【53】潮騒
湾の外に、岩が積みあがったような小さな島があった。
尚美たち4人が防波堤の先まで来た為か、カモメたちはみんなその岩の島に移って群がっている。
4人は防波堤の先まで辿り着くと、灯台の傍らに腰を下ろした。
遠くで見た時には小さく見えた灯台も、間近で見ると意外と大きくて、二階建てほどの高さはある。
尚美は堤防の淵に脚を下ろしてぶらつかせながら、テトラポットの隙間を覗き込む。
頭のちぎれたソフトビニールで出来た古い人形が、隙間に転がっているのが見えた。
何処からか流れ着いたのか、ここから誰かが投げ捨てたのか――何だか奇妙な出逢いのようで、それから目が離せなかった。
――この人形は、いったいどんな主にどのように出逢い、どんな景色を見ていたのだろう。
開いたままの少し青みがかった瞳が、尚美を人恋しそうに見つめている気がした。
「ナオ、お弁当持って来た?」
背中を突かれて振り返ると、友恵が言った。
尚美は頷いて、リュックの中から二人分のお弁当を取り出す。
友恵とふたりで、お互いふたり分のお弁当を持参する約束だったのだ。
彼女が敷いた小さなレジャーマットの上に、尚美は自分が持って来た弁当を広げた。
友恵はサンドウイッチ、尚美はおにぎりをベースに、それぞれおかずの入ったタッパをあける。
「うお、旨そうだ」
武山は友恵の出したコーラのプルタブを開けると、直ぐにおにぎりに手を伸ばす。
「ちょっと、最初はサンドウイッチでしょ」
友恵が彼の肩を叩く。
「えっ、なんで?」
「最初はあたしのを食べるのが礼儀じゃん」
「そっちも食べるよ」
武山が尚美のおにぎりに齧りついた。
圭吾は遠慮気味におにぎりを掴むと、尚美の顔をチラリと見てから口に運ぶ。
尚美は気を利かせて友恵のサンドウイッチに手を伸ばした。
別に普通のサンドウイッチだ。
ツナと卵とハムが挟んであって、シャリシャリとレタスに歯ごたえを感じた。
圭吾が友恵のからげに手を伸ばし、武山が尚美の卵焼きを口に入れた時だった。
ザンッと波がテトラポットにぶつかった。
「あっ」と友恵が小さく叫ぶ。
「なんだよ」と口をモゴモゴさせながら武山が訊く。
「落ちたよ」
「ナニが?」
武山は友恵の視線を追って振り返る。
防波堤が「く」の字に曲がって直ぐの辺りの、テトラポットを見ている。
「釣りしてた人」
「マジ?」
「だってほら、いないよ」
「帰ったんだろ?」
「今さっきまでいたよ。後ろに消えたよ」
圭吾が立ち上がった「見てこようぜ」
「ああ」と武山も立ち上がって圭吾の後を追う。
「あたしも行く」友恵も立ち上がると、尚美も立ち上がった。
圭吾が走ると武山も走った。
尚美と友恵もパタパタと小走りで後を追う。
一瞬、圭吾の背中がやけに遠ざかって行くような気がして、尚美は焦燥に駆られた。
圭吾は釣り人が居たはずの辺りで足を止めると、テトラポットに脚を乗せる。
防波堤には釣り道具の入ったボックスが取り残されて、テトラポットの上にも釣竿が横たわっている。
圭吾はテトラの上をピョンピョンと渡り歩く。
「圭吾っ」
尚美は何故か彼を呼んだ。
何故だか解らない――彼がこれから何をするか予測がついたわけではなかった。
ただ、さっきまでの焦燥が加速して、押し出されるように声に出たのだ。
「待てっ」
武山が叫んだ。
圭吾はテトラポットの向こう側に向って、身体を投げ入れた。
「ちょっと!」友恵が声を上げて足を止めた。
防波堤の上からでは、向こう側の水面は見えない。
うねった波が音を立てて、白い飛沫だけが空中に舞って風に流れた。