多分見張りだと思うんだけどな
どうしたことか。
ていうか“サモン・デーモン”て。『失敗すると悪魔に体を乗っ取られる』って。
一応女子大生捕まえて悪魔扱いですか。
私がラシェルになってしまった原因が分かったのは良い。
でも、悪魔かあ。これバレたら討伐されるとか…………あり得るよね……。
ベッドに寝転んで目の前に二枚の紙を掲げる。
説明文の方を見る限り、もう片方の文様は召喚に使う魔方陣なのだろう。
ラシェルはどうしてこんな儀式をしたのだろう……なんて、私に分かることでもないし、そもそも心を壊していたのなら思考を読むことは難しくなるだろう。考えても無駄なことに思えた。
それよりもこれからどうするかだ。とりあえずこの二枚の紙はどこかに隠しておこう。見られたら本当に悪魔に乗っ取られたと思われかねない。
明らかに以前と変わったと思われる“ラシェル”の態度については、記憶喪失だということにしてしまおう。もう精神が壊れてるんだから、記憶喪失になったところで不都合もないだろうし。
そして娯楽だ。三食昼寝付きは魅力的だけど、暇すぎるのは頂けない。それに多少は体を動かさないと太ってしまいそうだ。せっかくミステリアスな美少女に生まれ変わったのに、太るのはもったいない。ここは閉じ込める施設だと思っていたのだけど、部屋に鍵は掛かっていないし、外に出たりはできるんだろうか?
その辺の疑問は外の見張りにでも聞こうかな。
今後の方針が決まったので、とりあえず見張りの人に話を聞くことにした。
「あの……」
「はいぃ! どうかされましたか? また何か不手際が!?」
扉を小さく開けて隙間から窺うように声を掛けると、先ほどと同じお兄さんがビクッと跳ね上がって慌てたように問いかけてきた。
「いえ、そういうわけでは……」
「それではまた何か新しい生贄がご入り用で!? いえ、それではこちらの人員が大変なことに……!」
「生贄!? 何の話ですか? それよりも話を……」
「そうではないのですか? それならば……あだっ!?」
混乱したお兄さんは私が話す隙も与えずに言葉を発するものだから、私も混乱状態になっていた。二人して涙目で収拾が付かなくなった辺りで、気配無く立っていた無表情のお兄さんが混乱していたお兄さんの頭を緑色のスリッパで叩いた。なぜそれがここにあるのか。ゲームの世界だからか。
「……話を聞け」
驚きで固まったお兄さんは、そう短く言われて呆けたように「ああ……」と返事をした。
「えっと……」
私も呆気にとられていたが、なんとか声を掛けようとすると混乱していた方のお兄さんはへらっと笑った。
「いやはや、お手数をおかけしました。ここは大目に見ていただけると……」
「えっと、うん……?」
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
よく分からないまま感謝されていたら、大げさに感謝していたお兄さんがふと首を傾げた。
「ところで、結局は何のご用で?」
うわあ超マイペース。
これと一緒に仕事をする無表情のお兄さんに尊敬と憐れみの念を抱くが、本題に戻ったので良しとしよう。
「ここはどこ? 私は誰?」
「…………」
「…………」
「…………あー、その……」
…………どうしよう。言ってみたかっただけなんだけどなあ。
さっきまでへらへらと笑っていたお兄さんには可哀想なものを見るような目を向けられ、無表情なお兄さんの目が据わった。ふざけるなってことですねすみません気をつけます!!
「調子に乗ったのは謝りますから、そんな目で見ないでください! ……それに今の私に記憶が無いのは本当のことですし……」
私がそう言ったのを聞いた感情豊かな方のお兄さんは急に、さっきまでのヘタレ具合は何だったのかと聞きたくなるような真剣な顔で問いかけてきた。
「まさかあなたは、“召喚された者”なのですか?」
「……はい。そうなりますね」
どうやらこの見張り達は何かを知っているようだし、隠しても仕方がなさそうなので諦めて答える。
するとお兄さんは顔に手を当ててうなだれた。
「なんてことだ……」
私は訳が分からず混乱していたが、それに気付いたもう一人が説明してくれた。
「……魔法は分かるか?」
「ええ。まあ……空想上の話でしたけど」
「魔法というのは世界の理を曲げる術だが、その中でも使用に世界規模のリスクが伴うものは禁術とされる。時間遡行はその最たる例だ。過去に変化を生じさせると現在が崩れかねない。平行世界が全てを受け入れられるわけではないからな」
「はあ……」
無表情のまますらすらと話し出したお兄さんだが、私がその話を全て理解できているわけではない。
相手もそれが分かっているのだろう。横から「魔法には禁術があるってことが分かれば良いよ」という助言が入る。そのまま話し手は表情豊かな方のお兄さんに移った。
「さっきこいつが言った“禁術”ってのには反魂の術も含まれるんだ。つまりは生き返りの魔法だね」
「生き返り……」
「そう。“世界で最も不毛な魔法”だ。……その術式をのどから手が出るほど欲しがる人は後を絶たないけどね」
「不毛な……」
RPGなどで一般的な蘇生魔法が不毛だと言われたことに不思議な感覚になる。
「君の部屋に魔法を使った形跡はなかった? 俺たちの予想が正しいのか確認したいんだけど」
そう言われて思い出すのは、本の下に隠れていた二枚の紙。
「心当たりがあるので持ってきます!」
私は急いで部屋に戻り、棚の中に隠していた説明書きと魔方陣を引っ張り出してきた。
私が持ってきた紙を無表情な方のお兄さんが観察して、深いため息を吐いた。
「これだな。たしかに召喚の術式だが、これは反魂の一種。それも異世界から力ある魂を引きずり込む、禁術中の禁術だ。大昔には勇者召喚の術として使われたものだが、それが“悪魔召喚の術”とは、笑えるジョークだな」
「「…………笑える?」」
そう言った本人の鉄壁の無表情に、私たちは首を傾げてしまった。
渋い顔になったお兄さんがどこからかスリッパを出したのを目にしたもう一人が、慌てて弁解する。
「いやいやいや、ちょっと待て! 別におまえを貶したわけじゃないから怒るなって! これは……その、あれだ……ちょっと珍しいことを言ったから、からかいたかっただけで……」
それもだめだろうと思ったタイミングで案の定、すぱーんと気持ちのいい音が響いた。