡単だし便利ね。マッチ使えなくなった時の最終手段として覚えとくわ」
アリシアの言葉にクロノは『それは良かった』と返すと丸太に、それも彼女の隣に腰掛け、獲ってきた魚を一匹ずつナイフで器用に捌き始めた。そして余分な鱗と内臓を取り除かれ、下処理の終わった魚はアリシアの手に渡り、その辺の枝を削って用意しておいた串が彼女の手によって丁寧に刺されていく。
この間、二人は他愛もない雑談をしながらも、終止ノールック且つノンストップ。それでいて息ぴったりで、気付いたら数分もせずに魚串が六本、火に炙られ始めていた。
「……俺達も飯、作るか…」
「そうだな」
そう言って二人は荷物を降ろし、野営の準備を始める。周辺から薪に使えそうな枝をかき集めた頃には、彼らに遅れる形で他の同期達も続々とこの場所に集まってきた。ベン達のように途中で誰かと組むことにした者、最後まで単独で辿り着いた者、体力が有り余っていそうな者、既に疲労困憊になっている者と各自様々な様子を見せている。
先に辿り着いていた彼らに習うようにして、後から辿り着いた同期達が野営の準備を始めた頃にはベンは支給品のマッチで火を起こし、リックは食事の足しになるものを探しに立ち上がろうとしたところだった。
「誰かあああああぁぁぁぁ助けてええええええぇぇぇぇ!!」
その時、どこか遠くから随分と甲高い悲鳴が響き、ベンとリックの二人はビクリと身体を震わせた。他の者達も何事かと身構え、悲鳴の出所を探す。そして図らずもその音源を最初に見つけてしまったリックは、思わず叫んでしまった。
「でかっ!!」
第一印象は、最早それ以外に無かった。視線の先に居たのは、こっちに向かって涙を浮かべながら必死の形相で走る同期の少女が一人、そしてその後を追いかける巨大な熊が一匹。
元猟師故に、大抵の獣は見慣れているリック。そんな彼だからこそ尚更、あの熊の大きさがとんでもないと分かった。故郷の熊は、直立時に二メートルもあれば大物扱いだった。だがあの熊は確実にそれよりも二回りは大きく、先程の岩壁に匹敵、ひょっとするとそれ以上の大きさがある。
何かの手違いで人里に降りてきたら、間違いなく甚大な被害が出るレベルの化物。そんなのに追われる憐れな同期を助けるべく、慌てて銃を構えようとするリック達。
「いやあああああああああああぁぁぁぁ!!?」
しかし、不意討ちにも似た少女の悲鳴と、熊の化物染みた大きさに動揺して無駄にした時間は既に致命的だった。各自が野営の準備を中断し、銃を手に取ろうとした時には少女は足をもつれさせ、顔から地面に倒れこんでしまった。鹿の脚力すら凌ぐ熊相手に荷物を持った状態で、走って逃げ続けられた少女の脚力は充分驚異的だったが、流石に肉体的にも精神的にも限界だったようだ。もう立ち上がることも、後を振り返ることもできない。できたのは、あっという間に迫ってくる巨大な気配に身体を震わせ、少しでも恐怖を誤魔化すようにギュッと目を瞑ることだけだった。
(あ、あぁ…もう駄目なんだ、終わるんだ、私……)
死を覚悟し、少女の頭の中で走馬灯が流れ始めた。
こんな場所に来てしまったことを後悔しつつ、甦る故郷での思い出に包まれながら、彼女の意識は現実から遠のいていく。
そして、一瞬で大きくなる熊の足音、獣の荒い息遣い、巨大で濃厚な死の気配。
それらに紛れ込むようにして、少女はヒュンと言う風切り音と、自分の頭上すれすれを何かが通り過ぎる気配を感じた。
『ガアアアアアアアアアアアアァァァッッッ!!?』
「ッ!?」
上がった声は地の底から響くような、おぞましい獣のもの。しかも雄叫びでは無い、痛みに悶える悲鳴だ。それに気付いた少女は目を開け、少しだけ上体を起こし、自分の背後を振り返った。
「ひぃッ!!」
そして、すぐに後悔した。さっきまで自分を追いかけていた熊は、二本の足で立っていた。そのせいで、より一層化物染みた巨体を見せつけられ、再び恐怖で身体がすくむ。
だが、熊の様子も何かおかしい。何故か熊は立った状態で、両方の前足で顔を抑えながら呻き声を上げ悶えている。よく見ると顔を抑える前足の隙間から、キラリと銀色に光る何かが目に映った。
『グオオオオオオォォォォッーーーーーー!!』
しかし、やがて苦悶の呻き声は怒りの唸り声へと変わり、熊は威嚇の意思を込め、仁王立ちのまま両前足を広げて咆哮した。すると、前足で隠れていた銀色の光の正体が、熊の鼻に深々と刺さった投擲用ナイフが露となった。そして…
ドドン
ほぼ同時に鳴り響いた二発の銃声。その瞬間、熊の眉間と心臓に穴が空いた。
熊の雄叫びはその時点で途切れ、動きも止まり、やがてその巨体をぐらりと揺らすと、大きな地響きと共に背中から倒れ込み、二度と動かなくなった。
「凄ぇ…」
思わずそう呟いたのは、果たして誰だったのか。
突然の悲鳴に誰も彼もが戸惑い、一時的に動きを止めていた中、あの白黒の二人組…アリシアとクロノだけは動いていた。
直前まで魚の火加減を確かめていた二人は、悲鳴を耳にするや否や一瞬で出所を見つけ状況を把握。クロノは即座に立ち上がると軽く助走して勢いをつけ、ナイフを投擲。そしてそれに合わせるようにして両手に一丁ずつ、自分とクロノの銃を拾い上げていたアリシアが、その内の片方を彼に投げ渡す。
50mは離れていた位置から投げられたナイフは、恐るべき速度と精度で倒れた少女の頭上すれすれを通過し熊の鼻に刺さる。突然の痛みに怯み、足を止めた巨体が立ち上がり吠えた。銃を投げ渡した彼女と、受け取った彼が同時に構え、引き金を引いた。
足を止めさせられ、自ら晒した二つの急所を撃ち抜かれ即死した熊は背中から倒れ込み、目の前で動けない少女相手に悪足掻き一つできないまま事切れた。
それが、ベン達の目の前で繰り広げられた一部始終だった。
「うあああぁぁぁん怖かったよおぉぉ…死ぬかと…ぐすッ…本当に死ぬかと思ったよおぉぉ……」
咽び泣きながらの言葉に、全員が我に返る。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、覚束ない足取りでこっちに歩いてくる同期の少女に、最も近くに居たベンとリックが慌てて駆け寄った。
その時にベンはふと、そう言えば研修中、教導官にしごかれる度に幼児退行して泣き叫び、その癖して走るのだけは異様に速かった少女が居たことを思い出した。名前は確か、エリーゼだったか。
「あ、あああ、ありがとう、本当にありがとう。この恩は一生忘れないから、いつか絶対に返すううぅわあああぁぁぁん!!」
「いや感謝するのか泣くのかどっちかにしろよ」
「それと俺達は何もしてない、礼ならあの二人に言いな」
リックに言われハッとして、一度ぐちゃぐちゃになった顔を隊服の袖で拭うと、エリーゼは自分を助けてくれた救世主の姿を探した。そして大半の者が中途半端な姿勢で固まっている中、銃口から硝煙を昇らせたライフルを担ぎ直す、一際目立つ風貌の白黒コンビを見つけた。
「ありがとー!!」
先程の号泣状態から一転、エリーゼの元気一杯な感謝の言葉に二人は苦笑しながらも、軽く手を振って応えると背を向け、自分達の焚き火の元に戻っていった。
命を助けたことについて恩を売るようなことは一切せず、それが当然のことであるように振る舞う二人。これには思わず、助けられた本人は勿論のこと、一部始終を見ていたベン達も思わず『かっけぇ…』と呟いてしまった。
しかしエリーゼとベンが何やら熱い視線を白黒コンビに送っていた中、元猟師の性なのかリックの意識は彼らより一足早く熊に向いていた。そして、ふと疑問に思う。
「ところで、なんであんな状況になったんだ?」
「分かんない」
「いや、分かんないってお前な…」
「だって本当に分からないんだもん。ここ目指して歩いてたら変な鳴き声がいっぱい聴こえて、振り向いたらあの熊が私の方に向かって走ってくるところで…」
「変な鳴き声?」
「うーん、少なくとも熊の鳴き声じゃなかった。ギャアギャアって、汚い鳥の声みたいだったような…」
その時だった、焚き火に戻ろうとしていたアリシアとクロノが、何故か途中で足を止めた。そして振り返るとベン達の方…否、正確には仕留めた熊の骸、その遥か後方に目を向けていた。
「クロノ」
「食べ頃まであと五分、余裕余裕」
互いに短く言葉を交わすと、二人は先程使った分の銃弾をライフルに装填して補充しながら、話し込んでいたベン達三人の元に歩み寄ってくる。そんな二人の様子にベン達もようやく気付き、当然ながら戸惑った。
「どうしたんだ、あの二人?」
「さぁ……って、ちょっと待て、何か聴こえないか…?」
リックがそう言った途端、ベンの耳にもそれが聴こえてきた。遠くの方から『ギャアギャア』と、群れた時のカラスやハゲタカを連想させる、まさにエリーゼが表現した通りの、どこか人を不愉快にさせる汚い鳴き声だ。
声はエリーゼと熊が走ってきた方角から聴こえてくる。そして声の主は此方に向かってきているのか、声量は段々と大きくなり、おまけに数も増えてきた。ここにきてベン達だけでなく、他の同期達の耳にもハッキリと届き始め、周囲に再び緊張が走る。
「アリシア」
「なに?」
「随分と御機嫌だな?」
「ふふっ、当然よ。だって私、あなたと肩を並べて戦う日々は、もう二度と来なくなるって覚悟してたんだもの」
周りがざわつき始める中、相変わらずこの二人は…アリシアとクロノだけは、至って落ち着いていた。
また熊が出てくる前兆なのかと恐怖し狼狽えるエリーゼ、それを落ち着かせようと彼女を宥めるベンとリック。その三人の傍を、更に先程仕留めた熊の骸を素通りすると、二人はまるで何かに立ちはだかるように並んで仁王立ちした。
そして、アリシアは隣に立つクロノに顔を向け、それに気付いた彼と目が合わさると、言った。
「けれど実際は、今も私の隣にはあなたが居る」
目の前の幸福を噛み締めるように、そっと微笑みを浮かべて、彼女はそう言った。
「これ程嬉しくて、頼もしいことは無いわ」
「……そこまで言われたら、応えない訳にはいかないな…」
少し照れ臭そうに笑いながら、クロノは取り出した銃剣をライフルに取り付け、アリシアも同じように銃剣をライフルに装着させた。
その頃にはベン達の視界にも、こちらに迫り来る鳴き声の正体が見え始めていた。
「何だありゃ、トカゲ…いや鳥か!?」
人間とほぼ同格の体躯、長い尻尾、鋭いかぎ爪の生えた両手両足。その姿は一見すると、二足歩行のトカゲに見えた。しかし全身を覆う白い羽毛、遠くからでも良く見える黄色い嘴、そしてあの鳴き声のせいで、トカゲよりも鳥に近い印象を抱く。そんな奴がギャアギャアと叫びながら、走りながらこっちに向かってきていた……群れた状態で…
「『ランドラプター』だ、さっきの熊アレに追われてたんだ!!」
「ヤバい、こっちに来るぞ!!」
『ランドラプター』…飛行能力を捨て、陸上生活に適応した鳥型の魔物。基本的に群れを作る習性は無いのだが、狩りの際は獲物を追いかけながら鳴き声を上げて仲間を呼び寄せてくる。無論、獲物を仕留めた後は壮絶な肉の奪い合いが始まるのだが、一先ずそこに至るまでを最優先にするようで、獲物を仕留めるまでは互いに邪魔をせず、むしろ積極的に連携してくるため、単体では敵わない筈の熊ですら、ランドラプターを一匹でも見れば即座に逃げ出す。おまけに小型で比較的弱い方とはいえ、曲がりなりにも魔物の端くれ。その生命力は同じ大きさの獣より遥かに強く、頭や心臓を狙わないと中々死なない。
試験の舞台でもあるこの地域にも数多く生息している、見かけたら隠れてやり過ごすか仲間を呼ばれる前に仕留めろと、研修中にも教導官から耳にタコができるほど聞かされたが、今になって漸くそのことを思い出した。そして現在、群れを作られた状態で接近されると言う、ランドラプター関係で最悪の状況に直面している。ベン達を含めた同期一同は、あっという間に恐慌状態に陥った。慌てて武器を手に取る者、その場から一目散に逃げだそうとする者、腰を抜かしてへたり込む者、実に混沌とした絵面だ。
命拾いした直後に、再び命の危機を感じたエリーゼもその場から逃げ出そうとするが、足をもつれさせ転んでしまう。慌ててベンとリックが手を貸し、立たせて貰った直後、ふと背後を振り返った。そして、思わず驚愕し目を見開いた。
視界に入ったエリーゼの命の恩人たちはこの状況で逃げるどころか、彼女達に背を向ける形で、銃剣を装着したライフルの銃口を、ランドラプターの群れに向けていた。自分と大して変わらない背丈の筈なのに、不思議とエリーゼは二人のその後姿がとても大きく、心強いものに感じた。
「それではお嬢様、記念すべきフロリアデビューと参りましょうか」
「えぇ、これまで通り、そしてこれからも、エスコートよろしくね」
響く銃声、放たれた銃弾。三日前の射撃場で見せた早撃ちが、恐ろしい精度でランドラプターの頭と心臓を次々と撃ち抜き、魔物特有の生命力を見せる暇も与えず即死させていく。しかし込めた銃弾を全て命中させ、撃ち尽くしてもランドラプターの群れは足を止めない。
「クロノ!!」
「よしきた!!」
アリシアの声に応じるようにして、クロノが前へと出る。餓えた肉食獣の群れに自ら突っ込むという自殺行為に、エリーゼ達が思わず息を呑んだ直後、群れの先頭を走っていたランドラプターが一匹、クロノに跳び掛かった。しかしクロノは焦ることなく小銃を横に構えると、ランドラプターの攻撃をいなしながら身体を回転させ、避けると同時に背後からランドラプターの頭を銃剣で貫いた。そして即座に刃を引き抜き、その後も襲い掛かって来た後続を一匹、二匹と同じように次々と仕留めていく。
そして、ひと際高く跳躍してきた、最初の一匹目から数えて五匹目。そいつが落ちてきたところに合わせて胴に銃剣を突き刺すが僅かに心臓を逸れてしまい、仕留めきれなかった。なので、そのまま背負い投げのような軌道で地面に叩きつけて銃剣を引き抜くと、暴れ出す前に改めて心臓へ突き刺した。
その一瞬のタイムラグが、均衡を崩した。仕留め損なったランドラプターにとどめを刺すクロノの一瞬の隙を突いて後続が、それも二匹同時に襲い掛かる。しかしクロノは迎え撃つ素振りすら見せず、何を血迷ったのかポケットから銃弾を取り出して装填を始めた。
そして響く二発の銃声、空中で急所を撃ち抜かれ、地に叩き落される二匹のランドラプター。
クロノが前衛を担っていた間に弾の装填を済ませたアリシアが、今度は自分の番と言わんばかりに発砲しながら彼の前に出る。着実に数を減らしながら、それでもアリシアに襲い掛かるランドラプターの群れ。しかし彼女は先程のクロノよりも、色々な意味で強烈だった。
「せぇあッ!!」
気合の咆哮と共に放たれた銃剣の刺突は、それを正面から受けたランドラプターの心臓を貫くだけに飽き足らず、衝撃の余波でランドラプターの身体を後方に吹き飛ばした。そして、銃を槍のようにクルクルと回転させることにより勢いと威力が増したそれを、入れ替わるように襲い掛かってきたもう一匹の首に銃床から叩きつける。その結果、バキリと太い木の幹が折れるような音を響かせた後、哀れな二匹目は白目を剥いて絶命した。因みに、軽くて丈夫なことに定評のある王国軍の制式採用小銃だが、魔物を殴り殺す使い方は想定されていない。
『ギャア、ギャア!?』
『クルルルルぅ!!』
自分達とさして大きさの変わらない、見るからに狩られる側の猿共。追いかけている内に何故か勝手に死んでいた大物のついで、前菜やデザート感覚で襲ってみた結果、その認識が間違いであったと仲間達の命を持って思い知ったのか、その場から逃げ出すランドラプターがちらほらと現れ始めた。それでも懲りずに襲い掛かってくる個体は、アリシアに残った銃弾を眉間に叩き込まれ、もしくは投げ槍のように飛んできた弾切れの銃剣付きライフルに貫かれ絶命した。そして、気付いたら当初三十匹以上は居たランドラプターの群れは、その数を五匹にまで減らしていた。
ヤケクソとばかりに、投げたことで銃を手放したアリシア目掛け一匹が正面から突っ込むが、彼女は腰に下げた剣を一閃。目にも止まらない速度で放たれた居合がランドラプターの首を捉え、痛みを感じさせる前に命を刈り取った。
その一匹を囮にした後続の二匹が、今度はアリシアを左右から同時に挟撃してくる。だが、アリシアは焦ることなく、自身から見て右から襲い掛かって来た一匹を一閃で斬り捨てる。その隙に背後から襲い掛かって来たもう一匹は、鳴り響いた銃声と共にその場で崩れ落ちた。
弾の装填を済ませたクロノが、銃口から硝煙を上げる銃を構え、再びアリシアの隣に立った。図らずも、その立ち位置は開戦直後とほぼ同じだった。
『クルルルル…!!』
残った二匹は威嚇の唸り声を出すものの、その身体は恐怖で震えていた。暫く後退りながらも吠えていたが、やがて一匹が踵を返してその場から逃げ出すと、もう一匹も慌てて追いかけるようにその場から逃げていった。後に残ったのは、息一つ切らさずに、逃げるランドラプターの後ろ姿を見送るアリシアとクロノの二人、そして二人に返り討ちにされたランドラプターの骸の山だった。
「マジ、か…」
ベンも、リックも、エリーゼも、その場に居た同期達の全員が絶句した。あのランドラプターの群れを前にした時、彼らは本気で死を覚悟した、あの鳥共が魔物ではなく死神の大群にすら見えた。だと言うのにあの二人は、その死神共を前に恐怖するどころか、たった二人だけで蹴散らしてしまった。本当にあの二人は何者なのだろうか、どう考えても自分達と同じ新人の枠には収まらない実力の持ち主である。
しかし、そんな一同の疑問など知ったことかとばかりに、戦利品兼試験の評価項目の一つとして倒したランドラプターの爪や牙を幾つか集めると、自分達の焚火にさっさと戻っていった。そして、先程の戦闘などまるで無かったかのように、魚の串焼きに手を伸ばすと、そのまま食事を始めた。
「マジか」
因みに、魚の火の通り具合は完璧で、まさに食べ頃だったそうだ。
⚪魔物
備考:その名の通り魔力を持った生物のことを指し、古来からエルフィード王国だけでなく大陸中に生息している。従来の野生生物よりも生命力が強く、気性も好戦的で、魔力の保有量も平均的な人間のそれより多い。しかし、魔物はその魔力を肉体強化や生命維持に使う種が殆どで、魔法を行使できる種は思いのほか少ない。
⚪ランドラプター
外見:羽毛に包まれた、黄色い嘴のラプトル
備考:フロリア地方に数多く生息する小型の魔物。小型と言っても人間並の大きさで、魔物らしく強い生命力を持っており、狩りの時は仲間を呼び寄せる習性を持つので非常に危険。
適応能力が高く、フロリア地方だけでなく王国全土に同族が生息しており、生息する土地によって羽毛の色や、餌の好みが違ったりする。また繁殖力も高いようで、群れを一つ潰した程度では生態系に大きな影響は出ない。
⚪ホッポウグマ
外見:最早グリズリー
王国北方を主な生息地とする巨大な熊。他の地域に住む熊より平均サイズが大きく、時には魔物も襲う。とは言え、流石にランドラプターの群れが相手では分が悪く、一匹でも見かけたら腹が減っていても逃げる。
⚪汚職騎士
備考:一時期とある公爵領で大量発生した、騎士の誇りと責務を捨てた金の亡者。義務である魔獣駆除に給料とは別口で領民に報酬を要求したり、野盗を裏で従えて略奪行為に手を染めたり、マッチポンプで正義の味方を演出したり、逆らった相手には適当な罪状をでっち上げて殺したりと、悪逆非道の限りを尽くした。
しかし、世間が帰省ラッシュに入ると、何故か必ずその数を激減させる。どうやら、その時期になると彼らの天敵がその地を訪れるため、夜に魔物や野盗ごと乱獲されていたらしい。
今は王家が本腰入れて駆除に乗り出したので、すっかり絶滅危惧種になっている。
後もう一話だけ、明日に更新して一区切りとします。