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まるまるのあき

作者: 大橋 秀人

瞬くと、机に置いてある栗大福が手招きしていた。


「お帰りなさい。寒かったでしょう」


上着を椅子にかける頃には、そんな言葉と一緒に淹れたての緑茶が目の前に置かれた。


もうこれは、大福を食べろと言われているのと一緒だろう。


「え、食べるんですか?」


お茶に目もくれず差し出されたサンタの手は、意地悪な柊の声に制された。


嫁はゆっくり座り、茶を啜りながら、小悪魔みたいな表情でこちらを監視している。


緑茶は延々と湯気をくゆらせている。


そうしている間も、栗大福はじっとして動かない。


栗なんか気にせずぱっくりと大口で頬張って、小豆餡の甘味が広がり切ったところに緑茶を流し込む。


苦味が一層、甘味を引き立たせる、至福ーーーー。


ーーーーそんなイメージが明確に浮かんでいるのに、サンタは珍しく手を引っ込めた。


「そりゃそうですよねー」


またもまったり緑茶を啜りながら柊は呟く。


「昨日の今日で自分の言ったことを覆すなんて、あり得ないですもんねー」


ニヤける性悪妻に返す言葉もなく、頭に血が昇った勢いのまま、サンタは立ち上がったのだった。


昨日の飲み会のあと、何度目かの宣言をした。


たしか、しばらくは摂生する、だったか。


いや、これから甘いものは食べない! だったか。



脱衣場でワイシャツを脱ぎ、部屋着に着替えようとすると、さりげなく脇に畳んだジャージが置かれていた。


夏の終わりに散々駄々を捏ねて買ってもらったやつだ。


これから毎日走るんだから。


それが押し通した理由だったのだが、最後に着たのはいつだったか……。


「あれ、今日は何かありましたっけ?」


自分の湯飲みを洗いながら妻は聞く。


「何が」


「いや、走らない理由です」


サンタは惚けながら理由を探す?


「今日は降らないらしいですよ」


窓の外を見上げるとすかさずそんな言葉が飛んできた。


「昨日は飲み会。一昨日は雨。その前は……」


「わかってるって。でも今日は、そういえば週に一度のポテチデーだった」


満面の笑みを向けたのに、返ってきたのは凍るような無表情だ。


「一体いつ走るんですか」


てきぱきと夕食の支度をしながら妻は問う。


「年末までに痩せるっていいました、よね?」


幾分、カボチャを切る包丁の手に力が入っている気がするーーーー。


年末、久しぶりに野球部の同窓会が開かれることになり、その時にせっかくだから試合でも組んでみようということになっていた。


当時も酒が入っていて記憶が定かでないサンタだったが、調子の良い彼が二つ返事で参加を決めたのは想像に易かった。


サンタだけならまだしも、マネージャーだった柊も行かないわけにはいかない。


それまでに少しは絞って動けるようにしておきたいというのはのがサンタの考えだった。


鼻から妻は夫の活躍を期待している訳ではなかったのだが、当時より一回り膨れたサンタを引き締める口実には持ってこいだと思った訳だ。


しかし想像以上に夫は走らなかった。


正確には、はじめの二日しか走らなかった。


あとは何も言わなければ当然、言っても言い訳をする始末。


もともとキャッチャーだから身軽に走れる方でもなかったが、今のままでは屈伸運動もままならない。


「このままだとまともにできないですよ、野球」


何だかんだでこの言葉が一番効く。


サンタは我に帰り、渋々だがジャージに着替えてきた。


「走るよ」


「はい」


「食うよ」


「はい?」


顔を上げたら、真顔で栗大福を鷲掴みしている夫がいた。


「走ったら食う」


柊は可笑しくて、でも笑ってはいけないとうつむき、


「どーぞ」


とだけ応えた。


玄関を出ていく夫が指を舐めているのを見て、妻は一人で爆笑したのだった。





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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。毎日の運動は、体にいいと分かっていても、何かの理由でだんだんとやらなくなってしまうサンタさんの気持ちがよく分かります(笑) 私も三日坊主のほうなので……。でも、良い気候になって…
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