第3話 眠るBAR(完)
息子「ありがとうございました!」
(ガチャッ[扉を閉める音])
息子「マスター、今ので最後のお客さんだよ。そろそろお店閉めようか」
父「ああ、そうだな」
息子「なあマスタ……父さん!この後時間ある?」
父「…時間ならあるが、どうした?」
息子「…俺の作ったカクテルを、飲んで欲しいんだ!」
父「…ああ、分かった」
(シェイカーを振る音)
息子「どうぞ」
父「どれ…(ゴクッ) …!これは」
息子「チョコレートカクテルだよ。父さんの好きな、ビターなカカオチョコを使ってみた」
父「しかもこのチョコの味…」
息子「ああ。父さんが好きな海外の限定ビターチョコだよ。結構するやつだから、懐は痛かったけどね」
父「……」
息子「俺、父さんに『お前には根っこがない』と言われた時、相当ショックだったよ。…図星だったからね。それ以降、カクテルを作る以上に、自分とは? って考える時間が増えた」
父「ほお。その顔を見ると、考えた結果何かしら答えが出たようだな」
息子「ああ…俺は……これまでのままでいくことにするよ。そして、それを俺の根っこにするよ!なかなか本音を出せなくて、人に対して本気で怒ったことなくて、でも自分自身の情けない部分には怒ってて…
そんな自分が嫌になる時もあったけど、父さんに指摘されて自問自答した結果…そんな自分を認めていこう。その上で変われるところは変わっていこう。そう考えたら、とても心がスッキリしたんだ」
父「わざわざ俺の好きな限定ビターチョコをこっそり取り寄せる辺り…お前の優しさや気遣いが伝わって来たよ。…おいジュン。俺、来月から母さんと一緒に海外旅行に行くことにするよ」
息子「えっ?」
父「母さん、イギリスに行きたいって前から言ってたのは知ってるだろ。一週間くらい一緒に羽を伸ばしに行ってくる」
息子「ちょ、ちょっと!何言ってるんだよ!お店はどうするんだよ!!」
父「何言ってるんだ、お前がいるじゃないか」
息子「えっ?」
父「これからはカウンターが…お前の立つ場所だよ」
息子「父さん!それじゃあ…!」
父「よーし、もう帰るぞ!俺は明日から海外旅行の手続きとかで忙しいんだ。来月からは全てお前に任すから、今月中にしっかりマスターとしての心得、覚えろよな」
息子「は、はい!!」
『ここは、都内某所にたたずむ、とあるBAR。元マスターの親父と、現マスターの息子による…閉店後は眠るBAR』