優秀な緑スリッパとその開発者
時は戻って、私がスーに詰め寄られていたとき。ウィズが緑色のスリッパで頭を叩いたとたんにスーが落ち着きを取り戻した。
「あら? ……申し訳ございません。私としたことが可愛らしい反応に興奮してしまいました」
正気に戻ってもナチュラルにこんな恐ろしい台詞を吐けるのかこの子は。
鳥肌が立つのを感じていたら、スーの目が光った気がした。
止めてくれ。襲うならスイの方に行ってくれ。
「……かしこまりました」
またもや私の心を読んだらしいスーは、意気揚々とスイのもとへ向かった。
「す、スー? 急にどうしたの……?」
「諦めなさい、スイ。ラシェル様のご意向です」
「そんなっ!」
情けない声を上げて逃げていったスイを、スーが静かに、しかし非常に楽しそうに追いかけて、二人は部屋から姿を消した。
スイよ、骨は拾うぞ。……あっ、ゴーレムに骨ってあるのかな?
それはともかく……
「さっきから無言の突っ込みで驚きのビフォーアフターなんですけど、凄いのはウィズさんですか、そのスリッパですか?」
「これだな」
ウィズはスリッパを掲げて即答した。
もちろんそのスリッパ……って、ええ!?
「……これには精神に作用する魔法が込められている。簡単に作れるものでもないから、無駄づかいはしたくないんだが……」
「さっきラックに……」
「あれは普通に痛いスリッパだ」
普通に痛いスリッパ……
「そのデザインは……」
「作ったやつの趣味だ」
作った人の……
「それを作ったのはこの塔の技術者だね。基本的には管理者に付いて外にいるけど、気になるなら帰って来たときに会えるように手配しておこうか?」
「会います!」
ウィズの後ろからひょこっと顔を出したラックの提案に、私は一も二もなく頷いた。
このスリッパ欲し……じゃなくて、このデザインは絶対、日本人の発想でしょう。作った人に会わないわけにはいかない。
そんなこんなで塔の中を探検したりだらだらしたりして数日が経ち、塔の管理者が帰ってきたという知らせが入った。初めて会う塔の管理者と技術者に、ワクワクした気持ちで彼らが来るのを待つ。
そういえば管理者って、『翠玉の迷宮』で(人形がなかったら)一番の推しであるロランドなんだっけ。ロランドと一緒に行動する技術者って、従者とかかな?
ロランドは魔道技師としてずば抜けた才能を持っているから、彼を差し置いて技術者をするなんてきっと凄い人なんだろう。
「姫様。ロランド様と塔の技術者がいらっしゃいました」
「はい、どうぞ」
スーの声がして、背筋をただす。
失礼します、と声がかかってスーが扉を開け、その後ろから入ってきたのはゲームの立ち絵をそのまま実写化したみたいなイケメンだけだった。……いや、正確にはいつもの人形も付いているのだけど、あれはカウントするべきではない。というか、カウントしたくない。
「はじめまして、と言った方がいいかな? 俺はこの塔の管理者を任されているロランド・サイオーニだよ」
部屋に入ってきた色男に見とれたり、お人形にびびったりと心の中で忙しくしていたけれど、挨拶をされて我に返る。
「は、はじめまして。……ええと、技術者の方もいらっしゃるとうかがったのですが……」
「ここにいるじゃねーか。おまえの目は飾りなのか?」
私の疑問に答えたのはロランドの隣に立っていた人形だった。
そうかー。お人形さんだったかー。確かにいつもロランドと一緒にいたもんねー。
……………………いや、なんでだよ!?
表面上は笑顔だけど、私の心の中は爆弾の雨が降るような荒れ具合だった。あのお人形は3Dにしたらだめなやつだ。やっぱり目の焦点が合ってないし、何で話すときにカクカク動くんだよ。魔道技師ならもっと滑らかに動くようにしてくださいよ。
「ロランド様。ラシェル様が怯えておいでなので、ダミー様に退出していただくべきかと」
「はあ!? 何で俺が……」
「ダミー。多分だけど、外行き用の体なのがいけないんじゃないかな?」
笑顔で固まっている私に助け船を出したスーの言葉に、ダミー(っていうのかあの人形……)が驚いたような反応をして、最後にロランドがのんびりと補足した。
「てめえが急ぐっつったからこのままで来たんじゃねえか! 人形姿がだめとか二度手間じゃねえかふざけんなよまったく……」
ダミーはぶつぶつと文句を言っていたかと思うと、突然がしゃんと音を立てて崩れ落ちた。
「ひいっ!?」
やめてください本当に! え、ちょっと待って。何で急に崩れ落ちちゃったの!? 何かに乗り移ったりとか呪ったりとかそういうことしちゃうんですか?
「大丈夫だよ。この塔で使う方の体に行っただけだから。そこにいるスーも同じことをしてると思うけど……」
「お世話を任された人の目の前に体を置いていくようなまねはしていません」
「そっか。それじゃあ初めて見たのか。それはびっくりしただろうね。悪かったねえ」
「い、いえ! ロランド様が悪いわけではないので!」
眉尻を下げたロランドにあわあわしながら返事をしていたら、これまた突然、扉が音を立てて開かれた。
「ほら、これで文句ねえだろ!」
「おお。早かったね、ダミー」
ドアの前にふんぞり返っているのは赤髪のイケメンで、その人にロランドが声をかけた。……って、ダミー……?
「え? え?」
力なく横たわる人形と謎のイケメンを交互に見る。
「何だよ、文句でもあんのか?」
「ダミー。急に見た目が変わったら、普通の人はびっくりするものなんだよ?」
「その人形がだめっつったのはそっちの方だろうが。体変えてきて文句言うんじゃねえ」
「これはダミーが塔の中で使う体なんだ。口調は変わらないから分かりやすいでしょ?」
ロランドはダミーの言葉をさらっと流して私に説明した。
…………分かりやすいか?
疑問が顔に出ていたのだろう。ダミーは眉をひそめて不快感をあらわにした。
「あのなあ。俺は外の護衛とかそこにいるメイドみたいに魔力が多いわけじゃねえんだよ。こんな複雑な操作が必要な体は塔から離れりゃ三時間と持たねえぞ」
呆れたように言われた言葉に、本で読んだ内容を思い出す。
確か、土地によって魔力の濃さは違っていて、それによって魔法の効率とか魔道具の動きやすさとかが変わるそうだ。
地下には地脈と呼ばれる魔力の河のようなものがあって、その近くでは地上の魔力が濃くなるらしい。さらに地形的要因が重なるとより濃くなるようで、この塔がある森もそのような場所の一つなんだそうだ。
ゲームの裏設定を見ているようで楽しくて、魔法関係の本はかなり読みあさったので、魔法に関する知識はそこそこ増えたと思う。
無駄知識だと思ってたのに早速役に立ったよ。
「とにかく! これで俺が技術者だって理解できただろ?」
……ああ、そうだった。この人(?)はお人形としてではなく、塔の技術者としてきたんだった。
ってことはあれですよね……?
この人(?)があの魔法のようなツッコミアイテムを創った人(?)ですか!?
前半部分の時間軸は第三部の後です。
ややこしくてすみません。