初期ランク試験 前編
お待たせしました
「さて諸君、北方義勇兵団へようこそ。俺の名前はグラハム、北方義勇兵団教導部官にして本試験の監督官だ」
件の実力調査より三日後。北方義勇兵団の本拠地に最も近い山岳地帯、常に雪が積もっているその麓。そこにグラハムと名乗った壮年の義勇兵と、彼と同じ隊服を身に付け、防寒仕様の帽子を被り、更に背嚢と小銃を背負い、更には自前で用意した剣や鉈、斧などで身を固めた十二名の老若男女が集まっていた。
しかし、この場に居る顔ぶれの殆どは、5日前に射撃場で実力調査を受けていた入団希望者達とは別の人間。彼らは二週間ほど前に入団希望者としてこの地を訪れ、件の実力調査を受けていた。そして今の彼らは、既に入団希望者では無い。
「この場に居る諸君らは、義勇兵団の一員として生きる為に必要な知識と技術を最低限身に付けていると判断された。つまり現時点を以て、諸君らは北方義勇兵団への入団を正式に認められた。おめでとう、我々は君達を歓迎する」
グラハムの言葉通り、ここに集められた者達の殆どは調査を受けた後、ベテランを中心に設立された教導部によって研修を受けさせられた。そして二週間ほどの期間を目安に、義勇兵としてやっていけるだけの必要最低限な知識と技術を突貫で叩き込まれた結果、どうにか使い物になるだろうと判断され、一応は義勇兵団の一員として認められた者達がここに集められた訳だ。
因みに当初は彼らと同じ時期に研修を受け始めた者が、この場に集まった人数の倍以上は居た。だが、まだ実力不足として合格判定を貰えずに研修が続いている者が複数、研修が厳しいと言って逃げ出した者が多数、気付いたら合格者は少数となっていた。
(今回は総勢十二名、その内の十名が研修組。まぁ、こんなものだろう。いや、むしろ…)
尤も、教導部が設立されて以来、入団希望者に対する実際の合格者の数はいつもこんなものだ。
昔は実力調査も研修も存在せず、入団希望者の数がそのまま義勇兵に変わり、そして何も知らない、何もできないド素人な新人の大半が続々に死んでいった。しかも、酷い時は周りを巻き込んだ上でだ。それを思えば大勢の役立たずを抱え込むより、信頼する同僚達が大丈夫と判断した少数を迎え入れる方が余程良い。少なくとも、グラハムはそう思っている。
だから尚更のこと、今後の為にも彼らにはコレをやって貰わねばならないのだ。
「これより諸君らには通過儀礼として一つ、試験を受けて貰う。因みに諸君らの入団は既に決定事項だ、義勇兵団のルールと法を破らない限り、この試験の結果次第で入団を取り消される、なんてことは無いから安心しろ」
「え、じゃあ何の為にやるんだ…?」
十二名の新人の内の一人が思わず呟いてしまい、そして慌てて口を塞いだ。目上の人間が喋ってる最中に口を挟んだのだ、軍隊だったらその時点で殴られてる。しかし幸いなことにここは義勇兵団、グラハムにギロリと睨まれるだけで済んだ。
軽率な新人が黙ったのを確認し、気を取り直した監督官は説明を続けた。
「今回この試験の結果で決まるのは、諸君らの『初期ランク』だ」
ランクは冒険者…もとい、義勇兵団にとって軍隊の階級、貴族の爵位、何より信用の証だ。与えられたランクが、その者がどれだけの依頼をこなし、どれだけ組織に貢献し、どれだけ多くの報酬を稼いだのか、あるいはそれらを可能とするだけの力を持っているのかを、周りに知らしめてくれる。
そして、そのランクを基準にして周りは実力を計り、共について行くのか、連れて行くのか、どんな役目を任せるのか、どんな依頼を任せるのか、あらゆる事を判断するのだ。
「知っての通り、ランクが高ければ高いほど危険且つ報酬の良い仕事を受けられるようになる。だが先程も言ったが、この試験の結果が悪かったからと言って追い出すような真似はしない。例え戦力外のEランクと判定されたとしても、それ相応の仕事は幾らでも用意してあるから余計な心配はするな」
研修の際、ランクについて既に説明されていた新人達だったが、ここでその話が出るとは思っていなかったようで、分かりやすいくらいに動揺していた。田舎上がりの若者を始め、良い年こいた中年までもがソワソワと、ついでにザワザワと落ち着きの無い態度を取っている。挙げ句の果てには、まだ説明の途中であるにも関わらず、隣同士で顔を見合わせながらブツブツと会話し始める奴まで現れる始末。
(まるで子供の遠足だな…)
彼らを前にして頭が痛くなり、思わず深い溜め息が出てしまう。そりゃ確かに何の説明も無く集められて、『今日から君達は正式に義勇兵です』と言われた直後にコレなのだから、動揺するなというのも無理な話だ。それでも、もう少し落ち着いた態度を取ってくれても良いのでは無いだろうか。
それに、確かに義勇兵としてやっていくのにランクは大事だが、ランク自体は本人の成長と活躍次第によっては昇格することができる。例えこの試験で初期ランクが低くなったとしても、義勇兵になれること自体は既に決定しているのだから、昇格目指して今後も地道に努力すれば良いだけの話だ。これ見よがしに焦る理由なんて、どこにも無いのである。
(それにしても…)
そんな中、周りと違う反応を見せる二名の若者が居た。
残りの十名と違い、その二人はグラハムの話を終始静かに、そして冷静に聞いていた。これから始まる試験で初期ランクが決まると言った際も、まるで知っていたかのように…いや、実際に知っていたのかもしれない。昨日、暇そうな義勇兵を片っ端から捕まえて話し込んでいる姿を見た。余った時間を使って、事前に役立ちそうな情報を集め回っていたようだが、きっとこの試験のことも上手く聞き出したのだろう。
「クロノ」
「どうぞ」
名前を呼ばれた少年は、それだけで少女の言いたいことを理解したのか、荷物から地図を取り出して彼女に手渡した。少女の方は当たり前のようにそれを受け取ると、即座に広げて現在地と周辺の地形の把握に努め始めた。
そしてクロノと呼ばれた少年はと言うと、何故か地図を眺める彼女の背後へと回り込んで、彼女の帽子を取って脇に抱えた。何をするのかと眺めていたら、白金の髪を馴れた手つきで三編みにし始め、離れていても分かるくらいに見事な手際で、背中まであった長髪がものの五秒で綺麗に纏められてしまった。その間、少女の身体は微動だにせず、一切揺れることは無かった。少女が地図に目を向けたまま『ありがとう』と短く礼を述べると、少年は彼女の頭に帽子を戻すと軽く微笑み、静かに元の立ち位置へ…少女の隣へと戻った。
(久々に現れた『即戦組』か…)
射撃場で圧倒的な実力を見せ、その後の座学でも文句無しの成績を叩き出した、この二人…アリシアとクロノは、研修不要の即戦力要員、通称『即戦組』としてこの場に居る。
つまりこの二人は北方義勇兵団を訪れた三日前の時点で、二週間の研修を受けた他の十名と同等、あるいはそれ以上の実力を有していると判断されたのだ。
深刻な人材不足に陥って以来、久々に現れた即戦組。入団の内定が決まってからも、残った今日までの時間を情報収集に充てる辺り心構えも充分、これは期待できそうだ。
(その実力、とくと拝見させて貰おう)
久しく感じて無かった期待感を胸に抱きながら、何も知らないその他十名の為に、グラハムは試験の内容を告げるのだった。
◆
エルフィーネ王国の北部は、雪と豊富な水源、巨大な森林地帯と山脈で構成されている。広大な土地と豊かな自然は、雪と寒さを克服した生き物達に命の恵みを与え、繁栄をもたらす。特にその恩恵を受けているのは、この世で最も強靭な生命力を持ち、古来より人間達の脅威として存在する『魔物』達だ。
長い歴史の中、エルフィーネ王国は北部の開拓を幾度も試みた。しかし、厳しい自然と魔物達の群れが生み出す苛酷な環境は、その全てを寄せ付けず今も尚、この国唯一の未開の地として存在し続けている。
(畜生、思ってたのと違い過ぎる…)
そして先々代の国王が軍隊まで導入して実行した開拓計画が多大な犠牲を出したことで失敗に終わり、国の財政がひっ迫している訳でも無く、北部だけにこだわる理由も無く、何より戦以外のことで、それも自国の領内で無闇に兵を死なせるような真似を二度としたくない王家は北部から手を引いた。それ以来、公共事業としての北部開拓計画は凍結された状態が続いている。
しかし、今も残る未開拓地ということもあり、北部には豊かな自然と、手付かずの資源が文字通り山のように眠ったままだ。それら宝の山を前にして、商人を始めとする民間の事業家達に諦めるという選択肢は無く、投資という形で金にものを言わせ、より莫大な金を稼ごうと、あらゆる手段用いて北方の開拓に力を注いだ。
そんな彼らが大事な儲け話に挑む際、昔から一番に頼り利用し続けてきたのが、かつての冒険者ギルドであり、現在の北方義勇兵団なのである。
(何が王国最後の冒険者ギルドだクソッたれ、こんなの軍隊と何も変わらねぇじゃねーか)
依頼主及び関係者の護衛、施設の警備、危険な魔獣の駆除、特産物の採集、生態系の調査、未確認領域の探索など、義勇兵団が担う仕事は多岐にわたる。
胸中で毒づきつつ、ザクザクと雪を踏みしめながら山道を進む新人義勇兵…農家出身の彼が現在受けているこの試験も、そういった内容を想定したものだ。
(荷物は重いし、山は寒いし、地図は分かり難いし、しかも試験の内容が…)
『義勇兵の基本装備一式を身に付けて指定された地域に向かい、辿り着いた証としてそこに生息する動植物や魔獣の一部を回収し、義勇兵団本部に帰還すること。試験結果の評価基準は、採集したものの質と量、そして帰還するまでに掛かった時間の二点とする』
それが、彼ら彼女らに与えられた試験の内容である。因みに、指定された地域は出発点から大分離れており、小さな山を登ったり迂回したりする必要があり、片道だけで半日近く掛かる。夜の山中を移動するのは危険なため、確実に一回は野営することになるだろう。
(片道だけでもしんどいのに、辿り着いたら帰らないといけないとか勘弁してくれ…)
実家を継ぐのが嫌で、勢いのままに家を飛び出し、退屈な畑仕事とは対極の仕事を求めて王都まで行った際、この義勇兵団の存在を知った。祖父の代までは各地に存在していた冒険者ギルド、その末裔といも言える組織。まさに刺激的な毎日を求めていた自分にうってつけと思い、入団してみたら現実は想像と違い過ぎて弱音と泣き言が止まらない。
軍隊は訓練が過酷と言うから義勇兵を選んだのに、いきなり触ったこともない銃を渡され、使い方が分からなくて一発も撃てず、その結果、要研修とか言って鬼軍曹みたいなおっさん達に地獄のような訓練を施された。やっと終わったと思ったら、今度はクソ重い荷物と、訓練送りの原因となった忌々しい小銃を持たされ、寒さと雪に包まれた大自然の中を歩かされてる。
地図に従って最短ルートを進んでいたのに、立ち塞がるように聳える3m超えの小高い岩壁にすら、苛立ちが湧いてくる。
(迂回するべきか、登るべきか…)
地図を見ると、この岩壁は横に向かって長く、防壁のように伸びているようだ。安全に進もうとするなら迂回するべきだが、地味に距離がある。かと言って登るには、中途半端に高い。一応、壁を登るための装備も荷物の中に入っているが、その重い荷物を背負ったまま登るには少々骨が折れそうだ。それに手を滑らしたりして落ちようものなら、物理的にも骨を折りかねない。
仕方なく迂回しようと横を向いた、その時だった。視線の先に見覚えのある姿が二人分、先程の自分のように立ち塞がる岩壁を見上げる姿があった。
(あれ、あの二人は…)
この試験を始めるにあたって集合させられた出発地点、そこで初めて顔を見た銀髪の少女と黒髪の少年。自分と同い年ぐらいな上に、二人とも特徴的な容姿も相まって、一目見ただけで印象に残った。少女の方に至っては、この御時世に騎士が使うような剣を腰に下げていたから猶更だ。だから最初に集合した時、研修組同期に混じって見覚えの無い奴が居たので不思議に思ったのだが、既に何度も話を中断させられて苛立っていたグラハムに質問する勇気は無かったので、結局二人が何者なのか分からず仕舞いのままである。
「クロノ」
「はいよ」
唐突に少女が自分の背嚢と小銃を連れの少年に手渡し、腰に下げた剣はそのまま、彼に背を向けて岩壁から距離を取り始めた。逆に少年の方は手渡された荷物を抱えたまま、自ら岩壁に近づいて行った。そして手渡された分と自分の分、両方の荷物を足元に置くと壁にを背を預けて両手を組み、中腰になって身構えた。
何をしているのだろう、そう思った時だった。
「いくわよー」
そんな声が聴こえたと思ったら、少女が岩壁…否、少年目掛けて駆け出した。雪に一切足を取られることなく、整えられた運動場の上を走るかのような軽やかなステップで、瞬く間に少年との距離を詰めた彼女は勢いそのままに、少年の両手に足を振り下ろした。そして、少年は彼女の足を両手で受け止めると、振り下ろされた勢いに負けることなく、乗せられた足ごと渾身の力で腕を振り上げた。
ポーン
もしも擬音で表現するならば、そんな感じだろうか。少年の助力で跳躍力を高めた少女は、3m以上はあった岩壁を軽々と、ひとっ跳びで登り切ってしまった。
「嘘ぉ…」
唖然とする中、更に少年の方が動き出した。一度足元に置いた背嚢を手に取って岩壁から少しだけ離れると、身体を捻って勢いをつけ、ハンマー投げのような動きで空目掛け放り投げる。宙を飛んだ背嚢は岩壁の高さを超え、重力に引かれて落ちると、程々の勢いで上で待ち構えていた少女の腕の中に収まった。
その後も同じようにもう一つの背嚢、槍投げのように小銃二丁を岩壁の上に居る少女に投げ渡し、最後に残ったのは少年だけ。すると、岩壁の上から一本の長いロープが垂らされた。試験用に渡された装備一式、その中に含まれていたロープを二人分結んで長さを増やしたもので、ロープの先端には当然ながら少女の姿、そして重しとして括り付けられた二人分の背嚢が。
黒髪の…クロノと呼ばれた少年はそれを掴むと、先程の少女に負けず劣らずの身体能力で、スルスルとあっという間に岩壁を登り切ってしまった。
「嘘ぉ…」
驚き過ぎて、思わず同じ言葉を呟いてしまった。
本当に何者なのだろうか、あの二人は。あんなやり方は研修で教わっていない。いや、教わったところで出来る気はしないが。そもそも、この試験って受験者同士で協力し合っても良いのだろうか……そう言えば、ダメとは言ってなかった気がする…
ザクッ
雪を踏む音がして振り向くと、研修組の同期がポカンとした表情で岩壁の上を見ていた。多分、自分と同じものを見て、同じような思いを抱いたのだろう。
いつの間にか岩壁の上の二人は先へと進んだのか、姿は見えなくなっていた。視線を向ける先を失った二人は、ふと互いに目を合わせ、やがて片方が口を開いた。
「真似してみるか?」
「いや無理無理無理無理跳ぶのも跳ばすのも無理だって」
⚪フロリア地方
イメージ:カナダのバンフ国立公園(冬)
備考:常に雪と大自然に包まれた、エルフィード王国最後の秘境の地。そこに生息する魔物達は他の地域に住むよのより強く、大きく、何より数が多い。大陸最強と言われた王国軍ですら攻略を諦め、今は商魂魂溢れる事業家達が義勇兵団と共に、フロリアの地に手付かずで眠る宝の山を求め、地道に開拓を進めている。
⚪北方義勇兵団
備考:かつて大陸中に存在していた冒険者ギルド、その後継組織にして最後の砦。改革により国の行政と軍が発展し、需要も人材も根刮ぎ持っていかれてしまい、今も冒険者ギルドとして機能しているのはフロリア地方を中心に活動している彼らのみ。
フロリア地方の開拓を目指す事業家達からの需要、かつて組織の母体となったギルド出身の辺境伯が後楯になってくれていることによって存続を維持できている状況だ。
基本、犯罪者でも無い限り誰でも入団できるので、所属者の実力はピンからキリまで様々。しかし、秘境にして魔境のフロリアの地で生き残り続けるベテラン達は例外なく手練揃い。