図書室は広く、妖精は可愛い
「さて、もうすぐ夕方だけど、これからどうしたい?」
私が召喚されたのは昼頃だったようで、なんだかんだしているうちに夕方近くになっていた。
スーはどうしたって? あの後スイに標的を変更して、意気揚々と出て行きましたとさ。めでたしめでたし。
「うーん。図書室と庭に行きたいんですけど、大丈夫ですか?」
「うん。俺たちがついて行く限りは塔の中のどこに行ってもいいよ。ただ、夕食の時間に間に合うように、今日は一カ所に絞ろうか。時間はいくらでもあるわけだし、ゆっくり回ろう?」
「それもそうですね。それなら今日は、図書室に行きたいです」
ラックの提案ももっともなので、まずは図書室に行くことにした。
部屋を出た先には塔の外周に合わせたような幅の狭いらせん階段があって、そこを降りるんだけど、これが長い。
現れた下の階の廊下を抜けてまた階段、廊下を抜けて階段、廊下、階段、廊下、かいだ……。
「エレベーターはないのか、エレベーターは!」
「えれべ……?」
「何で本を読むだけでこんなに労力を使わねばならぬのか!」
「わああああ申し訳ありません! 今までの方々は下の階に降りることが殆どなかったので、階層間の移動手段は整備されていませんでした!」
疲れすぎて変になったテンションの中、慌てたラックが大声かつ早口で言った内容に首を傾げる。……と同時に正気を取り戻した。
「え? あっ、すみません。取り乱しました……」
前の体でもほとんど上げたことのない大声を初日で上げることになるとは、自覚している以上に混乱しているのかもしれない。
そして後ろのウィズが無言でスリッパを出すのを見てしまった。叩かれなくても分かる。それって痛いやつだよね? お願いだからしまってください。
「それで、その。他の人たちって、部屋から出なかったんですか?」
「あ、うん。ここに来るのはまともじゃない人たちだったから、部屋から出ないか、部屋から出せないかの二択だったんだ」
「以前の“ラシェル姫”は後者だな」
「そもそも、本を取りに行ったりっていうのは使用人の役割だからね」
あー、いろいろ納得。
「でも二人とか、スーやスイだって、この階段は辛いんじゃ……?」
「ああ、それはね」
そう言ったラックは一瞬で姿を消し、五秒ほど経ってまた姿を現した。その手には本が数冊。
「俺たちは純魔力生命体だから、この塔の中では自由自在! どこにだって移動可能なんだ」
「スーとスイはこの塔の中に複数の体を持っている。早い話、別の階に行きたかったら体を替えればそれで終わりだ」
あー、いろいろ納得。
「つまり、この塔の階段はほとんど意味をなしていなかったと」
「そういうことだね」
そりゃあ、エレベーターなんて作られないわけだ。この塔にいるのはチート持ちばっかりか。
「まあ、どちらにしろそのラインナップはないから自分で選びに行きますけど」
ラックの手元にあるのは『呪う魔人』とか『毒霧の森のジャバウォック』とか、女子に勧めるのはどうかと思うような本ばかりだ。
「ええっ!? 以前のラシェル姫はこんなのばっかり読んでいましたよー?」
人の趣味をどうこう言うつもりはないけど、“ラシェル姫”と本の話をしても盛り上がらなさそうな気がする。
その後もひーひー言いながら歩き続けて、やっとのことで図書室に着いた。そして移動に時間をかけすぎて夕食の時間が近づいていたので即、部屋に戻った。
ちなみに帰りはラックに運んでもらいました。早くて楽だったし、アトラクション気分で楽しかったです、まる。
はじめは夕食を取ったらまた探検しようと思っていたけど、無理だった。長い階段に疲れた私は、倒れるように眠りに落ちたのだった。
次の日の午後。今度ははじめからラックに運んでもらった私は上機嫌で本を選んでいた。
何が凄いってこの図書室、ツーフロア分という驚きの広さなのだ。その空間に所狭しと並ぶ本は壮観。
聞いてみたら先々代の王の時にここに入ってきた王の姉君が本好きだったらしく、その人を慕っていた当時の公爵様だかなんだかが大量に寄付したらしい。元からあった図書室には収まらない量だったから増築した結果、この規模になったんだとか。
「あと、ここの司書も本を集めるのが趣味でね」
「司書?」
「今のうちに紹介しておこうか。ブークー! いるー?」
「はいはーい! 呼ばれて飛び出て、ブークだよ!」
ラックが声を張り上げると、ポンッと音を立てて男の子が姿を現した。大きな猫目に桃色の髪をしたその子は、ふわふわと空に浮いている。
「今日はどうしたんだい? 頼んでた本が手に入った……にしては早いよね? 新しいリクエスト?」
ラックに向かって話していたブークは、ふとこちらを見て首を傾げた。
「初めて見る姉ちゃんだ。新人さん?」
それに対して、ラックは楽しそうに「それは違うんだなー」と否定する。
「実はね、ブーク。この方こそがラシェル・オーバン・エメラルド姫にあらせられるのだよ」
「な……なんですとー!? それじゃあ本を……」
「ちょおっと待ったー!」
「何!?」
「それが、ラシェル姫はこれまでのような本は好みではないとおっしゃるんだ……!」
「そ、そんな……!」
…………楽しそうで何よりです。
突然始まった寸劇にはじめは驚いたけど、こちらを放っておいて長々と遊ぶのを見かねて、ウィズにアイコンタクトを取る。
するとこちらの意思を理解したらしいウィズは、一つ頷いてどこからか緑色のスリッパを取り出した。
「これは聞くも涙、語るも涙の……あだっ!?」
「長い」
叩かれたラックが涙目になったけど、言うことがあるとすれば『ナイスツッコミ』くらいだろう。
「それで、結局の所ラシェル様はどうしちゃったわけ?」
ラックが突っ込まれるのを見てケラケラと笑っていたブークは、落ち着くまでにたっぷりと時間をかけた後、そう聞いてきた。
「ラシェル姫は異世界召喚の術を使って全く別の人間の魂をその身に入れた。それだけだ」
「なるほど~。それじゃあ本の趣味が変わったのも納得だね」
ウィズの簡潔な説明で納得したブークはくるりとこちらに向き直り、片手を胸に当てて可愛らしくお辞儀をした。
「はじめまして、新しいラシェル様。おいらはブーク。この本の部屋にすむ妖精さ! 本が見つからないときはこのブークにお任せあれ! どんな本でもすぐに見つけて来るからな! そんなわけでよろしくー!」
「よろしくね」
「早速だけど、今のラシェル様はどんな本が好きなんだい?」
「うーん、今までに勧められたのよりは楽しいのが良いかな」
「分かった! 笑える本を持ってくるね!」
「あっ、ちょっと待って!」
うっかり目的を忘れて和んでしまった。
その場を離れようとしたブークを慌てて引き止める。
「その笑える本も読むけど、まずはこの世界の歴史とか最近の情勢を知りたいんだ」
「新聞や歴史書ってことかい? もちろん良いけど、勤勉な姉ちゃんだなー」
「あはは……」
常識を学ばない異世界人が痛い目を見るのは世界の常識なんだ。
…………塔から出られないのに必要かは分からないけどね……。